蓮花を縛るもの 2
白希の土の魔法をもろに横っ腹に食らった男はのたうちまわる。さすがに人一人を吹き飛ばすほどの威力はなかった。だが、それでもかなりの痛みがあるはずだ。そして、威力は小さくとも、その速度は相手に認識できる物ではなかった。だから、その男はずっと蓮花の攻撃だと思い込んでる。蓮花はその状況を理解して、囮を続けていた。
「私だけでなく、私の姉妹にも手を出そうとした報いは受けてもらいます」
「はは、はははは、生意気ですねっ! そこまでするのならいいでしょう。そこの男も貴方の大切な人でしたね。そこのか弱い男から殺してあげますよ!」
男は標的を変えた。蓮花ではなく、白希の方へと走っていく。蓮花は焦るフリをする。だが、それは明らかにフリだとわかるほどに大根役者だった。幸いにも相手の男にはそれが見えていなかった。男に視界には白希しか映っていない。なんとも視界の狭い人だと、白希は思っていた。彼が逃げようとしないことにも疑問を抱いていない様子で、ポケットに手を入れて、そこから小型の折り畳みナイフを取り出した。それを突き出して、白希に突き立てようとしたのだが、ナイフは彼にぶつかることもなく、空中で止まる。彼がナイフを突き刺したのは、土に壁だった。彼が魔法名を言わずとも、発動する程度の魔法で抑えきることが出来る程度の攻撃だった。男はいきなり土の壁が出現して、ナイフを取られたところで、蓮花から読み取った彼の記憶を思い出した。
「そうか。そうだ。ちょっとやそっとじゃ意味ないんだっけ」
男はそう呟くと、折り畳みナイフを右手に持ったまま、掌を天井の方へと向けた。
「いやはや、忘れていましたね。ここで、倒されるわけにはいきません。がしかし、私に攻撃したことは許せませんね。しかし、ここで心のおもうままに攻撃するというのも大人気ない。では、どうするか」
男は白希をじっと見ていた。白希は睨まれたと感じて、視線を逸らさなかった。その瞬間、男はにやりと油断が笑みになる。男の超能力は人の記憶を読み取ることが出来るという超能力だ。今、男は白希の記憶を読んだのだ。そして、彼の記憶にある異世界のものも読み取った。
「これだ」
彼は右手に持つナイフを自身の前で空を斬る。ナイフが通った後には黒い軌跡が残り、それが上下の端が尖った楕円形に開いていく。切り開かれたその奥も真っ黒いで、何も見えない。ちょうど男一人分ほど空間が開くと、何かが出現した。白希には出てきたものに見覚えがあった。
出現したものは鳥だった。体長はギリギリ一階の天井に着かない程度の大きさで、この場所では翼を広げても空を飛ぶことは出来ないだろう。緑色の体毛を持ち、頭にはトサカがついている。先端に行くほどオレンジになるグラデーションだ。翼は広げていないが、翼のところどころに赤い羽根がついているのが見える。くちばしはオウムのようなくちばしをしているが、その体の大きさに合うようなくちばしであるため、それでついばまれると腕の一本でも千切られそうだ。
ギィエ、ギエエイ
巨大な鳥が呟くような声で鳴く。蓮花は巨体のわりに迫力がない鳴き方だなと思った。
「蓮花、声を聞くな。これは異世界にいた魔獣だっ」
白希は焦っていた。この魔獣がここにいることなんて想定していないのだ。目の前の魔獣は、彼が異世界で戦ってきて、大変だったときの一体だった。倒すのはそこまで難しくないのだ。だが、その攻撃というか、声が厄介だった。
ギュエ、ギュエ、ジー、ジェンッ
「蓮花、耳を塞いでっ」
魔獣の鳴き声と彼の言葉はほぼ同時。だが、白希の声は魔獣の声によってかき消されていた。
「な、なに、これ」
彼女の視界が歪み始める。それは、多少の歪みと言うだけで、周りを認識することに問題はない程度だった。しかし、彼女は周りにいる人が自分に敵意を持っているかのように感じる。白希がそう思っているはずもないのに、彼から殺意を感じる。今にも殺されるかもしれないという妄想をしてしまう。その妄想を否定しようとすれば、頭に棲み着いた何かにそれを押さえつけられる。白希だけではない。そこにいる全ての人。白希だけではなく、妖精たちもそうだ。そこにいる着物姿の男や自分を脅したあの男も。そして、倒れている菜乃花にすら恐怖を抱く。すぐに起き上がって自分を攻撃してくるだろうという妄想が止まらない。恐怖に心が支配されていく。
(こわい、こわい。なんで、そんな……。私は、悪いことなんてしてない)
「そんな目で、見られるようなことはしてませんっ!」
恐怖に耐えられなくなった蓮花の心は頭に棲みついた何かに支配されてしまった。




