08 白い花 2
竜騎士団の紺色の制服に袖を通し、ルカは身支度を整えた。といっても、北西駐屯地に補給に来て、そのまま捕まってしまったので、手荷物などほぼない。
金刺繍の入った白いマントを羽織る。
「どうだ。なかなか様になるじゃないか。」
ノアが部屋に入ってきた。その後ろから、副長ローガンが来た。
「あの、本当にいいんですか。」
ちらりと二人を見やり、ルカが呟く。怖いか、とノアが尋ねる。ルカは無言のまま、目を伏せた。
「君は、何かに怯えてばかりだ。」
そう言うと、ノアはテーブルの上に置いてあるかごを見た。中には、リリーから贈られた白い花が入っている。ノアはそれを手に取った。ルカに歩み寄り、ルカの胸元に花を飾った。
「ようこそ、竜騎士団へ。君は今日から、私たちの仲間だ。全ては私が責任をとろう。共に来てほしい。先のシュヴェール軍のことは、王都には急報で知らせた。いずれ戦になるかもしれない。戦力は多いに越したことはないし、な。」
白い花は、すっかりしおれていた。花びらが茶色ににじんでいる。北でよく見る花だ。白い雪の中、白い花を咲かせる。花言葉はたしか、勇気。昔、リリーが教えてくれた。
ルカは歯を食いしばった。
ノアは、竜騎士団を集め、ルカを紹介した。竜騎士団は十名ほどしかいない。ほとんどが男性だが、女性もいる。皆、同じ紺の制服に白いマント姿だ。
ノアは、ルカが黒竜であることも、ノアが勝手に推薦したことも話した。
なんとなく、皆からの敵意は感じなかった。見ず知らずの人から向けられる敵意には慣れている。だから、分かるのだ。
ひととおり話し終えると、ノアがルカに向き直った。
「今後の身の回りについては、エリックに聞いてほしい。この春に入団したばかりだ。たしか、ルカ、君と同い年だったはずだよ。それから、力の使い方については、副長のローガンに師事しなさい。ローガンは竜騎士団で武芸も秀で、竜としての力も最も強いからね。」
ローガンさんが、とルカが呟く。不服か、とローガンが尋ねた。ルカはそれを否定した。
「ただ、一番強いといえば、ノアさんなのかと思っていました。」
ローガンは、首を横に振った。
「力の強さだけが、人の上に立つ資質ではない。」
それと、とローガンが付け加える。
「呼び方には気をつけろ。団長、副長と呼ぶんだ。」
有無を言わせぬ空気だ。
竜騎士団は現在、北西駐屯地にいる。国境警備を主な任務としていた。サイラスたちがやって来てからは、より一層、厳重な警備にあたっていた。ルカは、監視の意味も込めて、副長ローガンの率いる班に組み込まれた。そこには、先ほどノアが言った、エリックという少年もいるらしい。
各個解散する竜騎士団の中でおろおろしていると、ルカの肩を叩く者がいた。振り返れば、濃い緑色の瞳の、同じくらいの背丈の少年がいた。よく日焼けしている。
「ルカ、だっけ?俺、エリックだ。よろしく。」
少年は、人懐こそうな笑顔を作ってみせた。ふと、リリーを思い出す。
しどろもどろになりつつ、ルカは挨拶をした。
エリックという少年によれば、彼はまだ見習いのような立場らしい。副長のローガンが、教育にあたっているのだという。ローガンから、生活に慣れないルカとしばらく行動を共にするよう言いつけられたのだそうだ。
竜騎士団が仮の住まいとしているのは、駐屯地の外れにある建物だった。他の部隊との交流もないような場所だ。
「俺たちって、なんか怖がられてるからさぁ。」
エリックは笑いながら説明した。
王国全体を流行り病が覆ってからというもの、隣国シュヴェールとの間にある森も、様子がおかしかった。凶暴化した動物や、時には変異した動物が森から出てくることがあった。竜騎士団は、それに対処していた。王都に報告はしているが、具体的な指示はされないままだ。
肉食獣の力を持つ兵団で対応しようとしたが、相手は野生の獣だ。獣の力を持つとはいえ、こちらは所詮人間。敵うわけもなかった。唯一対抗できたのが、竜の力を持つ者だった。駐屯地と住民を守るため、竜騎士団は少ない人数で、日々戦っていた。幸い、シュヴェールとの国境以外で森の異変を聞かなかった。
そんな彼らを、人々は畏れた。やはり、ただの獣ではない。自分たちとは異質なものであると、遠ざけようとした。国境警備は、厄介払いの口実で、王都に近づけないためだった。竜の力そのものが、まだ研究し尽くされていないのだ。火や水を操る竜の力はまるで魔法で、人々が怯えるのも当然だった。
ルカが案内されたのは、竜騎士団が間借りする建物の、さらに片隅にある一室だった。あまり日当たりの良くない部屋だ。ベッドが二つ置いてある。片方のベッドの上には、荷解き途中の荷物があった。
「今日から同室って、団長が。ここ、俺とお前の二人だけで使っていいって。昨日まで俺、先輩と同じ部屋だったからさ、気を遣わなくていいから、すっげえ嬉しいよ。」
空いているベッドに荷物を置き、ルカは部屋を見渡した。なんとも言えない不安が押し寄せる。これからどうなるのか、どうしていいのか分からない。それよりも、ルカには気にかかることがあった。
「僕のこと、嫌いにならないの?僕のせいで、国がおかしくなってる。それに、君は僕と同い年なんでしょ?僕のせいで君は、きっと学院に入れられてたんでしょ。」
きょとんとした後、エリックは笑った。
「団長が大丈夫って言ったんだ。だから、たぶん大丈夫。それに、学院のことは気にしなくていいよ。俺、家族は皆、うさぎの力持ちでさ。耳がいい、鼻がきくくらいしか能力がなくて。ほんとなら、この春まで家族と一緒にいて、いきなり竜騎士団に入る予定だったんだ。字も読めなかったし、計算もできないし。だから、学院に入れて、俺は嬉しかったよ。」
案外、そういうやつは多いんじゃないの、とエリックは付け加えた。
心底そう思っているようだった。彼は、ルカを安心させるように微笑んだ。そして、彼はルカの両手をとった。その手首には、手錠の痕があざのようになっている。
目を閉じ、エリックがまるで祈るようにしたときだ。ルカは手首に温かいものを感じた。見れば、あざがすっかり消えている。驚いてエリックを見た。
「これ、俺の力なんだ。戦うのは苦手でさ。治す方が得意なんだよね。」
聞けば、森から出た変異動物を元の姿に戻すのも、エリックの役目だという。また、その力を応用すれば、相手の体を壊死させて戦うこともできるという。だが、エリックはそれは望まないと言った。
「せっかく人を治せる力なんだ。人のために使いたくてさ。」
ルカは、そうだねと呟くことしかできなかった。




