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1.GREEN




 ことの始まりは、マネージャーのこの言葉だった。


「今月の成績がトップの子にセンターをやってもらうことになったわ」


 現センターの人気が急降下したことに危機感を持った事務所の社長の意向らしい。そうなるだろうことは、グループの誰もが予想していたことではあった。しかし、次に続いたマネージャーの言葉に、その場にいた全員に困惑と緊張が走った。


「そして、事務所は、グループが得た収益の半分をセンターの子に支払うことに決めたわ」


 それだけ言うと、マネージャーは肩を落としてうつむいた。


「それって、センターになれなかった他の四人の給料は、全収益の半分を折半するってこと?」


 現センターの子の言葉に、マネージャーは首を振る。


「いいえ。全収益の半分をさらに半分にした収益を事務所が受け取るのよ。だから、全収益の四分の一を他の四人で折半するということなの」

「なに、それ……」


 言葉を失った。なぜ、社長はそんなことを言い出したのだろう。それでは、事務所側が得るうまみも少ないだろうに。


「それだけ、社長はあなたたちに期待をしているのよ。今は低迷しているけれど、あなたたちの実力はこんなものじゃないはず。今が踏ん張り時なのよ。切磋琢磨して、みんなでセンターを目指して頑張りましょう!」


 そう言ってみんなを励ましてくれるマネージャー。その笑顔も、どことなく引き攣って見えた。




 二十歳から二十四歳までの女性で構成されている五人のアイドルグループ『COLORS―カラーズ―』。

 五年前にデビューして以来、彼女たちはとにかく売れた。

 年間・月間ともに彼女たちは常に上位にいたし、一位を獲得したことを数えてみれば両手でも足りない。

 最年少で可愛い妹キャラの赤羽(あかばね)ユイ。

 おっとりとしていてどこか影のあるところも、包み込んで守ってあげたくなってしまうような魅力を持つ浅黄(あさぎ)ヒナノ。

 最年長でしっかりものの青海(あおうみ)ナナは、面倒見がよくてメンバーのお姉さん的存在だ。

 マイペースで天然で少しわがままなお嬢様キャラの緑川(みどりかわ)イチカ。

 先月までセンターだった桃瀬(ももせ)リオは、『ルパン三世』の峰不二子を思わせるようなナイスバディに、まるで陶器のような白い肌、そこにぱっちりとした瞳、小さな鼻、ふっくらとした桃色の唇が整然と並んでいる。

 可愛いだけでなく、ダンスも上手で歌唱力もあり、その上キャラも立っている。そんな彼女たちを世間が放っておくはずなどない。デビュー後、彼女たちはそれぞれにしっかりとファンをつけ、瞬く間に売れて行ったのだった。

 ……一年前までは。

 センターだった桃瀬リオにある噂が立った。

 「桃瀬リオは作られた美人らしい」と。

 メンバーの誰よりも整った顔をしていることを他のメンバーも認めている。きっと他の四人のファンが流した噂だろうと、『COLORS―カラーズ―』のみんなはそう思っていた。

 しかし、この噂が広まり、桃瀬リオの人気が急降下したのだ。

 一向に巻き返す気配がないためにさっきのマネージャーの言葉に繋がると……そういうことなのだろう。




「無理よ! 四分の一だなんて!」


 肩を落として項垂れる浅黄ヒナノに、


「四分の一じゃないわ、それを四人で分けるんだもの」


 赤羽ユイがそう言った。


「私だって無理よ」


 緑川イチカの言葉に、


「イチカは大丈夫でしょ。なんたって、本物のお嬢様なんだから」


 桃瀬リオがすかさず突っ込んだ。険悪な雰囲気になりかけたところで、


「誰も、大丈夫なんてことはないわ。みんな、それぞれに事情を抱えているのは同じよ」


 青海ナナが口を挟む。それで、場の空気はなんとか収まった。

 しかし、それ以来、グループ内にはぴりぴりとした空気が張り詰めるようになった。ライバルなんて生易しいものではない。まるで、恨み続けた敵でも見るかのような視線を至る所で感じるようになって行った。




 マネージャーの衝撃告白から一週間が経ったある日のこと。


「イチカ! あんた、どういうつもりなのっ?」


 新曲の収録前の控室で、桃瀬リオが凄まじい形相で緑川イチカに迫っていた。


「私のファンを寝取るなんてさ!」


 その言葉に、その場にいたメンバー全員が騒然とした。


「わ、私は、そんなことしてない……!」


 言い終わらないうちに、桃瀬リオが緑川イチカの胸倉をつかみ上げる。長身の桃瀬リオに締め上げられた緑川イチカの両足が床から離れた。


「……リオ!」


 浅黄ヒナノが慌てて止めに入ると、桃瀬リオは手を離した。どさりと音を立てて緑川イチカが尻もちをつく。そして、桃瀬リオの足元で荒い呼吸を繰り返していた。

 そこへ、青海ナナが遅れてやってきた。


「……どうしたの?」


 尋ねる彼女に、赤羽ユイが青ざめた表情でことの顛末を語る。


「イチカ、本当なの?」

「……だって! 仕方がないじゃない!」


 青海ナナの問いかけに、緑川イチカは叫ぶように答えた。その瞳には涙が光っている。


「お金が必要なんだもの!」

「どうして? イチカは私たちの中で一番裕福じゃない。お父さんは大きな会社の社長さんなんでしょ?」

「そんなの、もう、昔の話よ!」

「え……」

「借金があるのよ、私! お父様の残した借金がね。お父様は事業に失敗して会社が倒産して……お父様は自殺したの。お母様は失踪して、どこにいるかわからないし」

「嘘……。だって、いつも違う洋服着ているし、新しいブランドバック買ったって自慢していたじゃない」

「……だって、子供の頃からずっとそうやってきたから……。私、本当は、お金がないのよ」


 一番のお金持ちと思っていた緑川イチカが、実は借金を背負っていたことに一同が唖然とする中、青海ナナが緑川イチカを抱きしめた。


「大変だったのね。でも、私たちはアイドルなの。アイドルにはアイドルの誇りがあるでしょ? 私たちが売るのは芸であって体じゃないわ。しかも、他のメンバーのファンを取るような真似、もう二度としてはダメよ」


 青海ナナの腕の中で、緑川イチカは声を上げて泣いた。




 翌朝、緑川イチカは首を吊った状態で発見された。




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