夕来の夢 2
夕来とミストは学校の屋上を出た。今日は無断欠席も多く、教員も半数が来ていないということで、学校は急遽、休みになっていた。この学校に来ていた教師からは全校生徒は速やかに学校から出るように言われていため、学校ですれ違う生徒は一人もいない。教師と顔を合わせることもない。教師もこの学校に生徒が残っているなんて思っていないため、見回りもしていない。
「し、静かだね」
胸のドキドキがあり、沈黙に耐えられなくなった夕来が口を開いた。しかし、自分のその言葉にも恋愛漫画にありそうな、ロマンチックな所で使わる台詞のような気がして、照れてしまった。彼女はそれ以上、何かしゃべることはなく、黙ってしまった。
ミストはそれに返事することもなく、彼女の肩に座ったまま、彼女の顔を見つめていた。彼女のドキドキが収まらない理由にはそれもあるのだろう。しかし、ミストは彼女の状態に気が付いていないようでずっと彼女を見つめている。ミストからすれば、彼女は稀有な存在だ。ミストはシラキと並んで信用できるような人はいないと考えていたのだ。この世界に来てもそれは変わらないと思っていた。だから、ずっとシラキの肩に乗って過ごしていたし、彼の肩に乗っていてもこの世界のものは彼女には珍しく、楽しく過ごしていた。だが、あの平原で一人になった時に、彼女は自分為に動いてくれていた。身を挺して、自分を守り、シラキと被る部分も多い。しかし、彼女は白希ではないというのは、理解できていた。それは見た目もそうだが、彼女は白希よりも弱いというのに、彼と並ぶほどの力を持っているということだ。
夕来とミストは校舎を出た。夕来はとにかく、ミストを一人で帰すわけにもいかず、どうしても王子様の家にはいかないといけないということを思いだすと、せっかく落ち着いてきていた動悸も元に戻っていく。
「ユキ、ボクの契約者のシラキにあってほしい」
自身の思考を読まれたようだが、ミストにそう言う超能力はない。ミストも自身の旦那さんと紹介するのは恥ずかしく、シラキのことを婿や旦那と紹介することが出来なかった。しかし、夕来はそのことを既に知っていた。王子様のことをずっと見てきたのだから、それくらいのことは知ってしまうものだ。夕来はそれでも彼のことを好きだが、自身の恋心を受け入れてもらおうなんてことは一つも考えていない。あくまで、彼女は好きな人の幸せのために行動するのみだ。
そして、それは彼だけでなく、彼の周りの人たちのことも考えることになるだろう。つまりは、彼が愛している妖精たちのことだ。目の前のミストが彼に会ってほしいと言っているのだから、そうしたいと考えてはいる。だが、その願いを叶えるということは、王子様に合わなくてはいけないということである。何度もそう考えてはいるのだが、覚悟を決めるのは難しい。戦闘に置いては、あれだけ思い切り動いて攻撃したり、回避したりしているはずなのに、王子様にあうだけなのに、その覚悟がすぐにはできない。
「……わ、わかったよ。行こう。……今すぐ?」
「うん。多分、家にいるから」
外で会うわけではなく、王子様の家まで行かなくてはいけないということを告げられると、夕来の心臓は一瞬強く鼓動する。それでも、彼女は胸を撫でながら、ミストの行くと伝えたことを取り消そうとはしなかった。彼女は緊張した体で校舎を出たのだった。
外は既に夕方近く。学校が休みであるため、高校生や中学生などの生徒は全く見えない。騒がしいのは大学のある方向だ。夕来たちは誰もいない校門を出て、白希の家へと向かう。学校を出て道に出ると、人の通りがあった。不思議な空間から戻ってきたような印象だが、彼女が板のはただの学校。ミストが見つからないように彼女を胸ポケットに入れようとしたところで、自身のブレザーの胸の辺りが切れているのが目に入る。そんな恰好で、王子様に会うことは出来ない。彼女はブレザーの切れ目を撫でているのをミストは見ていた。ミストだって女子だ。そんな恰好で会うのが嫌だという心は理解できる。そのため、まずは彼女の家に言って、制服から着替えることにした。
夕来の家に寄り、彼女は胸ポケットのある服に着替えた。無地の黒いシャツに胸ポケットが付いていて、その上から灰色のカーディガンを羽織る。下は薄茶色の足首より少し上まで丈のあるスカートだ。見た目にはあまり若々しい格好とは言えないかもしれないが、彼女は目立たない落ち着いた色を好んでいるため、仕方のないことだろう。着替えを終えた。彼女はそこで手見上げでもあった方が良いかもしれないと思いついた。彼女はミストに相談して、一度商店街によることにしたのだった。