07 白い花
駐屯地の半地下の牢に、ルカは繋がれていた。鉄の手錠をかけられ、どんな獣の力でも引きちぎれないほどの鎖でつながれている。唯一、竜の力ならば引きちぎれるかもしれない。ルカが竜の姿をとれば、この牢すら簡単に壊し、出られるだろう。
鉄格子の中で、ルカは地面に座っていた。膝を立て、腕の間に顔をうずめ、自分自身を抱き込むように座る。もう、数日はこうやっている。ただ時間が過ぎるのを待つばかりで、もう何日経ったのかも分からない。
時折、松明の火が爆ぜる音がした。それに合わせて影が揺らめく。しかし、ルカはぴくりともしなかった。
半地下の階段を降りてくる音がした。牢の前の門番と、何やら話す声が聞こえる。
「ルカ。」
その人は呼びかけた。竜騎士団長、ノアの声だった。しばらく様子をうかがった後、優しい口調で彼は続けた。
「君が何かを隠していたのは、なんとなく分かっていた。……今まで、とても辛かっただろう。」
ルカは相変わらず答えなかった。しかし、ほんの少し顔を上げてノアを見た。とても悲しそうな目をしている。リリーを庇い、黒竜の姿をとった時と同じ目だ。その目は少し潤んでいた。頬は涙の跡がある。
「君が兵站の仕事で駐屯地に来て、初めて私と会ったとき、竜の力を感じたんだ。君は知らなかったかもしれないけど、竜種の者は互いに力を感じ取ることができるんだ。けれど、気のせいだと思っていたよ。君は、随分前から、自分が黒竜だと知っていたんだね。」
小さく、はい、とルカが答えた。少しの沈黙の後、ルカが続けた。
「怖かったんです。だって、黒竜は厄災だ。見つかったら殺されるかもしれない。僕のお父さんだって、何をされるか分からない。だから……ずっと怖くて、言えませんでした。それに、あんな姿になるなんて、今日初めて知りました。」
最後は声が震えた。そうか、と優しくノアが言う。あの、とルカが言う。
「リリーは、大丈夫ですか。あの場にいた人たちも、皆大丈夫でしたか。」
少し驚いた顔をして、ノアはルカを見た。
「大丈夫だ。大事ない。」
ルカは少し安心した。再び目を伏せる。
牢の向こうでノアが屈んだ。小さな小包を差し出している。
「リリー嬢からだ。君に会えたら、渡してほしいと頼まれてね。補給部隊は通常の任務に戻るため、昨日、王都へ帰っていったよ。」
重い鎖を引きずりながら、ルカは小包を受け取った。数日間動かず、食べる気力もなく、ろくに寝てもいない。体が地面にくっついたかのように重たい。
小包は、小さな木のかごに布の端切れがかぶせられていた。わらで結んである。それを解いていくと、中から小さなパンが一つと、花が出てきた。白い花びらがしおれかけ、一枚ちぎれている。
それを見ていると、胸が詰まりそうだった。
「リリー嬢が心配していた。君が何も食べていないと言うと、これを渡してほしいと言われたんだ。」
パンを手に取り、ルカが眺める。だんだんと涙があふれてきた。小さく一口かじった。固いパンだ。乾いた口の水分を、さらに奪われる。その感覚に、ルカの涙は止まらなかった。
それを見て、安心したようにノアが言う。
「水が欲しければ、そこの兵に言うといい。」
時間をかけ、大事そうにルカがパンを口に入れる。ルカの鼻をすする音と、時折パンをかじる音がする。
ようやくルカはパンを食べ終えた。気を利かせた門番が、水が入ったコップを牢の中に置く。ルカはかごの中の花を見ていた。
「君は……。」
なぜ、あの時、白竜から私たちを庇った?そう聞きたかったが、ノアは言葉にできなかった。それを聞いてしまうと、ルカを余計に傷つけてしまう気がした。
「君が、今厄災と言われるものの原因なのか?」
「違います!違う、僕は何もしていないんです!」
ルカがまっすぐノアを見た。ノアも真剣な眼差しで見つめ返す。
「君は、黒竜の力がどんなものか自分で見たことがあるのか?」
「……いいえ。黒竜は、病を呼び、大地を枯らす厄災だと言われています。僕は、今まで一度だって、この力を使いたいと思ったことはありません。」
ルカは乱れる呼吸を落ち着かせようと、何度か息を吸った。
「僕は……僕は、できることなら、誰かのために力を使いたかった。これなら、本当に能無しの方が良かった。人の役に立ちたかった。……なのに……。」
言葉が霞んで消える。しばらくの沈黙の後、ノアがふと微笑んだ。
「分かった。君を信じよう。」
ルカが思わず顔を上げ、ぽかんとした。あっさりと受け入れられたことに、驚いた。
「同じ竜種だから庇う、なんてわけじゃない。私の目は、真実を見抜くんだ。」
冗談めかして、ノアが言う。
「ここから出す。ただし、君は竜騎士団に入れ。」
そう言うと、牢の門番に鍵を持ってくるよう命じた。しかし、と門番は止めようとしたが、ノアが話をし、持って来させた。
「あ、あの……。」
手錠を外されたルカが、心配そうにノアに話しかける。
ルカは黒竜として捕えられている。今まで政府は黒竜を逃がさないため、批判を覚悟で子供たちを隔離し、見つかるまで監視を続けることを選んだ。簡単に許されるわけがない。
牢にノアがきて、ルカの手錠を外すまで、ほんのわずかの時間だった。その短い時間で、ノアが政府や軍上層部に話をつけたとは思えない。
「僕を、ここから出していいんですか。」
恐る恐る、ノアが尋ねた。ノアは背を見せたまま笑った。
「まぁ、良くはないよね。」
「なら、どうして……。」
ノアがルカを振り向く。そして、まっすぐルカを見る。ふざけている様子は一切ない。
「君はたしかに黒竜なのだろう。厄災を招く者なのかもしれない。けれど、もう少しよく君を見たいと思った。何か、大切なことを見落としている気がするんだ。だから、私のわがままに少し付き合ってもらおう。……もちろん、君が単に厄災を招く者でしかないのなら、この手で始末する。」
そう言うノアの目に、嘘は見えなかった。
「ついておいで。」
ノアはもう歩き始めていた。
鉛のように重たい足を動かし、ルカは彼の背を追った。




