終わるために始まる混沌 5
竜花の残る部室のドアをノックする音が聞こえる。彼女たちのいる部室のドアをノックするものはいないはずだと思いながら、竜花は立ち上がる。すぐにはドアを開かず、ドア越しに声を掛けることにした。
「誰かな、ボクたちに何の用だい?」
彼女が声を掛けても外から返事はなく、ドアをノックされるだけだ。
「言えないようなら、ボクらもどうすることもできないね。さぁ、用を話して」
それでもノックは止まらないどころか、その感覚が短くなっていた。ドアの前にいるのは明らかに頭のおかしい奴だと理解して、彼女は意地でもドアを開けないことにした。ノックの音がうるさいだけで、それだけを気にしなければ、相手は中には入れないはずだ。彼女はドアから離れて、自分のスペースにあるベッドに座る。イヤホンを耳に入れて、音楽を流す。ノックの音が微かに聞こえる程度で、外の様子は気にならない。そして、彼女は音楽に集中して、再び漫画を開いた。先ほどよりも漫画をしっかり読むことが出来ている。彼女は更に集中して、外の様子も耳に入らなくなった。音楽も彼女の耳には聞こえていない。それほどまでに集中して、漫画を読んでいた。
しばらくそうしていると、途中で集中力が切れた。音楽が耳に入る。そして、彼女はそれ以外の音が聞こえなくなったことに気が付いた。ノックをしていた誰かはもういないようで、ドアの方もしんとして音が無くなっていた。彼女はドアの外から音が聞こえなくなって安堵する。漫画を置いて、イヤホンを外す。音楽も止めて、改めてドアの方を向いた。そこにはいつもの光景があるだけで、特に変わったことはなかった。
(それにしてもさっきのは誰だったんだろ)
それは気になるが、ドアを開けてもおそらくそこに人はいないだろう。彼女はドアの外を確認するわけではなかったが、ベットから立ち上がった。猩花のスペースと自分のスペースの間に熊のぬいぐるみが横たわっているのを見つけた。彼女はそれを両手で持ち上げて、猩花のぬいぐるみが置いてあるベッドの上にそれを置いた。しかし、それを置いたときに何かの違和感を感じた。彼女はその違和感が引っかかり、考える。熊のぬいぐるみを持った時にそれを感じたのだ。
(いや、熊のぬいぐるみなんて、猩花は小太郎しか持ってないはずだ。つまりは)
彼女は違和感の正体に気が付いて、たった今拾ったぬいぐるみを見た。その瞬間、彼女は慌てて、何歩か後ろに下がった。彼女の手に痛みが走る。痛みを感じた手を見れば、出血しているのが目に入る。幸い、掠り傷程度の出血量で、すぐに血は止まっていた。再び、ぬいぐるみに視線を移すをそこには今拾い上げたぬいぐるみが包丁のような刃物を持ってそこに立っていた。ぬいぐるみは包丁を持っていない方の手を彼女に向けて、縦に振る。まるでかかってこいと言っているような動作だ。竜花は目の間のぬいぐるみの正体が分からなかったが、敵だということは明確だった。離せなくとも自らの意思を伝え、それも挑発しているのだ。彼女が戦う理由はそれだけでいい。それに、この場所はみんなが戻ってくる場所だ。ここで負けることは出来ない。みんなの帰る場所を守らねばならないのだ。
彼女は影を操り、切り傷を影で塞いだ。出血は大したことはないものの、その傷が目に着くと、痛んでいるような気がするのだ。
「いきなり、不意打ちしてきて、かかってこいって挑発。そんなにボクを挑発したいのかな。まぁ、その挑発乗ってあげるよ。君は後悔することになるかもね」
竜花の足元に光も吸収するような黒い円が出現した。真っ黒な円は彼女の足元で広がる。徐々に部屋の床を侵食していく、相手はベッドの上から動かなかった。相手から見ても、それが自分が不利になる者であることは間違いないと簡単に予想できた。しかし、床を飲み込んだ黒は徐々にそこにある机やいすの足を張って上に上がってくる。水が溜まるかのように、黒の水位が上がっていく。ベッドの上も安全ではないと考えたぬいぐるみは棚を足掛かりにしてさらに上に移動する。その位置から跳んで、影を操る本体に包丁を差し向けた。ぬいぐるみの攻撃は空中で止まった。ぬいぐるみの持つ包丁を影から出現した包帯のような物が包んで抑えていた。竜花はその包丁すらも自身の影で染めようとしたのだが、包丁には影が浸透しなかった。それどころか、ぬいぐるみが包丁を振るうだけで、黒い包帯は切り払われて地面に吸い込まれていった。ぬいぐるみは空中でくるりと一回転して地面に降りた。黒い影が広がる床に足を付いたのだ。熊は足踏みすると、床は変わらず床だということがわかってしまった。竜花は熊のぬいぐるみを黒で侵蝕しようとしているのだが、熊には黒が浸透しない。
熊のぬいぐるみが持っている包丁の刃先を彼女に向けた。それはまるで、こんなものは効かないと言っているように見えた。