05 企み
そうして月日が経った。王国の状況は、悪くなっていった。
黒竜が見つからないことに、人々のいらだちもつのっていった。見つけ次第殺せ、という声がそこかしこで上がる。王も焦りを抱いたが、何度神託を受けても、黒竜がいるということしか分からなかった。
ルカたちは、北西駐屯地にいた。何度も物資補給に来ており、竜騎士団の者とも顔見知りになった。
「なんだか、ここも暗いね。」
小声でリリーが言う。犬の力を持つ彼女は鼻がきく。数人、亡くなっているようだと言った。
まるで責められているみたいだ。ルカは普通に振る舞うのが精一杯だった。皆、実はもう知っているのではないか?ルカが自ら断頭台へ飛び込む勇気を、試しているのではないか?
頭に渦巻く考えを振り払いながら、ルカは荷下ろし作業に集中した。
突然、駐屯地中に警鐘が響いた。
「急報!急報ー!シュヴェール王国の軍が、迫ってきているぞー!」
叫び声が聞こえる。慌ただしく武器をとり、走る音で充満した。ルカたちは要塞の奥に避難するよう言われ、走った。
そのとき、地面が揺れる衝撃があった。重厚な石造りの壁が、ガラガラと音を立てて崩れる。ルカはとっさにリリーを庇った。砂埃が落ち着くと、空が見えた。そして、そこに一人の姿が見えた。
白金の髪、白い肌。はためく衣も白く、後光が差しているようで、まるで降臨する天使のようだった。
「サイラス……。」
ルカが呟く。サイラスが微笑む。
「リーデン王国に住まう者たちよ。この王国は病魔に蝕まれている。白竜の力を持つ僕なら、それを払うことができる。民たちよ、僕に従え。この地を明け渡し、私に祈るのだ。」
人々がどよめく。
白竜の力は神聖なるもの。奇跡を起こし、人を救う。
ざわめきの中、竜騎士団長、ノアの声が響いた。
「武力を従え、脅かす気か!貴公、サイラス・シュヴェール王子であるな!」
サイラスはそれを鼻で笑った。
「うるさいやつめ。リーデン王国では、もはやこの呪いはどうしようもないのだろう?そもそも、黒竜が見つかっていないというじゃないか。だから、僕が救いに来てやったのに。なあ、ルカ?」
名を呼ばれて、ルカは青ざめた。サイラスは、全てを見透かしたように微笑む。ノアがルカを見た。
それでも、震える唇からは呻き声も漏れない。
「言えないか、言えないよなぁ。僕も騙されてたよ。けど、シュヴェールへ行って、白竜の力をさらに磨いて、分かっちゃったんだよ。」
楽しそうな声だ。一方、ルカは冷や汗が滴っていた。全身が震え、立っていられなくなった。
「ルカ……?」
リリーが心配そうに呼ぶ。それにすら答えられない。リリーの目を見ることもできなかった。
「なぁ、ルカ。自分で言ったらどうだ。」
ただ荒くなる呼吸を抑えられない。汗がとめどなく流れ、手が震える。立つこともできない。
その場にいた皆の視線が、ルカに注がれた。
沈黙するばかりのルカに、サイラスは痺れを切らしたようだった。
「ルカぁ。黒竜は、お前だろ?」
嬉しそうに、よく響く声で言った。
静寂の中、ルカの荒い呼吸だけが聞こえる。いつしかそれは、嗚咽のようになっていった。
「ルカが、黒竜……?嘘でしょ、ルカは能無しのはずよ!」
叫んだのはリリーだ。ルカを庇うように立ちはだかった。
サイラスがため息をつく。
「本当に、情けないね。女の子に庇われてさ。ねぇ、ルカ。お前が何も言わないなら、僕が嫌でも言わせてあげる。言わなかったらどうなるか、決めるのはお前だからね。」
サイラスが片手をあげた。差し込む光が刃になり、サイラスの回りを円に囲う。誰もがそれを呆気にとられて見ていた。
あげた片手をゆっくりとおろす。光の刃は、まっすぐリリーを狙った。リリーの口から溢れたのは悲鳴ではなく、ルカを呼ぶ小さな声だった。
次の瞬間、目も眩むほどの光に包まれた。
リリーの前に、真っ黒な鱗を輝かせた大きな竜がいた。人の何倍も大きな背丈。尖った黒曜石のような爪。こうもりのような翼。鞭のようにしなる尾。誰も見たことがない。しかし、皆が確信した。紛れもなく、それは黒竜だった。
「実体化できるのか。」
ノアが薄目を開けて呟く。獣の力を有していても、普通はその獣の姿になれるわけではない。それは、竜種といえど同じだったはずだ。
ノアは、とっさの判断でリリーを抱きしめるように守っていた。その隙間から、リリーが竜を見る。
信じたくなかった。ありえないはずだ、能無しだったのに。けれど、悲しそうなその目は、溢れる大粒の涙は、そしてよく知っているはずの匂いは。間違いなくルカのものだった。
「ルカ……。」
リリーが呟く。彼女の頬を、一筋の涙が伝った。




