Part■:「〝事象変動〟」
黒王様ごっこ。
現在地点は、東西に延びる作戦地域のほぼちょうど中間地点。
そこで――ある〝対峙〟が起こっていた。
今に上空のOH-2からも見えたように。
地上地形の一部が隆起して張り出し突出、尖った崖際になっている一点。
その崖際の上空周辺、一帯を囲うは――無数の漆黒の竜。
それは数ももちろん。人と変わらぬサイズの竜人から、ジャンボジェットのサイズをも越える巨大竜まで、その種もまた多岐に渡る。
この異世界の暗黒魔竜たち。
そんな、無数の竜たちの中心。
まさにその竜たちの全てを統べるように、崖の突端をすぐ目の前にして、一人の暗黒魔竜の少女が滞空していた。
それこそ、暗黒魔竜の姫君――リヒュエル。
宙空で、脚を組んでふんぞり返るまでの姿勢で。その翼を優雅に羽ばたかせて、器用に滞空している。
「――何か、異なる軍勢が現れ、地上の同胞を脅かしていると聞いたが――ずいぶんと胡散臭く、醜い者と出くわしたものじゃのぉ?」
そしてそんなリヒュエルは、何か冷たく作った声色で零しながら。
そして同じく冷たく作った表情に、眼で。目の前の崖際の突端。そこに在る何名かの存在等を。
正確には、その正面中心で立ち構える一人のシルエットを見ていた。
その、一方の立ち構えるシルエット――それこそ、他でもない亜壽だ。
「――」
その亜壽は、今の状況を前に。いや正しくは背後に。
無数の強大な脅威たる暗黒魔竜たちに、上空を包囲され抑えられ。
そしてその筆頭たるリヒュエル始め、その全てから。これより虫でも甚振る潰さんとするかのような、身の毛もよだつ程の冷酷な視線を向けられているというのに。
ただ静かに淡々とした姿に様子で、それらに背を向け。手にしていたタブレット端末に、視線を降ろしたままにしている。
「あぁッ、面倒事だねヤダヤダッ」
その亜壽の近く向こうでは、警戒配置に着いていた仙國が。またこんな状況だというのに、忌々しさを隠そうともしない顰めっ面で舌打ちを打っている。
他、亜壽の周り、崖の上には。
2~3輛のPFE装備運用のための車両と、その要員の姿が点在して在ったが。
その彼等彼女等の反応もそのいずれもが、少し険しい顔色で警戒のために構えながらも、しかし同時に忌々しさを顔に見せ。
一部数名にあっては、あからさまに面倒を嫌っての倦怠感を色に見せている。
「あわ……ひぃ……」
一人、亜壽の対面すぐ側。亜壽と一緒に居た可連だけは。
ついぞ先程まで見せていた高飛車な様子を、面白いまでに崩し。
「あわわ……(0□0。)」と正直にビビった顔で、自分等を包囲する暗黒魔竜たち見上げて臆し怯えていたが。
まぁそれは放って置く。
「どこぞの土人かは知れぬが、我の友やその子飼いたちに、ずいぶんと舐めた真似をしてくれたのぅ?」
そんな亜壽等を前眼下に。
リヒュエルは次にはまた、冷たく刺すまでの表情と声色で、そんな言葉を紡ぎ寄越してくる。
彼女は、怒っていた。
リヒュエルにとっては、友と認めてはいるがクリエールもまだ若輩者であり。それに懐く配下たちの多くは、生まれたばかりも同然の童。
しかしだからこそ、いじらしく可愛らしいそんな同胞たちを。
悪辣なまでの手管で手に掛けた、どこぞの者とも知れぬ異なる軍――自衛隊に、強い怒りを感じていたのだ。
もっとも同時に、リヒュエルを始めとする暗黒魔竜族は。傲岸かつ尊大な気質と共に、加虐性を潜み持ち。
一度敵と、容赦など不必要と見なした相手を。悍ましいまでに甚振り楽しもうとする、残忍な一面を有し。
実際、ここまでの数々の戦場において。履いて捨てる程いた愚かな敵たちを、甚振り嬲り、惨たらしく果てさせてきたのだが。
「――こっちは大事な業務中だ。なにぞ注文を付けたいなら、広報窓口にならべ」
だが。
そんな、恐ろしい気配を漂わせるリヒュエルを、しかし背にしたままの立ち姿で。そしてタブレット端末を静かに見下ろし続けたまま。
亜壽が返したのは、そんな投げやりなまでの言葉。
「――面白いのぅ。この我に向かって、つまらぬ塵に過ぎぬ只人が言い寄るでは無いか――この我を暗黒魔竜族の姫、リヒュエルと知っての無礼か?貴様は何で、何様のつもりじゃ?」
その亜壽の回答は、当たり前だがリヒュエルの機嫌を損ねるものでしか無かった。
リヒュエルは口角こそ吊り上げて笑みを作ってはいるが、その目は笑っておらず。不機嫌と苛立ちを明確に含めた声色で、詰問の言葉をまた吐き降ろした。
そして同時に、彼女の身の周囲背後に漆黒の『オーラ』が発生。陽炎のように揺らめき始める。
それは、只人ならば目にしただけで、本能を揺さぶられて恐れ震え上がり。近づき触れようものなら正気を失してしまう、『暗黒の気』。
リヒュエルの怒りの現れ。
「そちらが何であろうと、知ったことでは無い――存在は全て等しい。一つの細胞から、お前まで――同じだ――」
――だが。
その『暗黒の気』を前に、恐れるどころか、興味を示す様子すら無く。
リヒュエルに向けて、亜壽が返しぶつけたのはそんな言葉。
研究者として、何より一人の存在として。思い、考え、信念とする、彼の在り方――
「気狂いの愚か者めっ!その醜いツラを見せよっ!塵も残さず、滅し消し去ってくれるっっ!!」
それはついに、火に油を注ぐ結果となった。
リヒュエルがその凛とした眼を、しかし掻っ開き。その口に八重歯を剥き出しにして、激怒の形相を作ると同時に。
可視化されていた闇のオーラが、ブワと巨大な翼を形作るように広がり、崖際周りを覆い包む。
同時に彼女の配下の竜兵達が、その姫と共に殺意殺気を、一斉に亜壽へと集中させた。
こうなっては、最早赦しを乞うを事すら許されない。
傲岸不遜、かつ加虐性に残忍さを潜み持つ彼女たちの、その怒りに触れた愚かな者は。
考えうる限りの惨めに無様を晒し、塵屑よりも惨たらしい最期を迎えるしかないのだ。
――そのはずであった。
「――はァッ」
しかし。
その絶望の体現なまでの数多の視線、殺気を向けられた亜壽自身は。
何か、小さく溜息に近い一声だけを零した。
そして。
――スゥ、と。静かに。
亜壽がその半身を捻り振り向き。そして、その左腕を翳す動きを見せたのは直後。
「――……!!?」
ゾクッ――と。
恐ろしいまでの寒気が――『リヒュエル』に。
暗黒魔竜の姫たる彼女の背筋に、全身に走ったのは。
亜壽のその静かな動きを。
翳されたその腕先に。そして、尖りしかし奥底の見えぬ亜壽の眼を。
目の当たりにして認識したのと同時。
「よせ……――っ!!」
そして次にリヒュエルが、その八重歯の剥かれた口から漏らしたのは。
止める、いや拒絶。いや――乞命の声。
〝ボゴッ〟――と。
しかし、遅かった。
彼女の華奢な首周りが、肩周りが――肉が。
巨大な風船のように、「膨張」。
竜人である、可憐な美少女のものである彼女の姿が。一瞬にして醜く変じたのは、直後瞬間だ。
「ひっ――!?ぁ……!?ぁ……っっ!?」
「それ」は、それだけに留まらない。
腕に、脚に、腰に、顔、頭。
リヒュエルの身のあらゆる個所が――ボギョ、ボゴッ、と。えげつない音を鳴らして、膨張して醜い塊へと変じて行く。
合わせてリヒュエルに、これまでの傲岸不遜なそれから一変した、痛ましいまでの悲鳴を漏らさせる。
彼女を、奇なる形へとせしめていく。
そしてそれは、リヒュエルの彼女一人に限られない。
上空を覆い包囲していた、小から大までの暗黒魔竜の将兵たち。こちらを嘲り見下ろしていた、そのあらゆる竜たちが。
だが一人として逃し零すこと無く、その身を膨張変形させられ、醜い肉の塊へと強制的に変じられていく光景があった。
醜く変じられる己達の身に、現象から。耳を塞ぎたくなるまでの悲鳴で鳴き、まさに狂ったそれてで暴れ飛び、ぶつかり、墜ち。
上空では竜たちが、阿鼻叫喚の地獄の光景を描いていた。
「等しく行くか、傲岸の果てに消え去るか――他は無い、暗黒。回答しろ、暗黒ッ」
そんな、リヒュエルを始め、泣き叫び暴れ狂う竜たちを。突き出し翳した左腕の向こうに、上空広くに静かに見ながら。
亜壽が紡ぎ伝えるは、そんな選択を迫る言葉。
「ひィ……!やめ……やめろっ……!やめて……いやっ……!我に、このような……!我は、醜きっ、ものなどに……っ!」
宙空で惨たらしい肉塊のすがたに変えられながら、悶え暴れ狂いながら。対するリヒュエルが漏らし叫ぶはそんな言葉。
それは、己が醜い肉塊へと歪められゆくことに恐怖し狂いながらも。己達を頂点たる種であると譲らず、「等しく」などとはは戯言という本心を隠さぬそれ。
それは、一種の在り方の徹底と称えるべきか。
傲岸不遜な種の、意地汚い悪あがきと呆れるべきか。
それは分からない。いや、どちらでも良かった。
「――等しく行けないのなら、ただの肉」
リヒュエルのそれを聞いた亜壽は、最早対話は成し得ないと。最後の通告というように一言を零す。
「ぴ゛ぁ゜゛……っ!」
その時点で、リヒュエルは片目周りのわずかな一部を残し。その全身が膨れ上がった肉塊と惨たらしく変わり。
可憐な美少女であった面影など、すでに微塵も無い。無残で凄惨な姿と成れ果てていた。
「……ぁ゜……」
そして、亜壽の最後の通告を決まり手とするように。
次には膨れ上がった肉塊となったリヒュエルの体は、腐肉か、ゲル体が形を保てなくなった時のように。
端から崩れ欠けて崩壊を起こし、眼下の崖の下、地上へと儚いまでのそれで落ちてゆく。
それは、配下の数多の竜たちも同様。
最早、暴れ狂う気力さえ無くしたかのように、醜く膨張して大小の肉塊と化した竜たちが。
次々と身を崩し崩壊させ、肉片の雨となって地面に降り落ちていく。
程なくして、暗黒魔竜たちの漆黒色に覆われていた崖際の上空は晴れ。
良く澄み渡る空が戻った――
「――あァ、ぶっ飛んだ力だことッ」
そんな澄み渡る空が戻った上空と、竜たちが墜ちて散っていった崖下眼下を交互に見つつ。皮肉気な声色で吐き出したのは仙國。
その顔色には微かな驚きと、それ以上に多分な呆れの様子が見える。
それはたった今に亜壽が見せた、驚愕の御業に向けて、皮肉を交えて評するものだ。
リヒュエルたち暗黒魔竜を醜い肉塊へと変じ、散り崩し果てさせた力。
――それはまた、PFE技術の一つだ。
そして詳細にはその内でも。亜壽自身が、自衛隊入隊以前に行っていた研究から発見し、利用可能にこじつけたものであった。
その効果は今に見た通り、標的対象と定めた相手存在を、その肉体を膨張させて滅する事を可能とする。
詳細には、無尽蔵のエネルギーに近いPFEを。標的対象に向けて強制的に流入注入し。
その生命細胞の再生能力を暴走させ、醜く惨たらしい姿に至らしめるというもの。
人道的観点も、容赦も何もあったものではない。恐ろしいという言葉すら生温い代物であった。
「ズルどこじゃ無ェや。そんなんあるなら、この戦争も簡単に終わらせられるんじゃないんですかねェッ?」
そのPFEによる今程の光景現象に、そしてそのPFEによる脅威の技術効果の存在から。仙國が言及の言葉を寄越す。
そのPFE技術効果は、言ってしまえば神のそれにすら等しい力と思える。
その力をもってすれば、この作戦を――いや、異世界で巻き起こる動乱を。
果ては、地球世界での戦争紛争の数々すらをも。終結へとせしめることが可能では無いのかと。
仙國の言葉はそれを問うもの。
「――そうそう、おいしい話は無い」
しかしそれに端的に、「否」であると答えるのは亜壽自身。
今程に、えげつなさの最たる域の手法で、脅威の敵たる暗黒魔竜たちを屠り墜として見せたというのに。
その顔色に声色に。翳していた左腕を静かに降ろしながら振り向く様子は、実に淡々としたものだ。
実の所、亜壽は自衛官となる前の研究者時代に。自らの身体を被検体として、PFE実験を行ったことがあった。
その際に発現し携えたのが、この力だという。
まったくもって偶然の産物であり、再現性は無く実用化や普及などは到底不可能。
そもそも実験が成功であったのか失敗であったのかすら、今となっても判別が怪しいらしい。
さらに細かい諸々も言えば。
生命細胞に限って影響するものであり、無機物には効果が無く。
高速で動き回るもの補足も困難であるなど。
使用する上での制限制約も多数。
今しがたは相手方の驕り昂ぶりもあったのか、使用に都合の良い条件が偶然揃ったに過ぎない。
おまけに、空間の不安定にする可能性・リスクも。隊で実用化から運用されている各PFE装備に比べて何倍増しと言う。
一応、計算上の確率は小数点以下のものであるらしいが。
だとしてもはっきり言って、使用の毎に宇宙崩壊のリスクを有する、大博打を打つようなものであるとの事だ。
「どうに……せよ……ふざけてるわよ……っ!」
「ん?」
そんな、自身も脅威の存在に片足を突っ込んでいる亜壽に向けて。
文句を飛ばす、しかし力の抜けた声がその亜壽の足元より聞こえた。
見れば、窮地を抜けた事から腰が抜け。くにゃくにゃとへたり込んでいる可連の姿が、亜壽の足元にあった。
「何をしてる?」
「こしが……ぬけたのよ……っ!」
呆れ聞く亜壽に、可連はなんとか絞り出した張り上げ声で返す。
「ったく、誰か手を貸してやれ」
「手間のかかる幹部殿だなッ――」
亜壽がまた呆れつつも促し。
可連は近くにいた陸士の、隠しもしない無礼な声を受けながらも。助けを借りてなんとか運ばれて行った。
「要らん邪魔が入ったな。だが周辺の安全確保はできた、広域PFE隊を呼んでくれ」
「了」
そして亜壽は、やれやれといった様子で零した後に。向こう近くの陸曹にそう促し伝える。
元々、亜壽等がここに居る理由は。
一定広範囲に脅威無力化の効果を発現提供できる、広域PFEシステムの配置展開のため。この崖上の高所を都合の良い場所と定め。
亜壽自らも同行し、その前もっての偵察行動のからのものであった。
しかしその最中に、正面より攻勢巻き返しを図ろうとしていた、リヒュエル率いる竜戦士義勇連隊と遭遇相対。
ここまでの一連の応酬と光景からの、今の結果という経緯であった。
その「邪魔」が排除され、ようやく予定の行動手順に取り掛かれると。倦怠交じりの言葉を零した亜壽。
「でェ、終わったらネクストは?」
「ここは広域PFE隊に任せて、自分等は作戦団に合流同行する。正面にもPFE装備の効果が必要になるだろう」
そこへまた寄越された、仙國の続く行動を尋ねる言葉。
それに亜壽は、これ以降の動きを簡潔に答える。
「敵さんズはいよいよ、我武者羅でしょうからねェ」
それに仙國は皮肉気に返す。
「だからこそ、自分等が必要とされる状況も増えるぞ。心構えをしておけ――かかれッ」
それに忠告で返すと、亜壽はこの場の各隊各員に、それぞれの行動開始を指示する一言を飛ばす。
直後瞬間。
崖上の上空を轟音を響かせて。航空自衛隊からの作戦参加機――F-3A 戦闘機が、空気に空を切り裂くまでの様相で飛び抜けた――




