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竜に花を  作者: 沖津 奏
15/18

15 青い竜

 夜、リーデンの竜騎士たちは、雪をしのげる所で野営をしていた。

 ノアの肩の傷は、エリックが処置する前に塞がっていた。エトワールが剣で貫いたとき、剣に纏わされていた炎の熱で焼けたのだ。火傷と裂傷を、可能な限りエリックが癒した。


「団長の様子は。」


 副長ローガンがエリックに聞く。その横で、ノアは静かに眠っている。焚き火に照らされた横顔は、人形のようだ。


「できる限りのことはしました。」


 あとは、ノアの体力次第。ローガンが渋い顔をする。


「あの、団長のこの印は……。」


 エリックが、ノアの右肩にある焼印を指さした。こうもりを模した円い焼印。この国では、死罪にも相当する罪人に押される焼印だ。


「私にもある。」


 ローガンは呟いた。エリックが目をまるくする。

 ぱちぱちと、焚き木の爆ぜる音だけが響いた。





 それは、少し昔のことだった。

 リーデン王国の、とある場所に構えられた貴族の邸宅。ここは、鷲の力を受け継ぐゾグラフ伯爵家の邸宅だ。鷲の力を持つ伯爵と、鷹の力を持つ伯爵夫人。その間にいる子は、どちらかの力を受け継ぐはずだった。そうなれば、幸せな家庭のはずだった。


「化け物、来ないで!」


 伯爵夫人が水が入ったグラスを床に投げつける。水が、目の前にいた少年にかかった。十になったばかりの少年には、ひどい言葉だった。


「お母様!」


 母の狂乱ぶりを心配して、少年は駆け寄ろうとする。


「来ないでって言っているの、分からないのかしら!」


 今度は平手が飛んだ。


「やめないか!」


 伯爵が嗜める。


「ローガンだって、望んでその力を手に入れたわけではないのだ。」


 それでも伯爵はなお、蔑むような目でその少年を見た。

 ローガン・ゾグラフ伯爵令息。五歳の時、突然竜の力に目覚めた。水竜の力ーーそれが彼に与えられたものだった。

 最初、両親は喜んだ。しかし、ローガンは力の制御ができなかった。そして力に目覚めた頃から、左頬に青い鱗が出現した。もともと青みがかった暗い髪色は、明るくなっていった。

 ローガンは気持ちが乱れると、あたりを洪水にするほどの力を持っていた。次第に、彼は両親から疎まれ始めた。


「お前は国の役には立てないだろう。屋敷で幽閉する。」


 伯爵は、残酷にもそう言ってのけた。そして、ローガンを離れに押しやり、人を寄せ付けなくなった。

 それ以降、そこには給餌の者しか来なくなった。日に三度、無言で食事を置いていく。新しいものと引き換えに、空いた皿を下げていく。決して言葉を交わすことはない。

 離れから遠い屋敷では、両親と八つになる弟の楽しげな笑い声が響いていた。空に微かにこだまする。

 そんな日々が、永遠にも思えた。


「顔に鱗がある!」


 一年経ったのか、経っていないのか。もっと経ったのかもしれない。それすら分からなくなった頃、その少年は、そう言ってローガンの前に現れた。伯爵家の片隅の庭で、彼らは出会った。

 赤い髪と、燃える夕陽のような瞳。ローガンと歳は変わらないように見える。

 彼は屋敷の庭から現れた。使用人の子だろうか。少年がまた尋ねる。


「ここに住んでるの?一人?」


 ローガンが頷くと、少年はええっと声を上げた。


「一人かぁ。僕、ノアール。このすぐ近くの街に住んでるんだ。」


 矢継ぎ早に話す少年を前に、ローガンは目を見開くばかりだ。


「名前、何ていうの?」


 青い花を差し出し、赤い髪の少年は、屈託なく笑う。眩しい太陽のようだった。

 彼は頻繁に離れに訪れた。

 近くの街に住んでいる。名前はノアール。歳は九つ。彼には両親と、六つになる弟がいる。父は日雇い、母はお針子。裕福な家ではない。好きな食べ物はシチュー。得意なことは、じゃがいもの皮剥き。

 ノアールは、自分のことをよく話した。ローガンは黙って聞いていた。来るたびに、ノアールは青い花を一輪くれた。君の目みたいな青色だね、と言いながら。

 日々、ノアールが来るのが楽しみになった。離れに置き去られ、使用人にも口をきかれないローガンにとって、唯一の楽しみだった。欠けたグラスに花を飾り、だんだんと増えるのが嬉しかった。一つ、また一つと萎れるのが寂しかった。寂しいのも、どこか嬉しかった。離れに一人でいるようになってから、やっと笑えた。ノアールを待つ時間は、まるで窓辺に来る小鳥を待つ時間のようだった。

 そんなある日のことだ。その日、ノアールは来なかった。たまにあることなので、ローガンは気にしなかった。明日は来てくれるはず。そう思い、床に入った。

 ノアールが来なかった日は、うまく眠れない。

 そんなことを考えながらぼんやりしていると、外が騒がしいことに気がついた。窓の外を見やれば、木々の向こう、空の下半分が嫌に赤い。遠目でも分かった。あれは、何か燃えている。

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