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竜に花を  作者: 沖津 奏
17/18

17 白竜の真実

 ノアが負傷した翌日のことだ。騎士団の皆が止めるのも聞かず、ノアは再び戦線に立った。今日は中央から派遣されてきた、お目付役のブランドン大佐も一緒だ。

 雪の森を少しずつ行くと、次第に遠くから何か聞こえてきた。どうやらシュヴェールの拠点、ザウリークから聞こえる。

 味方の急襲かもしれないと判断し、彼らは急いだ。


「これ……!」


 ルカの隣にいたエリックが息を飲む。

 あれだけ賑やかだったザウリークの街で、白竜が一頭、暴れていたのだ。


「サイラス!」


 ルカが驚いて叫ぶ。

 白竜の様子がおかしい。まるで、もがき苦しんで暴れているようだ。

 すると、瓦礫とともにシュヴェール竜騎士団の白髪の女性、ネージュが吹き飛んできた。


「どうなってるんだよ、これ!」


 エリックがネージュを抱え起こし、尋ねる。ネージュは切り傷だらけだった。慌ててエリックが治癒を使う。


「分からないんだ。サイラス王子が急に……急に白竜の姿になって、暴れてるんだ!」


 仲間に向かって、突然牙を剥き、襲いかかってきたのだという。今も竜騎士団や、猛獣の力を持つ兵たちが止めようとしているが、白竜の力の前にはどうしようもないのだという。


「悪いけど今、お前らに構ってる暇はない!」


 ネージュが怒鳴る。そして、ルカたちには目もくれず、白竜へ向かって駆け出した。


「これは好機だ!畳み掛けて、ザウリークを占拠しろ!」


 ブランドン大佐が喚く。それを無視して、ノアは進み出た。どこへ行く、と大佐の声がする。

 そのノアの足元に、シュヴェール竜騎士団長であるエトワールが吹き飛ばされてきた。頬に擦り傷を作っている。赤毛の髭にも、雪がついていた。情けないな、と彼はノアたちを見て呟いた。


「サイラス王子の異変は、お前たちの仕業だと思ってはいない。だが、この隙に乗じるつもりか。」


 騎士団の視線がノアに集まる。


「このままでは全滅だ。一時休戦としよう。」


 ノアはエトワールを見て微笑んだ。エトワールがぽかんとした後、豪快に笑った。


「いいだろう、一時休戦だ。だが、どうする気だ。サイラス王子はもはや、我々の手にも負えそうにない。」


 数日前から、サイラスはこのザウリークの街に来ていた。前線に出るわけでもなく、怪我の一つもしていない。今朝まではなんともなかったのに、今からほんの少し前、突如体調が悪そうになり、暴れ始めたのだという。

 エトワールは、そこにいたシュヴェール軍に対し、一時休戦とすると伝えた。

 どういうことだ、と唯一声を荒げた者がいた。ルカたちのお目付役、ブランドン大佐だ。ノアは無視して前に進んだ。

 あれはいいのか、とエトワールが笑いながらノアに尋ねる。ええ、とノアはエトワールに微笑み返した。


「団長は私ですから。」


 両国の竜騎士団がまとめてかかっても、白竜サイラスは強靭だった。

 その間にも、街はどんどん崩れている。

 逃げ遅れたのだろう、瓦礫の隙間に子供が立っていた。白竜の尾が、その子を目掛けて振り下ろされた。


「やめろ、サイラス!」


 ルカが叫ぶ。

 同時に、自分では抑えきれない力を感じた。

 突如吹き荒れた暴風に、そこにいた人々が目を閉じた。そして、再び目を開けたとき、そこには黒竜がいた。

 白竜の尾から子供を守るように、黒い翼を広げている。

 一瞬の間があり、白と黒の竜はお互いを睨んだ。


「ルカ!」


 ノアが名前を呼ぶ。声が届いているのかすら分からない。黒竜からは、怒りのような気迫を感じた。

 二頭の竜はもつれ合い、互いに噛みつきながら、空高くを舞った。皆、疲れた表情でそれを眺めていた。

 その中を、黒い神官服姿の男が杖をつきながら、慌ただしく駆けてきた。顔や年齢は、ベールのせいで分からない。


「サイラス様!私がちょっと街を出ていた間に、なんということです!」


 あれは?と、ノアがエトワールに尋ねた。バザールという名の神官長だとエトワールは答えた。

 見ていると、バザールは何やらひとりごとを呟いている。そして、持っていた杖を高々と掲げた。絡まり合う二頭の竜を見ながら、何やら唱えている。バザールの手元には小瓶が握られており、その中に黒い煙が墨のように溜まっていた。

 次の瞬間、白竜が大きく姿勢を崩した。そして、ふっと姿が掻き消えた。皆の目にはそう見えた。しかし、よく見れば点のような人影が見える。それは地面へ向かって落ちていた。段々と人影が大きくなる。


「サイラス王子だ!」


 誰かが叫ぶ。シュヴェールの竜騎士たちは、落下地点へ急いだ。けれど、あの高さから人が地面に叩きつけられれば、無事では済まない。

 空中で静観していた黒竜が、おもむろに動いた。サイラスめがけて急降下する。人々は今度は、落下地点から逃げ始めた。

 もう少しで地面だという時、黒竜は両手でサイラスを包むと、自ら地面に落ちた。天高く砂埃が舞う。誰もが無言だった。

 砂埃が晴れた時、そこには地面に倒れ伏すルカとサイラスがいた。ルカは傷だらけになっていた。サイラスの白金の髪も、土に汚れている。

 両国の竜騎士たちが、それぞれ二人の名を呼びながら近寄った。

 二人は目を覚ました。ルカがサイラスを見つめ、口を開いた。


「サイラス……どうして君は、あの子を傷つけようとしたんだ。」


 怒り口調でルカが問う。一方でサイラスは、己の手を見つめてわなわなと震えていた。そこでルカは、周りの竜騎士たちが一様にサイラスを見ていることに気がついた。

 サイラスからは、あれほど強く感じられた竜種の気配がしなかったのだ。

 皆の背後で、瓦礫を踏み分ける音がした。


「バザール!」


 震える声でサイラスが叫ぶ。黒い神官服の男は、背を向けてそこから立ち去ろうとしていた。


「どういうことだ……。」


 サイラスが問いただす。バザールは振り返り、しばらくサイラスを見ていた。そして、ベール越しでも分かるくらいに微笑んだ。


「あなた様は良き器でした。」


 そして、手に持っていた小瓶を見せた。中には黒い煙がなみなみと入っている。


「あなた様は王族でありながら、何の力も持たずに生まれてきた……能無しだったのです。そこに、私が白竜の力に似せた種を植え込んだのですよ。教団が研究した、至高の種です!なんとよく馴染んでくれたことか!」


 サイラスは白竜の力を得て、年月をかけて育つにつれて、力も大きくなった。サイラスを焚きつけるため、黒竜の厄災だとしてリーデン王国に病を流行らせ、草木を枯らし、水を汚した。バザールは、今、サイラスからその力だけを取り出したのだ。まるで、畑に種を蒔き、作物を収穫するかのように。

 バザールたちは、シュヴェール王国が信仰する神のため、その力をもって世界を平定し、その神に捧げようというのだ。

 彼らにとっては、国はどうでもよかった。全ては神のため。それが遂行できるのなら、国も王も道具にすぎない。


「サイラス様。今までお世話になりました。」


 そう言うと、バザールは霧のように隠れた。あとに残された人々は、皆呆気にとられていた。

 サイラスは地面を見つめ、蒼白な顔で震えていた。冬の冷気の中、彼は大粒の汗を額に浮かべていた。


「僕が……能無し……?」


 信じられないという顔で、目を見開いている。しかし、それが本当であることは、他の誰よりもサイラス自身が分かった。先ほどまで込み上げてきた力が感じられない。竜に姿を変えようと思えば、自在にできた。神々しい光の刃を生み出すこともできた。今は、何もできない。

 顔をあげると、目の前にルカがいた。かつて、能無しだと自分が蔑んでいたルカだ。

 心配そうな顔でサイラスを見ていた。その心配までも、憐憫と嘲笑に思えた。


「僕を見るな!」


 そう叫ぶと、サイラスはその場にうずくまってしまった。

 周りの者はかける言葉もない。

 空から、また雪が舞い降りはじめた。

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