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わたしの出番ね

花子と幼い頃から仲の良かった若葉はどうにか役に立ちたいと思いつきます。

さてどうなるか、見守って下さい。

若葉はふたばと保育園の帰りに広場に寄り道をしたこの日の夜、旦那の風太に相談した。

風呂上がりで缶ビールをプシュッと開け、ゴクゴク飲む風太に

「花ちゃんと剣太朗君がどっちも悲しい気持ちにならない会い方ってないかな?」

「ん?」

風太は難しいことを言われたなと思いながら、暫し考えた。

「・・・悲しいというのは想像と違ってるとかってことじゃない?」

「うん、まぁ」

「だから初めて会う感じで会えばいいんじゃないのかな」

「初めて?」

「そう、初めましてって」

「花ちゃんは忘れてるとしても、剣太朗君はそうはいかないんじゃない?」

「ん~同じように忘れて会えば?」

「は?」

風太は変なことを言うなと若葉は目をばちくりさせた。が、そうか、初めましてか、と何だかその考え方はしっくりくる気がした。頭の中でどうしたら初めましてなのか、若葉は考えてみる。

風太はビールを飲みながらテレビの配信チャンネルを付けた。何を見ようか、とメニューを検索している。その様子を若葉は目に追いながらまだ考えている。過去の作品も配信で見られるので、剣太朗の出演ドラマや映画もメニューに出て来ていた。

「あ!」

若葉は大きな声を出した。

「おい!ふたばが起きる」

二人でシーと人差し指を口に当てて慌てたが、若葉はこれだと閃いた様子だった。

「どうした?」

風太が声を潜めて聞くと、チャンネルを奪って若葉が「これ!」と剣太朗の過去作品のひとつをクリックした。それは以前、花子と風太と一緒に見た剣太朗が老けメイクをする作品だった。

「これ、剣太朗君が老けメイクして会いに行くっていうのはどう?花ちゃんはきっと初めましてだし、剣太朗君は役者だもん、初めての気持ちで会えるんじゃない?」

「ふふ、面白いこと考えるね」

風太はちょっと呆れた感じだが、「いいんじゃない、協力するよ」と賛成してくれた。



翌日、若葉はその提案を剣太朗にして、風太と同じく「面白いこと考えるね」と呆れられた。けれどメイクをすれば確かに演じるではないけど、初めましてで会える気もしていた。

「泉にも協力してもらえるか聞いてみる」

剣太朗も少し乗り気になってくれた。

電話を切った後、一人自宅にいた剣太朗はベランダで空を眺めた。夕方のまだ明るい青い空にうっすら白い月が見えた。マンションの高い位置からでも手など届かない月。まだ見えない夜の月。曖昧なその月は花子の記憶のように分かりそうで分からない、見えそうで見えない、届きそうで届かない月。

ぼんやりそんなことを考えていると”ピンポーン”と玄関のチャイムが鳴った。

「お帰り」と玄関扉を開けると泉が去年生まれた息子の(はる)を抱っこして帰って来た。

「ただいま~、途中で寝ちゃって重かった~」

そう言いながら泉から晴を貰い、ベビーベッドへ剣太朗が寝かせた。すやすや眠る寝顔が可愛らしく、そのまま眺めてしまう。花子に早く結婚しろとけしかけられた勢いで結婚したようなものだったけど、家族が出来て幸せなのは本当で、今では感謝している。だからこそ、花子の様子が心配なのだ。

「何かあった?」

泉は実家に寄って色々お惣菜を貰って来たらしく、冷蔵庫に片付けながら言う。

「・・・うん・・・」

泉にはいつも何か見透かされているというか、表情ですぐに見抜かれる。花子の話をするのはなんだか気まずい気がするのは自分でも何故か分からない。恋とか現実的ではないから、そういうのとは違うんだけど・・・

「で?」

食卓の椅子に腰かけこっちを見て言う泉に、「実は」と若葉の提案を話し始めた。



「面白いこと考えたわね」

そう言って泉はケラケラ笑った。

「任せなさいよ、私誰だと思ってるの」

「え?」

「老けメイクなんかお手の物!私の出番ね!」

「泉、協力してくれるの?」

「私花子さんとあなたがどうにかなるとか思ってないし、あり得ないし、ちゃんと家族大事にしてるの分かってるから、遠慮しなくていいのよ。花子さんはちゃんとファンだって言ってたんだから、あなたは大事なファンの為にって思ってたらそれでいいじゃない」

それは泉の本心だった。剣太朗の仕事は多くの人のおかげで成り立っている。才能があっても一人では成り立たない。ファンの後押しも重要。人を大切にしないとやっていけない仕事。

「まぁちょっとはヤキモチは焼くけど」そう言って舌を出して笑った。そしてこれも泉の本心だった。



懐かしい花子のトリミングサロンを剣太朗と泉、息子の晴が訪れたのは、それから暫くしてのことだった。

「こんにちは」

若葉と風太、娘のふたばが出迎える。

花子がいつも剣太朗の雑誌や出演作品を見てキャッキャ言ってたリビングに集まると、なんだか親戚の集まりのような感じになった。あのときあ~だった、こんなことがあったと若葉は泉に思い出話をする。


「さて、メイク始めましょっか」

泉がメイク道具を開けて、ふたばと風太が晴をあやしながら、若葉が「もう少し白髪付けます?しわもこの辺に」などとリクエストしながら泉は細やかにそのリクエストに応えて行った。

ふたばは変わっていく剣太朗の顔をまじまじと不思議そうに見入っていた。

「面白い?」

泉はふたばに声をかける。

「うん」

ふふふ、と笑いながら泉はメイクを続けた。

「おばちゃんは人のお顔を奇麗にしたり変身させるプロなの。凄いでしょ。ふたばちゃんのママはワンちゃんを変身させるプロで一緒だね」

「うん!」

ふたばは嬉しそうに若葉に抱き着いた。世の中は色んなプロの集まり。トリミングのプロ、ヘアメイクのプロ、介護のプロ、赤ちゃんんのプロ、幼児のプロ、そして剣太朗は人の心を揺さぶるアイドルのプロ、花子はそんな皆の先を生きる人生のプロなのだ。

「さてと、最後に髭付けとく?」

と言いながら鼻の下に少々髭を付ける。

「はい、完成!いい感じじゃない?」

「うんうん!」

「おじいちゃん!」

ププッ・・・その場の全員が噴出したが、ふたばにおじいちゃんと言われれば完璧な仕上がりだ。

「では、これで作戦実行ね」

「剣君、設定忘れないでね」

「あ、うん」

剣太朗は鏡の中の初老の自分を眺めて自分ではないような自分のような複雑な気持ちではあった。

しかし、役者をやっているせいか、気持ちが確かに老いてきた感じがする。

「よし!行くか!」

勢いよく立ち上がる剣太朗に「ちょっと腰曲げ気味で!!」とすかさず若葉と泉が突っ込む。

「あ、はい・・・」

そんな様子を風太が微笑みながら見つめる先の皆が何だか楽しそうに見えた。

お読みいただきありがとうございます。

認知症とか老化とかネガティブになりがちな進行でしたが、ちょっと皆が花子の為に協力し合い楽しそうに何かを企み始めましたね。

もう少し続きもお読みいただけると嬉しいです。

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