それぞれの決闘 6
熊のぬいぐるみの包丁が自在に動かせることを知り、竜花は多少戦いにくくなった。相手の包丁がどう動くのか予測するのが難しいというだけだが、手から離して、自在に動かすことができるというだけで、相手の行動の選択肢は大幅に広がる。宙に浮かせた状態でどれだけの速度が出るのかわからないのだから、うかつに近づいて、包丁で刻まれてはどうしようもない。影は防御には向いていない。相手の行動を制することで、防御とするのが彼女の戦法だ。包帯に触れたときに、相手の包丁を操ろうとしたが、相手の包丁の影には干渉できなかった。相手は熊のぬいぐるみだが、相手の影を操ることはできなかった。
離れた状態で、包丁を浮かせて攻撃しないところを見ると、包丁はある程度の場所までしか操れないと考えるのが妥当だろうか。相手に奏するだけの思考能力がないとも考えらえるが、その場合は包丁を飛ばしてくるという選択肢はそもそも相手の中にない可能性もある。
(いや、それより、目の前のがオカルトだというのなら、どの噂に登場する化け物なんだ?)
相手の正体がわかれば、噂に従ってその対処ができるだろう。しかし、ク熊のぬいぐるみというだけではどのオカルトに登場するものなのかはわからない。正体がわかっても正確な対処法がない時の方が多いが、対処法があれば、それに従う方が退治するのも楽になるだろう。
彼女は相手の攻撃を回避したり、カウンターのつもりで攻撃をしたりしながら、相手の動きや特徴を観察する。熊のぬいぐるみ以外には包丁を持っていること。包丁を浮かせることができること。あとは、話すことができず、ジェスチャーを使っていたこと。しかし、目の前の熊のぬいぐるみが自分の言葉に反応して行動している可能性は低いだろう。なんせ相手はオカルトだ。人に話かけられれば、何らかの動きを返すだけで、受け取り手が勝手にその動きを解釈しているだけだ。先ほどの自分が解釈した言葉も間違っている可能性の方が高いはずだ。
彼女は頭の中で自分が知っているオカルトの名前を挙げていくが、どれもこれも目の前の敵には似合わない話ばかりだ。必ずしも熊のぬいぐるみで登場するわけではないのかもしれない。だとすれば、ぬいぐるみ自体がキーワードだろうか。マイナーな話を除けば、藁人形が近いような気がするが、相手は藁ではない。
(ぬいぐるみを使う降霊術。……有名なのが一つある)
「……そうか、君はひとりかくれんぼの鬼か。ぬいぐるみ、包丁ではなく刃物、というわけか」
降霊術によって降りてきた悪霊というところだろう。だが、ひとりかくれんぼには見つかった後の対処法は語られていない。塩水で例から身を守るなんて話が語られていた話も見たことがあるが、手元に塩水なんてものはないし、用意することもできない。つまりは、自力で目の前の悪霊を祓うしかない問うことだろう。
竜花には霊を祓う力はないが、戦闘能力はある。一定以上のダメージを霊に与えることができれば、熊のぬいぐるみについている霊を祓うことができるだろう。そして、その解決方法はいつもオカルトを相手にするときにやっていることと変わらない。
熊の攻撃を回避して、彼女は包帯を熊の腕に巻き付けた。相手の影に自身の影がつながった。相手の影を操れずとも、影を繋げる意味があった。彼女の影と繋がっている影には干渉できた。
彼女は身をかがめて自身の影に触れる。熊は自身の腕に巻き付ている包帯を包丁で切ろうとしたが、その包丁を他の包帯が巻き付いて止めた。彼女の手が自身の影の中に飲み込まれた。そして、彼女の手は熊の足元に出現した。熊の足をがっちりと掴み影の中に引き込んでいく。それだけ見れば、彼女の方がオカルトの噂になりそうな絵面だった。ぬいぐるみは熊の影に引き込まれて、全身が影の中に入り、竜花の影から出された。熊はじたばたとしているが、包丁がない今、相手の悪あがきは子供が手をじたばたさせてわがままを通そうとしている様子にも見える。しかし、目の前のぬいぐるみはただの敵であり、子供ではない。
「最初からボクの勝ちは決まっていたみたいだね。君とボクとの相性はあまりよくないみたいだから」
彼女は相手が操っていたはずの包丁を包帯で操り、熊のぬいぐるみをバラバラにした。手足が地面に落ちて、中から大量の米が地面に落ちる。米の中には赤黒く変色しているものもあり、それが血だとわかるのに時間はそうかからなかった。中身をすべて地面にばらまいて、熊のぬいぐるみは動かなくなった。包丁も包帯に抵抗する力が感じられず、包帯を回収すると、包丁は地面に落ちた。