Ⅰ.禁術書は笑う
夜の帳が降りた魔法都市ルミナリエ。石畳の道を照らす街灯がぼんやりと青白い光を放つ中、ひときわ古びた書店の扉がきしむ音を立てて開いた。
店内から現れたのは、小柄な青年。魔法学校の制服を身にまとい、肩に掛けた鞄から分厚い古書がはみ出している。
青年の名はアルト。魔法使い見習いの彼は、先輩たちから「どうせ魔法の才能なんてないんだから、普通の商人にでもなればいい」とからかわれる日々を送っていた。しかし彼には、どんなに無謀だと笑われようと捨てられない夢があった。それは「この世界の秘密を解き明かすこと」。
「……禁術書かぁ」
手にした古書のタイトルは、擦り切れた表紙にわずかに残る金の文字で「創造の書」とだけ記されている。その表紙には、でかでかと警告文が刻まれていた。
『読むべからず。開けるべからず。触れるべからず』
「いや、触った瞬間もうアウトじゃん!」
アルトは一人突っ込みを入れつつも、どうしてもその中身が気になってしまう。
店主から「絶対に開くなよ」と念を押されたばかりだが、開けるなと言われて素直に守るような性格ではない。好奇心に突き動かされるまま、彼は宿へと急いだ。
アルトの狭い部屋には、机とベッド、そして積み重なった魔法書があるのみ。いつもの場所に腰を下ろし、手にした禁術書をまじまじと見つめる。
「創造の書……なんでこんなものが今まで誰にも発見されなかったんだろう。」
ページをめくる手が、彼の胸を躍らせる。最初のページに現れた文字はこうだった。
『私は創造主。私の手でこの世界は形作られた』
「創造主……だと?」
アルトは眉をひそめた。神話では確かに「創造主」という存在が語られているが、それは伝説上の話だ。だが、この文章はまるで、書き手自身が「その存在」であるかのように語っている。
さらに読み進めると、そこには信じがたい文言が並んでいた。
『この世界の法則は、私によって書かれた』
『すべての魔法は、法則の一部である』
「……法則?」
アルトの頭の中は混乱していた。まるでこの本が、「魔法が単なる奇跡ではなく、理論に基づくものだ」と主張しているように見えたのだ。
そして最後に、ページの下部に奇妙な一文が記されていた。
『これを読んだ者よ、私を探しに来るがいい。私は眠りの果てに待つ』
アルトはその場で立ち上がった。胸の高鳴りを抑えられない。
「これは……伝説の創造主が本当に存在する証拠かもしれない!」
次の瞬間、禁術書の表面がまばゆい光を放ち始めた。アルトは慌てて本を閉じようとしたが、間に合わない。光の渦が部屋中を包み込む。
「これが、お前を呼び寄せた理由だ」
どこからともなく低く響く声が聞こえた。それは威厳に満ちているが、なぜか少し機械的な響きがある。
アルトは思わず叫んだ。
「誰だ!? ここにいるのか!?」
返事はない。ただ、光の中で浮かび上がった文字が彼にだけ見えていた。
『旅が始まる』
これがアルトの冒険の始まりだった。
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楽しんで読んでくれればそれで良し。