41.御前試合
アミュガット城塞内は異様な熱気に包まれている。
まだ明朝だというのに大通りから路地、道という道は人で埋め尽くされていた。
城塞内へ続く橋は入場許可を待つ牛車や商人で詰まり、衛兵によって検問が執り行われているが全く間に合っていない。
絶えず流れ込んでくる人々に混じり、大層な牛車が散見された。あれらは領地の方々からやってきた有力な権力者のものらしい。あの中のどれだけがバルガスの味方なのだろう。
ふと視線を奪うのは、群衆から煌めく白銀の一団。
全身鎧に身を固め、大きな盾と長剣を装備した異質な集団だった。
それらを迎えるのは金銀財宝で身を飾る欲深き司祭、キャスタリンである。であるならば、あれらが聖堂騎士だろう。キャスタリンを前に騎士達は跪く。
騎士と従士を合わせ総勢二百を越える力の集団。
此度の御前試合の為に召集したとするなら、随分な大所帯だ。
「まるで祭りだ」付き添う部下の誰かが溢す。
確かにそのようだと、クウェンでの豊穣祭を思い出す。
過るのは黄昏と、儚さを宿したクシェルの影。
当時はクウェンに難民を受け入れていたから何処もかしこもごった返していた。今の城塞内も似たような感じだ。寧ろ閉塞感はこっちの方が強く、熱気も相まって息が詰まりそうだった。
「ヴォルフ、準備はいいか」
共に城壁から街並みを観察していたミゲルドが訊ねた。
弓兵らしく軽装な彼は股下まである鎖帷子と毛皮の籠手と長靴を装備している。腕全体や大腿部は肌が晒されており、機動力を重視しているのだと見て取れた。
しかし、小柄ながらに彫刻のような肉体だ。
余程の強度で鍛練を積まねばこうはならない、目方以上の力強さがあった。
「絶好調だよ。そっちは?」ミゲルドへ答え、問い掛けと同時に囓りかけの林檎を宙に放った。
瞬間、ミゲルドの眼光がぎらりと奔る。彼は目にも止まらぬ速度で弓を引いた。
矢に穿たれた林檎が砕け、いくつかの破片となって地面に崩れ落ちる。瞬きの目の芸当に、一部始終を見ていた兵士らは感嘆と拍手を送る。
「見ての通りだ」
「お見事」
ミゲルドが得意気に鼻を鳴らす。
弓兵として一線を画す正しく神業であった。
この反応速度と精度……戦場でミゲルドに狙われたらと思うと背筋が凍る。
「くはは、お主ら、朝から精強であるな」
向かいからバルガスが歩いてきた。
屋敷の外で彼と会うのは思えば初めてだが、群衆と並ぶとやはり規格外の体躯に驚かされる。
「閣下もいつになく覇気に満ちていますよ。……にしても、珍しい装いですね」
バルガスが着込んでいた衣装は踊り子が身に付けるそれに酷似していた。上半身は肩から布がなく、革製の籠手……それも指先の飛び出たものを身に付けていた。下半身は股下から裾まで余裕のあるもので、傍目から足運びが分かりづらそうだ。
「これは我等が精霊の民が継ぐ装束よ。己を懸ける舞台では皆これを着込む。今や紡ぎ手が途絶え、我が最後の継承者であるがな」
「紡ぎ手?」始めて聞く単語だ、眉を寄せるとバルガスが補足した。
「土地の力を編むには精霊の助けがいる。選ばれたものしか編むことができん。故に紡ぎ手」
「成る程、通りで美しい意匠です」
「はっ、似合わない言葉を使うでないわ!」本心からの言葉もバルガスは世辞と受け取ったらしい。が、その表情は随分と綻んでいた。満更でもないということだろう。
ざっと意識を近辺に散らす。
死角らしき気配は感じない、そう容易く尻尾を掴ませる間抜けなど送り込んでは来ないか。
バルガスの見立てでは表立って派手なことは起こさないと言うが、物事に絶対はない。
まして敵は司教。
相対するのは単純な力比べとなる兵士でなく、権謀術数の蔓延る世界で成り上がった怪物とみる。
「ヴォルフ」謀略に思考を巡らせる背中を擦ったのはアセルシアだ。相も変わらず緊張感のない表情、朗らかに綻ぶ彼女の頬をみると、全て杞憂に思えてくる。
「ご武運を。無事に戻ってください」
「ああ、わかっているよ」
鐘楼より刻限を告げる報せがアミュガットの空へ響いた。
城塞中に反響した鐘は中空へと駆け上がり、天高くまで突き抜ける。見上げる虚空、際限なく晴れ渡る淀みない筈の青も、渦巻く陰謀のせいか濁って見える。
たむろしていた衛兵の一団がざわついた。
何事かと注視すれば不可視の壁に弾かれるよう、衛兵たちが道をつくっている。
人混みの峡谷を抜け、真っ直ぐに駆けてくるのは白光を纏う少女————クシェルだった。
「兄さん、これを」
物憂げなクシェルは懐から首飾りを取り出し、両手で広げて輪っかを作った。彼女に促されるまま、頭を輪に通す。丁寧に縒られた紐には貝殻と白い毛が束ねて飾られていた。
何処で手に入れたものかと首を捻れば、クシェルが解答を呟いた「あの、兄さんの……助けになればと私が編みました。文献で読んで、少し、不細工ですけど」
やや恥ずかしがって俯くクシェルの髪の一部が不自然に乱れていた。
いつもなら均整の取れた、手の行き届いた容姿となっている。貰った首飾りと見比べ、装飾されたのが彼女の白髪の一部であったと気付く。
しかし不細工などとんでもない。
ケチをつける余地など見当たらぬ見事な逸品であった。
「ヴォルフ」
喉を締め付ける威圧感が襲う。
放った人物は俺の名を呼んだバルガスではない。
眼下で聖堂騎士たちが盾で地を鳴らした。甲高く重厚な響きが大気を伝播する。
司教キャスタリンが手招く先から、現れたのは剣聖ランスロットだ。奴の周囲は陽炎の如く揺らめいて、太陽と見紛う煌めきを宿していた。
「勝てるか」バルガスが訊ねた。「勝負事に絶対はない」と独り言のように答えると彼は表情を緩めて微笑する。
「————さあ、往こうか皆の衆。祖先を冒す害獣めに折檻をしてやろう」
バルガスの号令と共に兵どもは雄叫びを挙げた。
瞼を閉じて心音を確かめれば、闘争に滾る己がみえた。
※◇※第41話‐御前試合‐※◇※
司教キャスタリンと剣聖ランスロットを交えた謁見より十日、遂に件の御前試合の日がやってきた。
領地を挙げての催しという事で各地から様々な人々が集い、城塞は過去になく賑わっている。
此度の御前試合は教会と精霊……つまりはバルガス側とはっきり二分している為だろう、顛末を見届けようと関心を持つ領民が多いのだ。
公に謳っている訳でなくとも、この御前試合の結果が及ぼす影響が少なからずあると、領民らが理解している証でもあった。
試合の為に用意された闘技場の周りには多くの観客を呼び込むべく階段状の席が設けられている。
観客席の一部は日除けの天幕が張られており、そこは有力者やバルガス、アセルシアといった位の高い人物の特等席だ。勿論、クシェルやアリア、司教のキャスタリンも護衛と共に同席している。
ランスロットの姿は未だ見えない。司教の護衛として傍に居ると思ったが……。
アリアとクシェルが並んでいる姿を見るのは久し振りだった。
何度か話をしようとしたがアリアは執務があるという理由で都合を合わせられなかった。
真面目な彼女の事だから、隠れて遊んでたわけでは無いのだろう。
出場者の控室(ただ中身を空にした豚小屋)からこっそり眺めているとアリアと視線が合う。
彼女は分からぬ程度の礼をした。
なんとなく余所余所しい態度。次いで視線を交えたクシェルとアセルシアは満開の笑みで応じてくれたのに……ちょっと寂しい気分だ。
舞台上では踊り子が舞いを披露している。
精霊の民が代々受け継いできたという独特な舞いだ。土地を鎮める祈禱の役目を担っているらしい。アセルシアも以前そのようなこと話していたか。
しかし、随分と煽情的な……。
あんなところに切り込みがあってはよからぬ場所が覗いてしまいそうだ。
体型も、なんというか艶っぽいというか、いい具合だし。
————なんて下卑た考えも浮かんだが、すぐに邪だと斬り捨てた。というか、そうせざるを得なかった。天幕からの視線が痛い。とりあえずは何事も無い振りをして誤魔化しておこう。
「騎手は前へ」進行を務める衛兵が控室へ指示にきた。早速試合が始まるのだろう。初めは確か、槍試合だったか。踊り子が舞う傍らでせかせかと柵が建てられている。反対側にある教会側の控室からは小柄な全身鎧の男が登場して観客に一礼をしていた。優雅な礼に歓声が上がる。
「どうした、騎手はいないのか」
「いや、それが」
再度、衛兵が訊ねた。
答えようもなく口ごもる。何せ誰が出るかも伺っていない。
相手は既に騎乗を済ませ、盾と槍を構えて開始位置についていた。
「どうする?」背後で目を閉じて腕を組むミゲルドに問い掛ける。瞑想中らしい彼は煩わしそうに溜息を吐いたが、薄く開いた目で「大丈夫だ」と一言呟く。
「騎手が居ないのなら不戦敗か、もしくは代わりを立てることもできるが……」
「その必要は無い」
ミゲルドが衛兵の提案を退ける。
踊り子は舞いを終え、舞台は完全に槍試合の始まりを待つだけとなっていた。
痺れを切らした観客たちから罵声や非難の野次が飛んでいる。「臆病者が逃げ出したぞ」と相手の聖堂騎士が観衆を煽り、槍を振り回して吠えていた。
いい加減にしろと衛兵が語気を強めた「おい、そろそろ決めろ」
「————来た」
被せて話したミゲルドが闘技場の中央へ指を差す。
突然、闘技場は時を止めたように沈黙した。
次第に沈黙は困惑へ移り、ざわめきに満ちる。
注目を一身に集めたのは漆黒の外套を纏った謎の男だった。
その容貌は頭から足首まで被った外套に秘されているが、何処となく知った気配。
ともかく俺を含め観衆の誰も、今の今まで人物の登場に気付けなかった。
意識の間隙を縫って現れた男は無言のまま馬に乗り、傍に居た衛兵から盾と槍を奪い取る。
……あいつがバルガスの用意した男か。
見た所、聖堂騎士と違って鎧は着こんでいない。
外套の下に鎧帷子くらい備えているだろうが、槍試合に臨むには些か準備が悪い。
服装についての規定は無いが、一般には聖堂騎士のように鎧を着込むものだ。
「まあ、お手並み拝見だな」呟くと、ミゲルドが鼻で笑った。
腕前の程は保障されている、という態度だ。
槍試合のルールは至って単純。
柵を跨ぎ、左右に分かれた騎手同士が盾と槍を構えて向かい合う。
開始の号令で柵に沿って馬を走らせ、すれ違う瞬間に攻防を交わすのだ。
勝敗の要因は相手を落馬させること。
それが成されぬ限りは何度でも繰り返す。
鎧で身を守り、槍自体も先端を潰してあるといえ馬の速度で突けば相応の危険も伴う。
実際に死人も出るそれなりに危険のある試合……。
「始め!!」
役者が揃ったことで早速試合が始まった。
審判の号令の瞬間、両者が馬を奔らせる。当然だがどちらも馬術に長けているようだ。両手が塞がっている状況でも難無く騎乗している。
互いの馬が最大速度に到達した頃合い、両者が構えを取った。
聖堂騎士は強気な攻めの姿勢で突きを繰り出すと示している。対する謎の男は様子見に盾をどっしりと構えた。萎縮したとも取れる構えに観客から野次が飛ぶ。
接敵の刹那、聖堂騎士の力強い一撃。
体全体を前のめりにした豪快な突きが盾を大きく弾いた。炸裂音を掻き消す歓声が上がる。
どうにか受けた男は体ごと仰け反らされ、何も出来ずに一合目が終わる。
転回して、再び向き合い、またもや馬で駆ける。
聖堂騎士は再び攻勢の構え、男も同様に盾を構えた。
「どうした腑抜け! 怖れを為したのか!!」聖堂騎士が挑発する。勝ちの確信を得ているのか、動きが大胆になっていた。
男は動じず、もう一度突きを受け止める。
二度目の衝突。突きの先端が盾を破り、木片が散らばった。
……妙だ。
素晴らしい突きではあるが、ただの二撃で盾を粉砕できるほどではなかった。
余程防ぎ方が悪かったかもしくは何か小細工があったか。
経験から後者と睨む。
「小癪な真似を」ミゲルドが舌打ちをした。流石、彼も同じ意見のようだ。
挑む三合目。
男は粉砕された盾を投げ捨てる。
防御を棄て、いよいよ攻勢に転じるつもりか。
あのような軽装では胴体のどこに槍を受けても致命的だ。どの様に捌くのか、心配より興味が勝る。
「無様に泥水に塗れるがいい!!」聖堂騎士が頭部へ目掛け槍を突く。急所へ構わず打ち込むとは容赦が無い。それも先までの二撃を凌ぐ攻撃だった。
だが、その一撃は空を切る。馬上の揺れによって僅かに逸れた軌道は、男のこめかみ一寸を通り過ぎた。直撃していれば勝敗は決していたか。
対して男の槍は聖堂騎士の脇腹を抉る。鎧の上からとはいえ、凄まじい衝撃に聖堂騎士が呻き声を漏らした。
「あいつ、運がいいぞ!」「臆病者に神様が憐れんでやがる!」観客の何人かが笑う。聖堂騎士も今の攻防を然程気に留めていないらしく、すぐに次の一手へと移行する。
そしてもう一度……今度は男の方から仕掛けた。
大袈裟な槍さばき、隙だらけの一撃に聖堂騎士は容易く反応する。両者の槍が交わり、弾けた。激しい攻防に火花が散る。
幾度も、幾度も、拮抗したやり取りが続いた。
「巧いな」
ミゲルドが感嘆した。
「確かに」と同意して頷く。聖堂騎士と外套の男……あれはあえて接戦に見せかけているだけだ。
腕に覚えがあれば、あれが演出に過ぎないことは看破できる。
同時に、二人の間に隔絶した技量の壁が在ることも。
聖堂騎士とやらも決して素人ではない。むしろその水準は予想よりもずっと高いと言える。ただ、相手が悪い。
「あの聖堂騎士とやらも哀れだな。自分が遊ばれているとも気付かないとは」などと溢しているミゲルドは満足気な表情。教会は因縁の相手でもある、特に聖堂騎士には並々ならぬ感情を抱いていて不思議ではない。
「で、あれは誰なんだよ」何と無しに訊ねてみた。答えを期待してはいない。予想通り「さあな」と首を振るミゲルドだが、彼の様子からその返事に誠実さが無い事は見え透いていた。
「とぼけやがって」
「直に分かる。それより決着がつくぞ」
数えきれぬ攻防の末、聖堂騎士に疲れが見えていた。
一方で謎めく男は飄々とした雰囲気で、余裕を感じさせる。
聖堂騎士が己に渇を入れ、猛進する。奴は己の限界を悟り一突きに全てを懸けるつもりだ。
雄叫びを上げて接近してくる聖堂騎士の心意気を汲んでか、男も迎え打つ構えをとった。
互いに防御を捨てた前傾姿勢。
呼吸を合わせ、互いの胴目掛けて槍が放たれる。
力と速度が勝敗を決す、単純な結末――――とはならない。
直進する筈の男の槍が突如不規則に軌道を変える。
向かうのは聖堂騎士の放つ槍の切っ先だ。
聖堂騎士の槍が斜めに逸れ、男の槍は聖堂騎士の腕を沿って肩を穿った。
弾かれた聖堂騎士が馬から転げ落ちる。
「それまで!」
審判が勝敗を告げる。
一瞬の静寂を破り歓声が沸き上がった。
寸分の狂いも許されない見事な受け流し……俺は馬上で同じ芸当が出来るだろうか。およそ自信がなかった。
謎の男は勝利に沸くことも、地面に転げた聖堂騎士に手を差し伸べるでもなく、馬を降りると何事もなかった様子で俺とミゲルドのいる控室に入ってきた。
「あんた、相当やるな。流石だ」
「……」
声を掛けども男からの応答はない。
壁の隅にもたれ、その場で座り来んだ。特に馴れ合う気は無いらしい。
まあ、いいさ。
とっくに正体なんて割れているんだからな。
◇
続く第二試合は的当て。
打ち合わせ通り、参加したのはミゲルドだ。
「なんだこのガラクタは」試合が始まり、ミゲルドの第一声はそれだった。
この御前試合で使用される武器は公正を期すという名目で何故か教会から貸し出されている。通常、その質は低くも高くもなく訓練用としては申し分無い物だ。
そう、普通なら。
だが今回ミゲルドに貸し出された弓は、何処か勝手が違っていた。
貸し与えられた長弓はやや歪で、加えて弓を引く際により力が要るように細工されているようだった。
もとより長弓を扱うには相当な筋力が必要とされ、修練を長く積んだ者は一様に左胸部や左腕が偏って発達するほどだ。
体格で劣るミゲルドがあの粗末な弓を扱うのは、かなりの枷となる筈。
姑息な真似をするものだと吐き気がした。
俺の背後に居た男は唾を吐き捨てる。全く同じ胸中だった。
「すまないが、立場がある。恨みはないが退いて貰うぞ異教の民よ」
相対する聖堂騎士がそんなことをほざいていた。怒りが込み上げるが、ミゲルドは全く乱されていなかった。
「恥ずかしくはないのか、先祖が嘆いているぞ」ミゲルドが問い掛ける。
「何も。主は全てを赦される。故に我等はこの地に根付いたのだ」
「侵略者が、よく宣う」
「十年後には、貴様ら異教徒がそう呼ばれているだろう」
もはや問答は不要。
ミゲルドの目付きが鋭く光るのが見える。
恐ろしい集中……外界との一切を隔てていた。
向き合った聖堂騎士に一礼をして、先取するミゲルドが弓を構えた。
標的となる的は五つ。
射手から徐々に離れるように並んだ的は中心が赤く、与えられた十張の内、何射を赤く塗られた範囲に当てるかで競う。
的が離れるほどに点数は高くなるが、赤色の幅そのものも小さくなるという感じだ。
手前で二点。一つ置くに行くほど更に二点が加算される。最大十点だ。ちなみに的を外した場合は一点の減点が掛かる。中心の赤を外していても、的に当たりされすれば点の変動はない。
近場を狙って着実に点を獲得するか、何射かを捨てても最大得点を狙うか。
堅実に行くなら、まあ中間程度の的を狙うのが定石か。
「っふ……!」
ミゲルドが第一矢を射った。
しなった弓が反発力を生み出し、矢が目にも止まらぬ速度で駆けた。
風切り音と同時に見当違いの地面に矢は突き刺さる。飛距離からして目標としたのは四番目か五番目の的だろうか。あの粗末な弓で大胆な狙いだ。
これで先ず一点が減点された。観客はミゲルドの無様な腕前を嘲笑する。各場に配置された彼の力量を知る兵士らは歯痒そうに唇を噛み締めていた。
ミゲルドを見守るバルガスは隣合う司教と何か会話をしていたが表情は険しい。
「戦士に恥をかかせるとは……聖なる部分など微塵も無いな」思わず愚痴がこぼれてしまう。
何が聖堂騎士だ、と。見た目ばかりで中身は畜生にも劣る。腐り切った性根、本質はあの貧民区にいた豚と変わりない。生かす価値の無い人間だ……。
「やはり下らんな。こんなものか」
吐き棄てるミゲルドは早速二射目を構える。
深い呼吸、全くブレの無い体幹、乱れぬ集中。
嘲笑も謀りも何も意に介さない。絶対的な自信が伝わってくる。
「————この程度の小細工では、接戦を演じるのも難しい」
2話構成です。




