表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短篇(ホラー)

第一種特定危険呪物『かわりびな』

 三月のはじめ。老朽化で取り壊しが決まった実家の、ずっと放ったからしてある自室を整理するべく、僕は東北の田舎町に帰省した。

 両親はとうに引っ越しを済ませ、家は無人。生まれ育った我が家には見慣れた家具も生活感もなく、別世界に迷い込んだような居心地の悪さに襲われる。


 さっさとやることを済ませてしまおう。そう思いながら自室の押し入れに頭を突っ込んで、手足の欠落したガンプラやら何やらを雑にダンボールに詰め込んでいった。

 そうして、いちばん奥から最後に現れたのは、くたびれた子供サイズの青いリュックサック。

 小学校にあがりたてのころ、これが妙にお気に入りで、遊びに出かけるときはいつも背負っていたことを思い出す。


 だけどいつからか押し入れの奥にしまい込んで、存在をすっかり忘れてしまっていた。


 中には、何やら硬いものが入っている。両手に収まるぐらいのサイズ感。外側から形状を確かめつつ、ざわりと胸騒ぎをおぼえた。


 あれ(・・)も三月のはじめごろ、ひな祭りの時期だった。近所の旧家に、同い年の女の子がいた。いわゆる幼馴染というやつだ。彼女の家の広い庭で、他の同年代の子供たちと一緒によく遊んでいた。


「ね、いいものみせてあげる」


 かくれんぼの最中のこと。耳もとで囁いた彼女に手を引かれ、上がりこんだ玄関の突き当りの薄暗い部屋、鮮やかな赤い雛段に飾られた立派な雛人形が鎮座していた。

 きっと代々受け継がれてきたものなのだろう、古風なデザインから醸し出される風格と、今にも動きだしそうな生き生きとした表情に、僕はぽかんと口を開け見惚れた。


「すごいでしょう。お内裏様、めっちゃイケメンなの」


 満足げな彼女に、僕はただうなずくことしか出来なかった。何よりも段のいちばん上、彼女が熱い視線を送る男雛の隣の、紅い着物姿の女雛に僕の目は釘付けだった。

 つややかな黒髪は結い上げずに長く背と胸元に垂らされ、真っ白い肌も紅く微笑む唇も、本物の柔らかさを備えていそうに見える。そして切れ長の目からのぞく潤んだ黒い瞳が、艶めかしくこちらを見下ろしていた。


「もう、しらない!」


 すっかり魅入られてしまった僕が生返事を繰り返したせいだろう、彼女はいつの間にか不機嫌になっていた。やがてかくれんぼの鬼の「もういいかい」が聞こえると、僕だけをその場に残して行ってしまった。


 あのとき、なぜ自分がそんなことをしたのか、いまだ理解できない。


 我に返ると、僕の両手の中にひんやりした感触とともに女雛があった。それをリュックサックに夢中で押し込んで、走って家に帰った僕は、自室の押し入れに放り込み、そのまま何ごともなかったように過ごした。


 彼女の家から電話連絡があったのは、夕飯の時間帯だった。


 どうしても僕の話を聞きたいそうで、両親に連れられ彼女の家に行った。観念した僕は、とにかく謝るしかないと思っていた。


 ──しかし、話はまったく違った。


 かくれんぼの途中から、彼女の行方が知れないというのだ。

 最後に一緒にいたのが僕らしい。何か変わった様子はなかったか、どんな小さいことでも気付いたことはないかと、彼女の両親は必死に僕に問いかけた。

 僕は正直に、彼女に連れられ雛人形を見せてもらったことを話した。


 蔵の奥から数十年ぶりに日の目を見たというあの雛人形を、彼女はそうとう気に入っていたという。それもあって、あの部屋も隅々まで探したらしい。しかしなぜか一向に、女雛が無くなったという話にはならない。誰も、気付いていないのだろうか?


 帰り際、あの部屋を横目に見て僕は愕然とした。

 男雛の隣に、何ごともなかったように女雛が座っていた。その目は、僕を睨んでいるようにも見えた。


 家に帰って、押し入れの中のリュックサックを確かめる。間違いなく中には女雛が入っている感触がして──そして少し、動いた気がした。恐怖にかられた僕は口紐をきつく縛って、押し入れのいちばん奥に押し込んだ。


 結局、そのまま彼女の行方は知れなかった。

 そして僕は二度とリュックサックを開けることなく、存在を忘れていった。自ら忘れようとして、忘れたのだ。


 それがいま、記憶の奥から僕の前に現れた。

 あの出来事は何だったのだろう。僕は本当に女雛を持ち帰ったのか。よくよく考えてみると、当時の身長では雛段の一番上には届かなかったのでは? という疑問も浮かぶ。

 

 ごくり、生唾を飲み込んだ。答えは目の前にあるのだから、確かめるしかない。床にあぐらをかいて、ぎちぎちに縛られたリュックの紐を苦心しながら緩める。


 ようやくほどけて、リュックの口が少しだけ開いた瞬間──中から、ぬうっと白い手がのびて僕の手首をきつく掴んでいた。


 驚きで放り出したリュックはしかし、手首をつかんでその場に留まり、さらに口をこじあけもう一本の腕がのびて、僕の腕にすがりつく。

 見るとその細腕には、つややかに黒い髪が絡みついている。

 呆然とする僕の眼前で、リュックのサイズを完全に無視し、そこからずるりと這い出したのは、ぞっとするほどに白くて美しい、裸の女の上半身だった。


 ──ああ、そうだ。その白い肌、紅い唇、切れ長の目。ぜんぶ、あの女雛のそれだ。


 女は下半身をリュックの中に残したまま、両腕を首にまわして抱きつくと、血みたいに紅い唇を僕の半開きの口に押し付ける。

 甘い匂いと、柔らかな感触。受け入れてはだめだと警告する理性はドロリと溶け落ち、僕は劣情に飲み込まれていった。


◇ ◇ ◇


「──対象を視認。これより確保します」


 遠くからくぐもった声が聞こえ、我に返る。視界がぼやけてよく見えない。声も出ない。体もまったく動かない。


「そんなに緊張すんなって。男雛と女雛を引き離さない限り、呪いは発動しないって話だ。それに防詛服もちゃんと着込んでるだろ」

「そうなんですが、俺、第一種(・・・)の封印は今日がはじめてなんで……」


 声が続く。どうやら二人いるようだ。家には誰もいないはずなのに、何者だろう。そもそも呪いとか封印とか、いったい何の話をしているんだ。


(おそ)れすぎず、(かろ)んじすぎず。それがこの仕事を長く続けるコツさ」

「はい。心がけます」


 ようやく視界が晴れてきて、目の前に巨大な銀色の柱が二本、そびえているのが見えた。それが滑るように動き迫ってきたところで、僕は気付く。


 ──足だ。とてつもなく巨大な、人間の両脚。


 銀色の防護服を着込んだ巨人が、屈み込んで僕を持ち上げる。視界の端ではもう一人の巨人が、僕と同じように(・・・・・)女雛を持ち上げていた。


 そこで、僕は理解した。彼らが巨人なのではなく、僕が雛人形サイズになってしまったのだと。同時に、あの日の幼馴染みの彼女がどこに消えたのかも、察しがついた。


 持ち上げられた僕たち(・・・)は、彼らの後方に準備されていた巨大な──と言っても彼らの背丈と比較すればクーラーボックスほどのサイズ感の、黒い容器に並んで収納された。

 箱の内側は鏡張りになっていて、そこに映った姿に改めて自分が、あの日に見た男雛そのものになっていることを思い知る。


 頭上で機械音を響かせながら蓋が閉じると、視界は闇に包まれた。


「第一種特定危険呪物『()わり(びな)』……黒葛籠(くろつづら)への封印を完了しました」

「はいおつかれさん。な、どうってことなかったろ」

「いやいや、メンタルめっちゃ削れましたよ」

「はは。このへんは米どころで酒も飯もうまいぞ。道の駅でも寄ってみるか」

「あ、なんか名物のラーメンありますよね!」


 箱の外から微かに、緊張感の緩んだやりとりが聞こえる。

 しかし、僕には分かっていた。

 さきほどから先輩風を吹かせている方の彼が、女雛を持ち上げたときのバイザー越しの視線。あれは、彼女(・・)に魅入られた男のそれだった。


 闇のなか、隣からクスクスと笑いが漏れ聞こえた……

(よろしければ、いいねや☆にてご評価お願いいたします!とってもモチベになります!)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ