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短編集

港町メルティアンの長い一日

作者: チャラン

「しばらく修行ばっかしてたから、金が無くなってきたな。いい仕事があるといいんだが」


 まだ顔にあどけなさが残る青少年が背中に幅広の大剣を担ぎ、しっかりとした足取りで町の雑踏の中を進んでいる。彼の名はミシェル。この賑やかな港町メルティアンで産まれた彼は、幼い頃から様々な人達の薫陶を受け、すくすくと育ち、若年ながら一端の剣士として頭角を現していた。


 独り言をつぶやきながら歩いている通り、ミシェルは自身を鍛えることに余念がない替わりに、生活感覚があまり備わっていない。しばらくメルティアンから離れ、山ごもりで鍛錬を続けていた彼のふところ具合は、気付かない内に心もとなくなっていた。金が無ければ食べ物が買えないのだが、幸い剣士ミシェルの腕は、港町メルティアンのギルド内で一目置かれている。背中に鋼の大剣を担いだ彼の姿を見れば、ギルドの方から何らかの仕事を依頼したくなるはずだ。


「おっ! ミシェルか! よかった。これで何とかなりそうだ」


 剣士ミシェルがギルドの扉を開けると同時に、いつも仕事を斡旋してくれる親父が彼の姿を目に認め、話しかけてきた。難しい顔がミシェルを見るなりパッと晴れやかなものに切り替わっている。


(厄介な事件が起こってそうだが、親父さんの顔を見ると俺に関係があることなのかもしれないな)


 表情変化をそう読み取ったミシェルは簡素な椅子に座ると、木製のカウンター越しにギルドの親父から詳しい話を聞き始めた。


 親父の話を聞いていたミシェルは途端に顔色を変え、カウンターに身を乗り出して言葉を漏らさず全て頭に入れようとしている。ミシェルは自分事として厄介な事件を解決するしかなくなったのだが、親父が話してくれたその詳細な経緯はこうだ。


 ミシェルには幼馴染がいる。エミリーと言う名の可愛らしい小柄な美少女だ。エミリーは魔法の天分があり、若いながら一人前の魔法使いとしてメルティアンのギルドで最近頭角を現していた。その彼女が、港町メルティアン周辺の行商や往来を荒らしている魔物たちの退治を請け負ったのだと言う。


「エミリーちゃんに昨日仕事を依頼したんだけどよ。今日になってもまだ帰らねえんだ。やはり荷が重かったのか……」

「分かった。町から出て西の森だね。俺が行って助けてくる」


 必要な情報を全て聞き終えた剣士ミシェルは、エミリー救出の仕事を即座に請け負うと、鋼の大剣を引っ提げ、メルティアンの西に位置する魔物が巣食う森へ単独で向かった。




 夏虫がけたたましく鳴き、野鳥のさえずりも時折聞こえる森であるが、辺りには瘴気が漂っている。人体に有害な程の瘴気量とは言えないが、魔物の森にたどり着いたミシェルは周囲の空気を吸い、微妙な気持ち悪さを感じていた。


「あんまり長居したくない森だな。エミリーを探し出してサッサと町に帰りたいところだが……そうもいかないみたいだ」


 背中に担いだ鞘から鋼の大剣を抜き、ミシェルが切っ先を向けた前方には、森の瘴気に当てられ凶暴な眼光でこちらを睨むグリズリーが立ちはだかっている!


「……!?」


 グリズリーは鳴き声を出すこともなく距離を詰め襲いかかって来たが、ミシェルが身に付けている実戦感覚と剣の力量は、獰猛な獣を斬り倒すのに十分であった。


「シッ!!」


 剣士ミシェルはグリズリーの鉤爪による俊敏な攻撃をバックステップでかわすと、鋼の大剣を素早く2度振るい、瘴気に当てられた猛獣の腕と首を、見事に斬り飛ばす!




 グリズリーを斬り倒したミシェルは鋼の大剣に付いた獣の血を手早く拭った(のち)、魔物の森の探索を再開した。鬱蒼とした森の藪を払いながらミシェルはしばらく歩き進むと、二匹のハイオークが木材で造られた平屋の前で大きな切り株に座り、憎々しい顔で談笑しているのを発見する。


(最近メルティアンの辺りを荒らしているのは、こいつらで間違いない。ということは、この平屋の中にエミリーが……)


 恐らくミシェルの推測は当たっているだろう。しかしながら、その確証無しで平屋の中に乗り込むわけにもいかない。ミシェルはハイオークたちに気づかれないよう平屋の裏手にうまく回り込み、開かれた窓から中の様子を覗いてみた、すると柱に縄で繋がれたエミリーが頭を垂れ打ちひしがれている。


(元気は無いみたいだが、よかった。体は五体満足で無事みたいだな。となると、次の手が打てる)


 幼馴染の無事な姿を確認できたミシェルは心底ホッとした。それと同時に推測の確証を得た彼は、平屋の正面側にある木陰に素早く戻ると、腰に結わえ付けていた道具袋から短い導火線付きのクラッカーボールを取り出し、導火線に火を点けるや否や右手側へ力いっぱい投げた。クラッカーボールは遠くで破裂し大きな音を響かせる。


「ん!? おいズイカク。あの音はなんだ?」

「分からねえ……人間か何かいるのかもしれねえ。ちょっと行ってみるか、ショウカク」


 お互いをショウカク、ズイカクと呼びあった2匹のハイオークはクラッカーボールの音に驚き、何事かと様子を見に行った。


「よし! 誘導作戦が成功したぞ! 今のうちに……」


 ミシェルはハイオークたちがこの場から十分離れたのを見定めた後、森の木陰から平屋の中に走り込んだ。




「ミシェル! あなたどうしてここに!?」

「そりゃこっちが言いたいよ。相変わらず無茶をするよな。とにかく助けに来たよ、エミリー」


 絶望していたエミリーにとって、一番来て欲しかった人が来てくれた。パープルの綺麗なロングヘアが特徴的な彼女は、嬉しさと驚きがないまぜになった表情でミシェルを見ていたが、のんびりしている時間はない。ミシェルはエミリーの拘束を手早くナイフで切ると、すぐ彼女の手を引き、木造の平屋から脱出した!


 クラッカーボールの破裂音で2匹のハイオークを誘導し、時間を稼いでいたのだが、ショウカクとズイカクは意外に早く平屋の方へ戻って来た。建物から逃げ出すミシェルとエミリーに気づいたハイオークたちは、巨体に似合わぬスピードで走り、2人を追って来る!


「気づかれた!? 走れるだけ走るぞ! エミリー!」

「分かったわ! 左手に行きましょう! 戦いやすい場所があるの!」


 ミシェルとエミリーは示し合わせると全速力で走り、魔物の森内の開けた平地で戦闘態勢を整え、追いついてきたショウカク、ズイカクと対峙した!


「こしゃくな真似をしやがるな、お前ら!」

「お前らはここで終わりだ! 俺たちを怒らせたことを死んで悔やむんだな!」


 ショウカクとズイカクは怒りの啖呵を切ると突進し、大斧をミシェルの脳天目掛け同時に振り下ろしてきた!


「ウォール!!」


 さしもの剣士ミシェルといえども、膂力に任せたハイオークの連携攻撃をかわし切れず、万事休すと思われたが、一瞬早く、魔法使いエミリーが魔法で防御壁を作り出し、大斧による斬撃を完全に防いだ!


『なんだと!?』

「危なかったぜ! 今度はこっちからいくぞ!!」


 エミリーの魔法支援を受けたミシェルは攻撃のみに集中し、捨て身の構えから鋼の大剣による2連撃をショウカク、ズイカクに見舞った! 斬撃の手応えは大きく、ショウカクは左腕、ズイカクは右腕に深手を負い、それぞれ甚大な戦力ダウンを被っている!


「ブレイドストーム!!」


 思わぬ深手を受け狼狽している2匹のハイオークに、エミリーは魔法攻撃で畳み掛けた! 魔法力により作り出された小さな竜巻がハイオークたちを飲み込み、ショウカクとズイカクの巨体は、圧縮されたかまいたちの如き風圧を受けズタズタに切られる!


「クソッタレがああッッ!!!」

「調子に乗るなあああッッ!!!」


 エミリーのブレイドストームを受け、ほとんど瀕死となったショウカクとズイカクは、死に際の馬鹿力を発揮し、それぞれ動く方の腕でミシェルを殴りつけてきた! しかし、そんな破れかぶれの攻撃は剣士ミシェルに通用しない! 2匹の巨大な拳があっさり空を切った後、


「トドメだ!!」


 ミシェルは気合声と共に鋼の大剣を2度振り抜き、ショウカクとズイカクの首をついに刎ね飛ばした!




 結果的にミシェルとエミリーは自分たちの命を拾えた以外に、港町近辺を荒らしていたハイオーク討伐も成し遂げた。そうしたわけで、メルティアンに無事戻った幼馴染の2人は、ギルドの親父から多額の成功報酬を受取れている。無事なミシェルとエミリーの姿を見たギルドの親父は、心からホッとした表情を浮かべていた。


「ミシェル、こっち向いて」

「ん? 何だい?」


 エミリーはミシェルがこちらを向くなり、不意打ちのようなキスをした。彼女なりの助けてもらったお礼らしい。


「???」

「ふふっ、ありがとうミシェル。カッコよかったよ!」


 この事件がきっかけで幼馴染の2人の恋仲は進み、数年後、ミシェルとエミリーはメルティアンの教会で、ささやかながら幸せなウェディングを挙げたそうだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 爽やかな読後感でした。 ミシェルとエミリーのコンビネーションがとてもかっこよかったです。
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