5.RED
鍵の開く音がした。
扉が開かれる。そこで目にした光景に、マネージャーは言葉を失った。
背中にナイフを突き立てられた青海ナナが床に転がり、吐血したのかその口元は赤黒い。鉄錆の臭いに思わず顔をしかめた。
「……ユイ、ちゃん……?」
マネージャーの視線の先には、目元を赤く腫らしながらにこりと可愛らしく微笑む赤羽ユイがいた。
「ユイちゃん、ナナちゃんは……?」
「見てわかるでしょ? 死んでるわ」
「……ユイちゃんがやったの?」
「うん」
「……他のみんなも?」
「りっちゃんはそうだよ。でも、いっちゃんとひぃちゃんは違う。りっちゃんの家から証拠が出たなら、二人を殺したのはりっちゃんなんじゃない?」
「どうして?」
「そんなの、お金のために決まってるじゃない」
「……」
「今思えば、『COLORS―カラーズ―』って、お金に困っている子たちで結成されたグループだったんだね。みんな、お金を必要としてたもん。ハングリー精神って言うのかな。だから売れたのかもね」
「こんなことをして……あなたは、もう、歌手生命は終わりよ。お金を稼ぐどころか、刑務所に入って、きっと死刑になるわ」
「マネージャーが言わなければいいだけでしょ」
「私が言わないわけがないでしょう? どうして黙っていると思うの」
「だって、マネージャーだってお金に困っているんじゃないの? 事情はよくは知らないけど、借金があるって聞いたよ。人気絶頂のアイドルのマネージャーなんていい仕事、放棄する手はないでしょ?」
「何を言っているの? 『COLORS―カラーズ―』はもう、あなた一人じゃない。活動なんて……」
「人気絶頂のアイドルグループ『COLORS―カラーズ―』のメンバーが次々に頭のおかしいストーカーに殺された。その最後の生き残りが、仲間の不運の死を乗り越えてソロデビューを果たすってシナリオ。どうかな? 話題性もあるし、ファンの心もつかめるわ、きっと」
「……そんなにうまくいくかしら」
ひとつ溜め息をつくと、マネージャーはポケットからハンカチを取り出しながら、床に転がっている青海ナナに歩み寄った。
「それには、いろいろと準備が必要だと思うけれど」
そう言うと、ハンカチを持った手で青海ナナの背中に刺さっているナイフを抜き取ったのだった。迸る鮮血を浴びないように注意して、次に赤羽ユイへと歩み寄る。
「まずは、死体を処理しないとね」
勝ち誇ったように無邪気に笑う赤羽ユイ。
彼女の目の前に立ったマネージャーは、青海ナナの血液に濡れたナイフを赤羽ユイの胸に突き刺したのだった。
驚愕に見開かれた目。
床に仰向けで倒れ込んだ彼女は、一瞬たりとも身じろぐことがなかった。
おそらく即死だったのだろう。
笑顔のままで固まった口元からは真っ赤な血が溢れている。
「お金目当てにリオちゃんとナナちゃんを手にかけたあなたが、罪の意識に苛まれてナナちゃんを刺したナイフで自殺を果たした。……ねえ、ユイちゃん。こんなシナリオはどうかしら?」
動かなくなった赤羽ユイを見下ろしながら、マネージャーは不敵な笑みを浮かべていた。
「ニュースを観たでしょ、依頼は達成よ。指定の口座にお金を振り込んでおいてもらえたかしら?」
空港の電話室で話しているのは『COLORS―カラーズ―』のマネージャーだった女だ。
【ああ、今しがた振り込んだところだ】
「大変だったわよ。アイドルのやる気を起こさせるために事務所の収益を抑えるよう進言したり、あの子たちの信頼を損なわないように立ち回るの」
【センター争奪戦を考えたのはやはり君か】
「お嬢さんの慰霊の意味も込めてね」
【……だが、本当に殺したのか? 私は彼女たちを消すよう依頼しただけだぞ】
「だから、ちゃんと消してあげたじゃない」
【業界から、だ。私は殺しなんて依頼していない】
「活動できないようにしろと言ったのでしょう? それに、私は殺していない。ニュースでも言っていたんじゃない? センターを奪い合って殺し合ったんだって」
【……】
「それよりも、社長も早く逃げた方がいいわよ。私が失踪したら、あなたとの繋がりに気づかれてしまうかも」
【……なに?】
「そろそろ警察が向かっているんじゃないかしら?」
受話器の向こうから、大きな物音とともに複数人の叫び声が聞こえてくる。受話器を床に落としたような音が聞こえたのを最後に、女は電話を切った。
『COLORS―カラーズ―』のデビュー前、ほんの一瞬、日本一と称されたアイドルグループがあった。『COLORS―カラーズ―』と同じ五人組ユニットの彼女たちは、七年もの間売れない時期を過ごし、ようやく努力が報われて日の目を見たところで、突然現れた『COLORS―カラーズ―』にすべての人気を持っていかれてしまったのだった。似ているなら若くて可愛い方がいいということなのだろう。しかも、『COLORS―カラーズ―』の方が歌もダンスも数段達者であったのだから仕方がない。
業界ではこんなことはよくあることだ。すべての努力が報われるわけではない。
しかし、『COLORS―カラーズ―』のデビューから間もなく、一人のアイドルが自殺したのだ。
『COLORS―カラーズ―』がデビューするまで、日本一と謳われたアイドルグループのセンターをしていた十九歳の女の子だ。
理由は、もちろん、『COLORS―カラーズ―』に自分たちのキャラも日本一の座も奪われたため。
理由はどうであれ、彼女の自殺が『COLORS―カラーズ―』の責任と思う者は少なかっただろう。ただ、自殺したアイドルの所属事務所の社長にとっては、『COLORS―カラーズ―』の存在はどうしても許せないものになってしまったのだ。
なぜなら、そのアイドルこそが社長の実の娘だったからだ。
「ユイちゃん。あなたたちのマネージャーとしての職も確かに魅力的だったけれど、私はそれでは満足できないわ。今回、あなたたちを消して得た報酬は、『COLORS―カラーズ―』の年間の売り上げの五倍にも相当するのだもの」
ほくそ笑む女は、『COLORS―カラーズ―』のマネージャーだった面影はどこにもなかった。セミロングの髪を後ろにまとめただけの髪形に、TシャツにGパンといった野暮ったい格好とは打って変わり、つばの広い真っ白な帽子を被り、スリットのあるスカートを履き、ヒールを鳴らしながら歩く優雅な貴婦人のような姿だった。
そんな彼女は、大きなスーツケースを転がしながら、堂々とロスの街へと消えて行く。
次はどんな仕事をしようかと考えながら――。