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竜に花を  作者: 沖津 奏
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02 黒竜の少年 3

 農業がひと段落して寒くなる頃、ルカは村の同い年の子供たちと連れ立って、王立学院分院へ入った。

 近辺の貴族、豪商の子らが学ぶところだ。

 貴族、豪商の子も含めて、十二歳になる子は皆、寮へ入ることになった。厄災の黒竜を逃さないためだろう。

 教師たちは、ルカたちにはあまり真剣に教えたりしない。王都に実績として主張できるだけの教養を身につけさせたら、あとは雑用ばかりさせている。草むしりや、掃除などだ。学院は大聖堂のように立派だから、なかなか大変だ。

 ルカは、なんとか見つからずに過ごしていた。気が張り詰めたが、リリーが一緒にいたから気が紛れた。

 いつものように、ルカたちが草むしりをしていると、貴族学生が通りかかった。あからさまに鼻をハンカチで覆い、眉をひそめる。


「ご覧になって。家名も持たぬ者が、この学院に入っているのですって。なんでも、能無しもいるとか。」


「黒竜よりはましじゃないの。ご存じかしら。地方では、流行り病で亡くなる方も増えてきたそうよ。」


 女生徒の声が特によく聞こえる。ルカは、心細さを感じた。これならまだ、サイラスに罵られていた村の日々がいくらかましだ。毎日、やっと聞こえるくらいの声で、能無しという言葉が呟かれる。それでも、見つかるよりはいい。


「気にしちゃだめよ、あんなの。」


 隣にリリーが来て、草をかごに放り込んだ。

 分かってるよ、とルカは小声で返した。こんなやりとりはもう何度もした。

 能無しは、黒竜の次くらいに忌み嫌われると言っても過言ではない。近くにいるだけで、力を奪われるという迷信を信じる人もいる。能無しに話しかけること自体、他の土地ではあり得ないとも聞く。

 ささやかれる陰口の中、ルカは無心で草をむしった。


 そうして、四年が経った。能無しであるルカには、人が近づいてこない。見つかることなく過ごすには、ちょうど良かった。

 一方で、未だ黒竜は見つかっていない。いつまで手をこまねくのかと、不満を口にする民衆も少なくなかった。しかし、神託は何度行っても、ルカたちの歳の者の中に、黒竜がいるというものだった。いつか自分のことが神託に表れるのではないかと思うと、ルカは気が気ではなかった。


 そろそろ王立学院からも卒業する年となった。結局、ルカたちは、軍部や王宮仕えとして、監視の目のもと、生活することになった。ルカは、王立学院にいる間は、文字の読み書きができるようになり、簡単な計算もできるようになった。食料確保のため、学院の庭で野菜を育てるうち、農法も少し学んだ。せっかくやり過ごしたのだから、このまま早く家に帰りたかった。学んだことを使えば、少しは父親にいい暮らしをさせられるのに。

 学院を卒業してからは、ルカは王立軍の兵站として働くことになった。できれば、地方の田舎の勤務につきたかったが、黒竜の監視のため、田舎の勤務はできないことになっていた。

 給料は村で働くよりも良く、遠く離れた父親に仕送りをすれば喜ばれる。手紙も書けるようになった。父親は字が読めないが、村の誰かしらが読んでくれる。たまに代筆の返事が届いた。

 卒業後も、ずっとリリーは一緒だった。ルカにとっては心の支えになっていた。能無しでも、リリーはルカを嫌わない。他の人と同じように話をしてくれるし、よく一緒にいてくれた。

 兵站部はかなり忙しい。中でも、ルカたちは運搬を担っていた。平穏とはいえ、食料や物資の配布は必須だ。毎日移動で、体力も使う。日々、くたくたになった。そのおかげか、ルカが能無しだからと構う人は少なかった。むしろ、能無しなのに真面目でよくやっている、と評価もされた。黒竜とばれずにやっていける、そう思った。


「こういうとき、父さんの力を受け継いでたらなぁ。」


 ルカがぼやく。彼の父親は、牛の力を持つ。肉体労働に適している。実際、兵站部には、牛や馬の力を持つ者が多かった。

 皆、誰かの役に立っている。それがルカを苦しめた。

 できれば、人の役に立つ力が良かった。誰かを幸せにしたかった。人のために力を使いたかった。まだ、能無しのほうがましだった。

 しょうがないよ、とリリーが笑う。


「ルカはよくやってるわ。小さい頃から変わらず、真面目で親孝行だし。」


 どこが、とルカは笑った。両親にはずいぶんと肩身の狭い思いをさせた。母親には、何も返せなかった。このうえ、リリーまで巻き添えをくらっていじめられでもしたら、たまらない。まして、黒竜だと知れたら、リリーにも咎が及ぶかもしれない。


 ひと月後、ルカたちは、北の隣国シュヴェールとの国境へ向かっていた。シュヴェールとは、少し前から関係が崩れ、冷え込んでいる。何百年も前には、リーデン王国を侵略しようとした国だ。

 その国境警備に、王立軍の中でも精鋭と言われる部隊がついている。竜騎士団という。竜騎士団は、竜の力を持つ者ばかりで構成されている。国中で見つかった竜は、老若男女関係なく、この竜騎士団へ入れられる。そして、国のためにその力を振るうのだ。

 竜騎士団は、軍の中でも一目置かれる存在だ。竜の力は特別で、他の獣にできないことができる。例えば、火や水を使ったり、白竜のように奇跡の力を使ったりできる。治癒に特化した者もいるという。

 現在、竜騎士団は国境警備隊の北西駐屯地の一角に拠点を置いている。ルカたちは、そこへ物資を運びに来た。

 そこは大きな要塞だった。重厚な石造りで、歴史を感じる。かつての侵攻を防ぐために建造されたといわれる。以降は増改築の繰り返しにより、今の要塞になった。

 案内役の兵に従い、扉の前に来た。木製の扉を金属板で補強してある。ルカが扉を開けようとしたとき、内側から扉が開いた。

 中から出て来たのは、二人の青年だった。一人は赤い長髪をポニーテールにしている。もう一人は、青い短髪だ。左頬に、青い鱗がある。二人とも、紺色の詰め襟の制服に、金刺繍の白マントを羽織っていた。

 二人とルカの目が合う。瞬間、ルカは頭を殴られたような衝撃を感じた。思わず手で額を押さえる。大丈夫か、と声がした。見れば、赤い髪の青年が、心配そうにルカを見ていた。

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