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竜に花を  作者: 沖津 奏
16/18

16 青い竜 2

 ローガンが外に出てみると、どうやら本宅にも飛び火しているようだったようだった。このままでは、庭木を伝って離れにも火が移る。そう判断し、彼は離れを抜け出した。

 街は悲鳴と炎に包まれていた。彼が以前見たことがある街とは違った。石造りの、花に溢れた和やかな街は、そこらじゅうに何かの破片が散り、人が倒れている。咲き誇っていた花は炭になり、色鮮やかだった街は煤に汚れていた。


「これは……。」


 ローガンは震える足で歩き出した。逃げる人々とは逆の方、炎の中へと進んでいく。

 なんとなく、分かる。この先にノアールがいる。

 彼の足は、迷いなく踏み出した。

 幾度か家の角を曲がり、階段を上がったり降りたりしながら、彼は噴水のある広場に出た。枯れた噴水のそばに、赤い髪の少年がいた。彼の近くには、黒焦げになった人らしきものがあった。


「ノアール……。」


 赤い髪の少年が顔を上げる。彼は泣きじゃくっていた。


「僕のせいだ。僕のせいなんだ!」


 そう言ってまた泣く。ローガンはノアールに駆け寄り、なだめた。そして、やっと現状を理解した。

 夕刻、ノアールは街の店に買い物に来ていた。いつも来る馴染みの店だ。するとそこへ、盗賊が現れた。彼らは街の物を次々と奪い、人を斬った。猛獣が揃う自警団すら、歯が立たなかった。居合わせた彼は、とっさに誰にも言っていなかった力を使った。

 炎の竜の力。

 その力は凄まじく、何人もいた盗賊を一気に焼き殺した。しかし、恐怖と怒りに昂った感情は、ノアールには止められなかった。彼は意図せず、街を焼いた。炎の竜巻が天を焼き、街を包んだ。

 それから、ノアールはずっとそこにいたのだ。彼の近くの焼死体は、盗賊たちだった。炎に飲まれたせいで、顔も分からないほどだ。肌は枯れ木のようにかさつき、ところどころに革のような褐色が残っている。腹は裂け、内臓が飛び出して焦げている。完全に炭となった足は、膝から下がなかった。


「助けて……助けて!」


 ノアールが泣きながら縋ってくる。

 ローガンは少しの間、黙っていた。そして、ノアールを抱きしめた。


「分かった。」


 ローガンは微笑んで、右手を空に伸ばした。

 ぽつりぽつりと雨が落ちた。見る間にそれは豪雨へ変わり、七日七晩降り続いた。そうして、街は水に沈んだ。伯爵家も火に飲まれ、伯爵一家も亡くなった。

 ほどなくして、政府が虐殺の罪で子供二人を捕えた。ノアールとローガンだ。盗賊という理由があったものの、関係ない人々を巻き込み、街を一つ消し去った。本来ならば即刻処刑されるところを、彼らは命を助けられた。それは、ひとえに竜種だったからだ。

 決して外れない首輪をつけられ、彼らは竜騎士団となり、政府に監視される身となった。そして、大罪人の証である焼印を肩に持った。

 最初は騎士団でも浮いた存在だったが、時間が解決した。リーデン王国では神聖視されすぎた竜種は、元は近衛として飾り物になっていた。実力を振るえなかったところに、二人が加わったことで格を下げられ、要所の最前線にばかり送られるようになった。他の部隊であれば嘆くところを、実力を存分に発揮できるようになった竜騎士団は、二人に感謝したのだ。

 表向き、二人の子は火に巻かれて消えたことになった。ローガンは爵位を捨て、ノアールは名前を変えた。





 ぱちりと音を立てた焚き火に、ふと我にかえり、ローガンはノアを見た。

 ノアは薄目を開けて、ローガンを見ていた。


「ノア!」


 呼びかけると、ノアは微笑んでみせた。


「懐かしい夢を見ていたよ。君と出会った頃のね。」


 起きあがろうとして、顔をしかめる。ローガンは制したが、ノアは構わないと答え、座り直した。

 ローガンは静かに話し始めた。


「俺がもっと力をうまく使えたら……もっと早く、炎に気づけたら、未来は違っていたのかもしれない。」


 ノアに助けを求められた時、ローガンは己の力が溢れるのを感じた。そして、求められるままに力を使えば、全てを水に沈めることも分かっていた。


「どうして君は、あの時僕を助けてくれたの?そのまま放っておいても良かったはずだよ。僕一人が罪人になれば良かったんだ。」


 火を見つめながら、ノアが寂しげに言う。ローガンは彼をじっと見つめた。口元は固く結んでいる。


 花をくれたから。


 それだけだ。あの時、ノアを助けようと思った理由は、他に何もない。火を消してほしいと望んだから、水を使った。共にいてほしいと望んだから、自死を選ばずに竜騎士団に入った。共に国を守りたいと望んだから、力の使い方や剣術を学んだ。全て、ノアが望んだから。

 花を見ていると、幸せになれた。屋敷の離れに押し込まれてから、やっと笑顔になれた。ノアが花をくれたから。


「なんでだろうな。」


 ローガンは誤魔化した。なんだそれ、とノアが笑う。

 世界中から置き去りにされたような孤独から、たった一人が救ってくれた。

 理由なんて、それだけだ。

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