16 青い竜 2
ローガンが外に出てみると、どうやら本宅にも飛び火しているようだったようだった。このままでは、庭木を伝って離れにも火が移る。そう判断し、彼は離れを抜け出した。
街は悲鳴と炎に包まれていた。彼が以前見たことがある街とは違った。石造りの、花に溢れた和やかな街は、そこらじゅうに何かの破片が散り、人が倒れている。咲き誇っていた花は炭になり、色鮮やかだった街は煤に汚れていた。
「これは……。」
ローガンは震える足で歩き出した。逃げる人々とは逆の方、炎の中へと進んでいく。
なんとなく、分かる。この先にノアールがいる。
彼の足は、迷いなく踏み出した。
幾度か家の角を曲がり、階段を上がったり降りたりしながら、彼は噴水のある広場に出た。枯れた噴水のそばに、赤い髪の少年がいた。彼の近くには、黒焦げになった人らしきものがあった。
「ノアール……。」
赤い髪の少年が顔を上げる。彼は泣きじゃくっていた。
「僕のせいだ。僕のせいなんだ!」
そう言ってまた泣く。ローガンはノアールに駆け寄り、なだめた。そして、やっと現状を理解した。
夕刻、ノアールは街の店に買い物に来ていた。いつも来る馴染みの店だ。するとそこへ、盗賊が現れた。彼らは街の物を次々と奪い、人を斬った。猛獣が揃う自警団すら、歯が立たなかった。居合わせた彼は、とっさに誰にも言っていなかった力を使った。
炎の竜の力。
その力は凄まじく、何人もいた盗賊を一気に焼き殺した。しかし、恐怖と怒りに昂った感情は、ノアールには止められなかった。彼は意図せず、街を焼いた。炎の竜巻が天を焼き、街を包んだ。
それから、ノアールはずっとそこにいたのだ。彼の近くの焼死体は、盗賊たちだった。炎に飲まれたせいで、顔も分からないほどだ。肌は枯れ木のようにかさつき、ところどころに革のような褐色が残っている。腹は裂け、内臓が飛び出して焦げている。完全に炭となった足は、膝から下がなかった。
「助けて……助けて!」
ノアールが泣きながら縋ってくる。
ローガンは少しの間、黙っていた。そして、ノアールを抱きしめた。
「分かった。」
ローガンは微笑んで、右手を空に伸ばした。
ぽつりぽつりと雨が落ちた。見る間にそれは豪雨へ変わり、七日七晩降り続いた。そうして、街は水に沈んだ。伯爵家も火に飲まれ、伯爵一家も亡くなった。
ほどなくして、政府が虐殺の罪で子供二人を捕えた。ノアールとローガンだ。盗賊という理由があったものの、関係ない人々を巻き込み、街を一つ消し去った。本来ならば即刻処刑されるところを、彼らは命を助けられた。それは、ひとえに竜種だったからだ。
決して外れない首輪をつけられ、彼らは竜騎士団となり、政府に監視される身となった。そして、大罪人の証である焼印を肩に持った。
最初は騎士団でも浮いた存在だったが、時間が解決した。リーデン王国では神聖視されすぎた竜種は、元は近衛として飾り物になっていた。実力を振るえなかったところに、二人が加わったことで格を下げられ、要所の最前線にばかり送られるようになった。他の部隊であれば嘆くところを、実力を存分に発揮できるようになった竜騎士団は、二人に感謝したのだ。
表向き、二人の子は火に巻かれて消えたことになった。ローガンは爵位を捨て、ノアールは名前を変えた。
ぱちりと音を立てた焚き火に、ふと我にかえり、ローガンはノアを見た。
ノアは薄目を開けて、ローガンを見ていた。
「ノア!」
呼びかけると、ノアは微笑んでみせた。
「懐かしい夢を見ていたよ。君と出会った頃のね。」
起きあがろうとして、顔をしかめる。ローガンは制したが、ノアは構わないと答え、座り直した。
ローガンは静かに話し始めた。
「俺がもっと力をうまく使えたら……もっと早く、炎に気づけたら、未来は違っていたのかもしれない。」
ノアに助けを求められた時、ローガンは己の力が溢れるのを感じた。そして、求められるままに力を使えば、全てを水に沈めることも分かっていた。
「どうして君は、あの時僕を助けてくれたの?そのまま放っておいても良かったはずだよ。僕一人が罪人になれば良かったんだ。」
火を見つめながら、ノアが寂しげに言う。ローガンは彼をじっと見つめた。口元は固く結んでいる。
花をくれたから。
それだけだ。あの時、ノアを助けようと思った理由は、他に何もない。火を消してほしいと望んだから、水を使った。共にいてほしいと望んだから、自死を選ばずに竜騎士団に入った。共に国を守りたいと望んだから、力の使い方や剣術を学んだ。全て、ノアが望んだから。
花を見ていると、幸せになれた。屋敷の離れに押し込まれてから、やっと笑顔になれた。ノアが花をくれたから。
「なんでだろうな。」
ローガンは誤魔化した。なんだそれ、とノアが笑う。
世界中から置き去りにされたような孤独から、たった一人が救ってくれた。
理由なんて、それだけだ。