沈んでいても 5
「はっ、……あんた、超能力者……?」
相手は斬られた腹部を抑えて、夕来に訊く。彼女は既に彼女の方を向いている。相手の攻撃を警戒しているような様子はなく、まるで無警戒のようにも見える。構えという物が彼女はないのだ。相手の腹を突きさした折り畳みナイフの先も下に向いていて、手に力もあまり入っていない。折り畳みナイフから滴る血が屋上の地面に赤いシミを作っている。
「いえ、私は王子様のような魔法は使えない。貴方は超能力者ってことだよね」
「ええ、そうよッ!」
相手は返事と共に再び跳躍、馬鹿の一つ覚えで、跳躍からナイフを振るという攻撃方法しかないなと、彼女は思った。簡単に回避して、二撃目に備える。彼女は本当に相手の動きを視覚では捉えていない。全てはただの予想に過ぎない。だが、彼女の思考を上回るような頭の良さが無ければ、彼女に攻撃を当てることは難しいだろう。さらに、赤いドレスと白希が戦っているのを一度見てしまっているため、相手の行動も読めてしまう。彼女は次の攻撃の予想と同時に現在繰り出されている攻撃を回避している。二撃目だけでなく、三撃目も回避する。三撃目は突き。彼女はその腕を取り、くるりと相手の体を回転させて、その背中を地面に叩きつける。彼女が狙ったのは背中ではなく相手の頭を地面に叩きつけようとしていたのだが、それはさすがに回避された。だが、地面に背中を強打するだけでもかなりのダメージになっていた。その証拠に背中を強く叩きつけられた相手は口から強制的に空気が抜けて、二、三度咳き込みながら、彼女から距離を取っていた。
相手には夕来を理解することが出来なかった。超能力者でないなら、なぜ自分についてこられるのか。ナイフを一本を振るうことでもさえ、一般人には回避されたことも受け流されたこともなかったのだ。彼女がその一般人と変わらないというその口を信用できない。彼女が超能力者でないのならば、超能力者についてい来るために、何かアイテムを使っているとしか思えない。だが、そう言う物を使っているなら、それなりにその気配がするものだが、彼女からはその気配もしない。事実として、超能力者でないというのなら、なぜ超能力者についてくることが出来ているのか、いや、ついてくるという表現は適切ではない。明らかに追い越しているのだから、付いて行っているのは自分だと理解するしかない。
もしこの赤いドレスがここで逃げていたならば、もっとましな人生を送ることは出来たかもしれない。だが、相手についての思考を回している内に、夕来は相手の行動を待たずして、次の行動に移っていた。
彼女はポケットから何かを取り出していた。それはスタンガンのような物だが、その電撃は人を撃退する程度のものではない。彼女が改造したスタンガンで、一度使うと、流れる電流に鉄の細い針のような部分が耐えられなくなり溶けてしまうほどの威力がある。彼女はその改造スタンガンを使ったことはない。だが、何度も実験した中で、人と言うか生物に流せば、感電死する可能性が高いのはわかっている。
「死になさいよぉぉッ」
赤いドレスは彼女は何を持っているかも確認せずに前に出る。相変わらず単調な動きだ。彼女は既にそれを読み切っている。違う動きをしないというのならば、相手に勝ち目はもうない。彼女は相手のナイフを軽くよけて、その手に改造スタンガンの金属の針の部分を突き刺した。
「あっ、く」
相手はその痛みに顔を歪める。夕来はこれだけナイフを振るい、あれだけのダメージを追っていたのにも関わらず、この程度で悲鳴を上げるほど痛みに弱かったのかと思った。だが、それは同情するわけでもないし、その声のせいで改造スタンガンのトリガーを引くのを躊躇うなんてことはなかった。彼女は遠慮なしでトリガーを引いた。その瞬間、大きくバチッと音がして、相手の腕が光った。次の瞬間には相手の電気の流れた部分が歪な黒い線になっていた。
「まだ、まだ、こんな小娘にやられて、なんて」
「まだ、お喋りする余裕があるんだね」
彼女はスタンガンの針の部分を新品に取り換えて、動きの鈍った相手の首にそれを突き刺した。再び遠慮などせずに、トリガーを引いた。
「ぐぐごがあぁぁぁぁぁッ!」
今度は相手の体が光り、電気が相手の体を駆け巡る。強制的に声が喉から出ていく。それは声ではなく、ただの音だ。彼女はそれを知覚で聞きながら、耳も塞がずに、電気が流れなるのを見ると、改造スタンガンを引き抜いた。もはや、相手の体の至るところが黒い歪な線が這っていて、赤いドレスだけでなく、相手の身に着けていたもの全てが、ボロボロになっている。焼け焦げたような跡ばかりで、もはやそれは使い物にならないだろう。立ったまま硬直している相手を蹴って倒した。どさりと音がして、相手はそれ以上動かない。あれだけの電気が流れて、死んでいないはずがない。
「これで、王子様の安全も確保できたかな。まぁ、まだ他にもいるかもしれないけど」
彼女がうきうきした様子で、屋上から出ていく。鍵を閉めて、誰かが屋上に入ったかもわからないようにして。




