夕来の夢 3
夕来が服を着替えて、ミストと二人で商店街に出向く。王子様に会いに行くのに、手土産の一つもなければいけないと思いいたり、二人は商店街でその手見上げを見繕いに来ていた。夕来は王子様が最中が好みであることはずっと前から知っているので、商店街の和菓子屋に寄ることにした。ミストのシラキの好みは知っているので、そのことについては何も言わない。
「ミストも何か食べる?」
「……それ、食べてみたい」
彼女が指さしたのは、ヨモギの饅頭だ。中には餡子が入っていて、この店の餡子はそこまで甘くはなく、一つや二つ食べたところで口の中が甘ったるくなるようなことはないため、いくらでも食べることが出来ると評判である。夕来はヨモギの饅頭が六個入ったものも買って店を出た。店を出ながら、ヨモギの饅頭を箱から取り出し、包装を外し、半分にしてミストに渡した。半分にしたのは彼女が持ちにくいだろうと思ったからだ。しかし、半分でも彼女の顔よりは大きかった。
「い、いただきます」
シラキに教えてもらってからはずっと言っている挨拶をして、一口饅頭を齧る。小さな歯形が饅頭についた。彼女は餡子と饅頭の上の生地を食べただけだが、それだけでも頬を膨らませてもぐもぐと食べていた。
「おいしい……」
もぐもぐと口を動かし終わると、彼女はそう呟いた。それから手に持っていたヨモギの饅頭の半分を勢いよく食べていた。その様子を見て、夕来はどこかほっこりしたような気持になった。彼女の様子がどうにも愛おしいと感じる動きだ。小さな体が更にそう感じさせるのかもしれない。
ミストは数分でヨモギの饅頭の半分を食べ終えた。それを夕来が見ていて、彼女が持っていた半分を差し出すと、ミストはお礼を言って、それを受け取った。ヨモギの饅頭の残り五個は全ておじ様たちの手土産に加えることにした。
それから、商店街を歩きながら、そこに並ぶ店を見ながらミストと夕来は雑談しながら歩く。二人はずっと前から友達だったかのように気が合うようで、学校での様子とは反対に二人はずっと話し続けていた。気が付けば、商店街を出て、白希の家に近づている。ミストが案内しなくても、夕来は白希の家を知っているため、迷うこともない。真っ直ぐに彼の家へと向かっていく。
彼女たちはようやく、白希の家に近くに来たのだが、それを意識すると彼女の胸が動悸してきていた。走ってもいないのに、息が多少上がる。戦闘をしてもここまで体が緊張して動かないなんてことはなかったのに、好きな人に会うとなるだけで体が動かなくなる。やはり、彼女も乙女と言うことだろう。どれだけ強く才能のある彼女でも、心は女子そのものだ。
高鳴る鼓動を感じながら、彼女は息を整えて、何とかい王子様の家の前に着いた。後はインターホンを押すだけだ、とさらに心を落ち着かせようと深く呼吸しようとしたところで玄関が空いた。
「ミスト、おかえり……?」
玄関から出てきたのはもちろん、白希だった。彼はミストが帰ってきたのがわかったため、玄関を開けて迎え入れようとしたのだが、玄関の前にいたのはミストではなく、見覚えのある女子だった。彼が夕来を見つめていると、ミストが彼女の服の胸のポケットに入っているのが見えた。やはり、ミストは帰ってきていたと安堵しながらも、彼女を胸ポケットの中に入れている彼女が何者なのかはわからないため、どうしても訝し気な顔になってしまっていた。
「あ、あの、私、は、夕来って言います。畑、夕来、です」
好きな人が目の前にいるということにどうしても、音葉が上手く出てきてくれない。ミストは彼女の胸ポケットから出て、彼女の前に飛んでいた。
「シラキ。この人が私の二人目の契約者」
「そうか、分かった。あの平原のことを思いだしたってことだよね?」
「そう。あの時助けてくれた人で、その、シラキが許してくれるなら、一緒にいたい人……」
ミストは夕来の顔をちらと見ながら、彼にそう言った。彼は特に驚いた様子はなかった。それどころか、ミストが自分以外に頼れる人が出来たことが嬉しいと感じているようだった。
「畑さん。とりあえず、うちに入ってもらっていいかな。玄関じゃ悪いし、ね?」
今の夕来には頷くだけで精一杯で、彼の言う通りに家の中に入った。玄関で靴を脱いで揃えて、リビングに案内された。
「適当に、ソファにでも座ってて」
彼はそう言うと、キッチンに入っていった。彼女は言われた通り、ソファに座ろうとすると、テーブルの上にはミスト以外の妖精がいるのに気が付いた。彼女たちは、夕来のことをじっと見ていた。ミストが気に入った人間と言うのがどんな人か気になっていた。