Part10:「特異点」
視点は帝国軍側、第231独立戦車大隊。その指揮官であるクリエール、その彼女の元へ。
「――っぅ……!」
少し荒々しく後進走行する、相棒たるレオンファーツ重戦車の上で揺られながらも。
クリエールは前方向こうを睨み、苦い顔色を作っていた。
帝国陸軍、近衛第1装甲師団は快進撃を描いていたはずであった。
しかし。あと一手でチェックメイトを決められるはずの所で、それは思わぬ形で掬われ崩された。
――現れた、「敵」――得体は皆目知れないが、間違いなく敵。
同盟軍に与するものと思われるが、しかし帝国軍にとって未観測であり。その正体実体の全く知れぬ強力な敵軍の出現が、全てを狂わせた。
その正体不明の敵は、この戦域の奥地で入念にその存在を掩体隠蔽して潜んでいたのか。
まるで降って沸いたあのように、電撃戦の先鋒を務める帝国軍各部隊の目の前に出現。
横殴りの如き一撃を食らわせ、こちらの鋭く美麗なまでであった快進撃を、しかし捩じり折った。
そして始まった、帝国軍を押し返すためのものであろう苛烈な攻撃。作戦行動の数々。
対して、一転して混乱の極みの中へと、引っ繰り返され落とされた帝国軍とクリエールたち。
その状況の中で、彼女たちの元に聞こえ届いたのは。
その重く打つようない威力と、しかし反比例した異様な精度である敵の無数の砲撃。
ここまで同盟軍を震えあがらせて来た、レオンファーツを始めとする帝国軍戦車の。その主砲砲撃をしかし容易く弾き、そして強固な装甲を容易く貫通しする敵戦車。
翼を回転させて飛ぶ新種の航空機――帝国でも実験中と聞く、オートジャイロをクリエールは思い浮かべた――の登場襲撃。
果てには。帝国空軍の新鋭である噴射動力機の、その速度に機動力をしかし遥かに上回ると見える、敵性航空機の出現。
――などなどなど。
信じ難い、もしくは要領を得ぬ。まさに流言飛語の域の報告に、噂の数々。
クリエールも聞いただけであったならば、それを妄言と疑ったであろう。
しかし、命からがら後退して来た仲間に部隊の。その酷く激しく傷ついた姿の数々を見せつけられ。
そしてまさに今程にあっては。
クリエールたちの上空に劈くまでの轟音を響かせて現れ。背後向こうの景色を投下した無数の爆弾による爆炎で描き覆い。
恐るべき速度に機敏な旋回行動を魅せて、飛び抜け去っていく正体不明の航空機の姿をを上空に見せつけられた。
その低空で飛び抜けた機体の翼に、赤い丸が。国籍表記で在ろう、しかしやはり正体の知れぬそれが見えた事が、クリエールの印象に強く残っている。
それを目の当たりにしては、すでにその正体不明の強力な敵の、存在を信じずにいる事は赦されなかった。
その敵の迎撃からの押し返し行動は、こちらの攻撃隊形を、快進撃を容易く崩し去って混乱に陥れたが。
クリエールはその内で、いち早く状況の重大さに気づき。まずは速やかな一定線までの後退から再編成を、司令部に進言。
不幸中の幸いか。戦場の女神と評される彼女のその一声は、混乱下で救いの声の如く受け入れられ。同時に混乱下で狼狽する将兵たちの士気の転落を防ぎ、再び奮わせることに一役買い。
現在は、この作戦地域のちょうど中間地点を隔てる大河を渡り戻り、それを利用して防衛線を引くべく。
軍や師団の、砲兵や防空砲兵の懸命の阻止砲撃、防空妨害の支援の元。各部隊はその後退のための行動の最中にあった。
「互いの援護を怠るな!後退の足並みを揃え、突出孤立を避けろッ」
クリエールは現在、その後退行動の陣頭指揮に立ち。殿を務め遅延行動を行う、指揮下の一個戦車中隊を率いている。
今も、クリエールの声を張り上げての指揮の元。
指揮下の戦車たちが、阻止攪乱のために砲声を唸らせ。または煙幕弾を連なり射ち出して、向こうの真上に煙幕の雲を厚く描く。
「エリスンたちは、一体どうなったのだ……っ」
そんな己の役目を務めながらも、車上に身を置くクリエールはそんな一声を零す。
軍、師団の内の、先鋒を担当した少なくない数の部隊とは、音信が完全に途絶えていた。
クリエールの配下のエリスン大尉と、アイン中隊もその一つだ。
クリエールの指揮下は、驕りを恐れず言えば誰もが精鋭。そしてそれの一角を率いるエリスンは、軍人・指揮官としてはもちろん優秀であり。
なにより強き心身を携える、『魔女』だ。
そう簡単に倒されるほど軟では無い。
しかし、そのはずの彼女と一切の音信が途絶えた事が。クリエールの不安を一層掻き立てていた。
上官と部下の関係であったが。長寿種として齢が近い二人は、同時に良き友であったのだ。
「くっ……!」
皆目予測がつかず、実態が掴めず。願うしかない状況に苦い声を漏らすクリエール。
いっそのこと、強力な身体に魔力魔術を携える己が、単騎で飛び出して行きたい程であったが。
今の彼女は一兵では無く、部下たちを率い導く責任のある指揮官。それは許されなかった。
また現在。陸軍の軍、師団の主力の一時後退行動と同時進行で。
同じくクリエールの友であるリヒュエルの率いる、空軍第7航空師団の竜戦士義勇連隊が。
状況を回復し、再びこちらに取り戻すために、動き始めてくれているとの知らせが届いている。
不安、懸念。多々の感情に飲み込まれそうなまでであったが。
今はそれを信じ託し、クリエールは己の役目に徹するしかなかった――
自衛隊側の迎撃、待ち構えからの押し返しの作戦行動は。決して犠牲被害も少ないとは言えなかったが、おおむね所定通りに進んでた。
正面戦闘を担う各隊によって、前線は押し上げられ。それに伴い、作戦団に編成される支援・後方の各部隊も続き前進展開していた。
その各隊の一つ。
防空高射戦闘を担う、外域作戦団 高射特科隊の内の近SAM小隊は。
機動連隊 第4普通科中隊によって制圧されたチャーリーエリアの町の近くで。そこに簡易陣地を展開、93式近距離地対空誘導弾を配置し。
地上で戦闘行動を行う各隊を、空よりの脅威から守り防ぐべく。上空に目を光らせていた。
「――小隊長、司令部から急の別途指示ですッ」
「どうした?」
その近SAM小隊を率いる壮年小隊長の元へ、若い陸曹が少し急く様子で知らせを伝えに来たのはその最中。
「デルタエリアの向こうで味方隊が、大規模な敵航空部隊に「囲われている」とのこと。これの応援支援に至急向かえとッ」
「何?」
そして伝えられた、その何か妙な指示に。小隊長は怪訝な顔を作った。
作戦が行われる広域一帯を、観測監視の任務のために。新型観測ヘリコプター――OH-2、愛称「オオモノミ(大物見)」が低速で旋回飛行している。
「――まずくないか」
その飛行するOH-2の機内で。パイロットにコ・パイロットも。
眼下の地上広くに、ある異様な光景を見ていた。
そこは地上地形が一部隆起、張り出し突出して、尖った小高い崖際になっている所。
その崖際を中心に、その周りの上空低空に。
無数の、『竜』――この異世界の暗黒魔竜族が。
帝国空軍第7航空師団 竜戦士義勇連隊。それを構成する竜人、竜族の将兵たちが数多滞空。
崖際の上空を覆い尽くさんまでに囲い。そして揃ってその崖際の突端を、その一点を睨み射貫かんまでのそれで見下ろし眼を集めていた。
《明野24、君等も危険だ。一度退避しろ》
「いえ、ギリギリまで地上の彼等を見守ります」
そんな異様でただ事では無い光景を、距離を取ったしかしギリギリの所から観測するOH-2。
次にはそこへ、司令部管制隊から退避を指示する通信が届くが。
パイロットはそれを拒否し、コックピットの二名は固唾を飲んで地上を見守り続ける。
その地上で、暗黒魔竜の群れのど真ん中に在る者等こそ。
――亜壽率いる、PFE隊であった――
次話でたぶん色んな意味でドン引きする展開やるよ。反則技とかチートとか以前に、お話の作り的な問題で。




