その時彼女は 5
ミストは空を飛びながら、ユキの元へと向かう。彼女のいる場所はどこに居るか、という情報はわかるが、細かい場所についてはあまり正確にはわかっていない。しかし、その方向を空から見れば、学校だ。さらに高さがあるということは下の方の階にはいない。屋上の方から見れば、すぐに見つけられるだろうと予想した。そして、その情報で未来を見ると、ユキと共に屋上で戦っているという映像が彼女の頭に浮かんできた。彼女は全速力で学校の屋上へと向かった。
「どれだけ、諦めが悪いかしらね?」
メリーさんがナイフの先を彼女に向けたまま、夕来に語り掛ける。夕来は回避を続けていて、そのせいで多少は息が赤がっていた。しかし、疲れと言えば、その程度で、傷を負っているわけでもない。メリーさんの後ろへとワープもスマホがその前に着信してしまえば、回避は難しくはない。気を付けるべきは彼女がワープしない可能性を考えなければいけないということだが、メリーさんは一人であることには変わらない。だから、後ろに飛ばれようと、飛ばなかろうと、敵のいない方に回避すれば、それで十分だった。確かに一度、死にかけたが一度ワープしない可能性を示されれば、次にその罠にかかることはない。敵もそのフェイントを何度も繰り返し使ってくる。メリーさんは夕来に少しでも揺さぶりをかけたいのだが、彼女にはその揺さぶりも既に効かない。
「でも、ずっと戦えるわけではないのはわかってるのよね? そうしていつまで抵抗しているつもりかしら」
メリーさんに体力的な疲れは全くなくとも、心を持っているメリーさんには精神的な疲労は積み重なる。メリーさんに怯える人であれば、その精神的な疲労も感じる間もなく、相手が降参する。だが、夕来はメリーさんに怯えているわけでもない。さらに、精神的な疲労であれば、夕来はその疲労に耐えうるほどの精神を持っている。それもそのはずだ。ただただ王子様を思い続けて、自分を磨き続けてきた。自らを律して、王子様に相応しくなるために、何を極めてもこれでは足りないと考えて、王子様には一つも話しかけたこともない。ただ、視界に王子様を入れる程度で、それ以上のことは何一つとしてしていない。その愛を持つほどの人物の精神がその程度で折れるはずがなかった。
ミストの視界に屋上に二人の人影が見えた。片方は空に浮いている。その人物の前にいるのが、ユキだとミストはすぐに分かった。宙に浮いている方が、刃物のような物をユキに向けていた。しかし、すぐにそれを突き刺すようなことはなく、何かじっとしている。屋上に近づくにつれて、二人が会話しているということはわかった。詳しい内容まではわからないが、それでもユキがピンチであるというのは、ミストの目には明白だった。
「ユキッ!」
自分の名眼を呼ばれて、その声はよく知っている声で。そして、声のする方向に、そんなはずはないと思いながらも、視界を動かすとそこには小さな空を飛ぶ、青い人がいた。紛れもなく、それがミストだと夕来にはすぐに理解できた。しかし、この状況で来てしまったということは魔法を使ったからだろうということも理解してしまう。それと同時に、メリーさんもその妖精を見てしまう。メリーさんがミストへ向かって何かしようとした。しかし、その影響をミストは感じていないようだ。
「ミストッ!」
夕来はミストに駆け寄る。屋上に到着したミストを彼女は両手で迎え入れた。彼女を何よりも大切なものを抱くように、優しく抱きしめた。
「くるしいよ、ユキ」
さほど苦しくはないのだが、それでも彼女に抱きしめられるのはどこか気恥ずかしくて、そんなことを言ってしまう。しかし、そう言いながらもミストは夕来の手に触れていた。
「ユキ、忘れてしまって、ごめんなさい。あなたは既に思い出してた?」
「うん。だけど、思い出した時に凄い頭痛がしたから、それをミストに感じてほしくなかったから」
「もう、大丈夫。こっちの世界でもよろしく」
ミストは照れくさそうに彼女に瞳を見つめる。まるでキスでもしそうな勢いだ。
「感動の再開はもういいかしら」
しかし、そんな再会を邪魔をするようにメリーさんが多少大きな声でそう言った。メリーさんからすれば、同類の相手との戦闘中に邪魔が入ったのだ。それで不機嫌にならないというのは無理な話だろう。
夕来のスマホが着信する。夕来はミストを多少切れてしまった胸ポケットの中に入れる。通話が繋がると同時に彼女は前に跳躍。彼女の後ろでナイフが振られるのはこれで何度目だろうか。その攻撃も夕来には一度も当たっていない。
そして、今、彼女は、彼女にとってはこれ以上ない助っ人が来たのだ。