Ⅶ.峡谷の巨人
翌朝、アルトたちは丘の上で陽の光を浴びながら出発の準備を整えていた。フェルナが「次の目的地を計算中です」と冷静な声を発する一方、リリスは背伸びをしながらあくびを漏らしていた。
「ねぇ、あんたの“計算”っていつもどうやってるの?」
リリスがフェルナに問いかけた。
「秘密です」
「ほんと、そっけないわねぇ」
リリスが笑いながら言うと、アルトも同意するように頷いた。
「少しくらいヒントをくれてもいいのにな」
ライムが剣を背負い直しながら、低い声で言った。
「ヒントなんかいらないさ。どうせ次に進むしかないんだから」
彼らの軽口が交わされる中、フェルナが突然停止し、機械的な音声で言った。
「目的地を更新しました。近隣の峡谷を通過する必要があります」
「峡谷って……危険そうだな」
アルトは眉をひそめた。
「危険度は中程度と推定されます」
フェルナが即答する。
「それってどういう意味?」
リリスが不思議そうに尋ねると、フェルナはしれっと答えた。
「遭遇率が50%です」
「その50%の中身が大事なんじゃない!」
アルトが突っ込むが、フェルナはそれ以上の説明をしなかった。
峡谷に向かう道中、アルトたちは広がる平原を歩きながら、ふと話題を切り替えた。
「ねぇ、ライム」
アルトが話しかける。
「さっきの剣の手入れ、どこで覚えたんだ?」
「父親だ」
ライムが淡々と答える。
「傭兵だったからな。幼い頃から叩き込まれた」
「へぇ、家族の仕事を受け継いでるんだな」
「いや、あいつの真似事をしてるだけだ」
ライムは少しだけ寂しげに笑った。
「家族ってもんはいつも傍にいるわけじゃないさ」
リリスが少し険しい表情を浮かべた。
「そりゃそうね。私も家族なんて覚えてないし」
「覚えてない?」
アルトが驚いて聞き返す。
「気づいたら一人だったのよ。自分のことは全部自分でやるしかなかった」
リリスはさらっと言ったが、その言葉には重みがあった。
アルトは二人の話を聞きながら、ふと自分のことを考えた。家族のいない孤独を感じる時間があっただろうか――と。彼は考え込んでいたが、突然フェルナが前方で停止した。
「峡谷に到着しました」
峡谷は細長く深い割れ目が地面を切り裂くように広がっており、風が切り裂く音が響いている。フェルナが再び先導し、道の安全を確認するようにゆっくりと進んでいた。
「ここ、本当に渡れるのか?」
ライムが慎重に辺りを見回す。
「確率は50%です」
フェルナが冷静に答えると、アルトは思わず叫んだ。
「またそれかよ!」
進むにつれ、峡谷の中から低い唸り声のような音が聞こえ始めた。アルトは背筋に冷たいものを感じながらリリスに尋ねた。
「おい、これって……風の音か?」
「どうだろうね。何かいる可能性もあるけど」
リリスが軽い調子で答えた瞬間、前方から巨大な影が姿を現した。
それは岩の破片を纏うような巨人で、目の部分がまばゆい光を放っている。巨人は低い声で唸りながら、アルトたちを睨みつけた。
「侵入者を排除します」
巨人が機械的な声で宣言すると、その手が地面に叩きつけられた。峡谷全体が揺れる中、アルトたちは緊張に包まれた。
「おいおい、あれをどうやって倒すんだよ!」
アルトが叫ぶと、ライムが剣を抜きながら言った。
「まずはやってみるしかないだろう」
巨人との戦いが始まった。ライムが正面から挑み、リリスが遠距離から魔法で援護する中、アルトは足元がぐらつく峡谷の縁で立ち尽くしていた。
「俺に……俺にできることは……」
その時、フェルナがアルトの肩にぶつかり、冷静に言った。
「マスター、あなたの役割は決断することです」
その言葉にハッとしたアルトは、震える手で魔法陣を描き始めた。彼は自分が何をすべきかを考えながら、一筋の光を放つ――それが巨人の隙を作り、ライムがとどめを刺すきっかけとなった。
巨人が崩れ落ち、峡谷に再び静寂が戻った。アルトは息を切らしながらフェルナを見つめた。
「お前、俺を信じてたのか?」
「はい。あなたが決断することは確定していました」
フェルナがそう言うと、アルトは複雑な表情を浮かべながらも、小さく頷いた。
こうして彼らは峡谷を抜け、次の目的地へと向かう旅を続けた。旅路の先に待つのは、さらなる謎と試練だった。
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