Ⅵ.焚き火と語らい
遺跡を後にしたアルトたちは、町の近くの小さな丘で休憩を取ることにした。森や遺跡での疲労を癒すには、焚き火を囲むひとときがちょうどいい。夕焼けが空を赤く染める中、火の揺らめきが穏やかな影を作り出している。
リリスが持っていた旅用のパンをちぎりながら言った。
「ねぇ、思ったんだけどさ。フェルナって、案外便利よね」
「案外って何だよ」
アルトが呆れたように言うと、リリスは笑った。
「だって、あの遺跡であいつがいなかったら、全員お陀仏だったかもしれないじゃない? もう少し可愛げがあったら良いんだけどね」
「それはそうだけど……あいつ、結局何者なんだよ」
アルトはフェルナをちらりと見る。球体は火の光を反射しながら静かに浮いている。
「質問には答えられません」
フェルナが淡々と言うと、リリスは口を尖らせた。
「ほら、これだもん。もう少し柔らかくできないの?」
「柔らかくする必要性は感じません」
「そういうとこだよ!」
リリスとフェルナのやり取りを横で聞きながら、ライムが剣を手入れしていた。
「どうでもいいが、次にどんな危険が待ってるのかくらい教えてほしいもんだな」
「危険を予測することはできません。ただし、準備をすることは可能です」
フェルナが即答する。ライムは苦笑しながら剣を鞘に収めた。
「ま、何かあったらあんたがなんとかしてくれるんだろ?」
焚き火の明かりが弱まり、夜の静けさが増してきた頃、アルトはふと仲間たちに問いかけた。
「ねぇ、お前たちはどうしてこの旅についてきてくれたんだ?」
リリスがまず答えた。
「私は単純に面白そうだからよ。創造主って話、ワクワクするじゃない?」
「ワクワク……するか?」
アルトが驚いたように尋ねると、リリスは肩をすくめた。
「だって、こういうのに巻き込まれるのって人生で一度あるかないかでしょ?」
「それは確かに……」
アルトは納得したように頷いた。
「俺は単に仕事だと思ってるだけだ」
ライムが重い声で言った。
「人の冒険に着いていくなんてのは、傭兵としての稼業に近い」
「え、それだけなのか?」
「それだけだ。俺には他に理由なんてない」
アルトは少し拍子抜けしたような気持ちでいたが、同時にこのメンバーの奇妙なバランスに不思議な安心感を覚えていた。ふと、リリスが空を見上げた。
「ねぇ、星が……変じゃない?」
アルトもつられて夜空を見上げる。確かに、星々が奇妙な配置で並んでいる。まるで誰かが意図的に配置したかのような、幾何学的な模様を描いているのだ。
「何だこれ……星ってこんな風に見えるもんだっけ?」
「いや、これは……」
ライムも眉をひそめ、村人が言っていたことを思い出した。
フェルナが急に動き出し、低い音声でつぶやいた。
「異常検知。天体システムの不整合が確認されました」
「天体システム? お前何言ってんだ!」
アルトが慌てて問い詰めるが、フェルナはそれ以上何も言わない。
「まぁ、気にしないでいいんじゃない? 星が変わったって困ることないし」
リリスが軽い調子で言うと、アルトは納得しきれない顔をしつつも焚き火に戻った。だが、心の中では奇妙な不安が消えなかった。
その夜、星空を見上げながらアルトは一人、フェルナに話しかけた。
「お前はなんで俺たちを導いてるんだ?」
「それは私の役割です」
フェルナの答えは変わらない。
「役割って、それだけなのか?」
アルトはため息をつく。フェルナは少しの間を置いて言った。
「私は創造主により設計されました。あなたを導くために」
その言葉には感情の欠片もなかったが、アルトはなぜかその一言が胸の中に引っかかった。
遠くでライムの低いいびきが聞こえる中、アルトは静かに目を閉じた。まだ旅の始まりにすぎない。だが、この奇妙なメンバーとともに、これからどんな世界が待っているのか――それを考えると、眠りに落ちるのが少しだけ惜しい気がした。
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