その時彼女は 2
メリーさんの背後からの奇襲を夕来は回避した。先に後ろにいると言われれば、それを回避するのは難しくはなかったのだろう。回避して、メリーさんの方へと体を向ける。視界にメリーさんが入る。綺麗な西洋の人形が宙に浮いてそこにいる。夕来の中のメリーさんのイメージそのままだ。彼女は肩にかけていたスクールバッグから、改造スタンガンを取り出そうとしたのだが、スクールバッグに手が触れなかった。敵から視線を一瞬だけ逸らして、バッグを見ようとしたのだが、そこにはバッグの持ち手の部分しかなかった。バッグを探すと彼女の攻撃を躱すために跳んだ勢いのせいで、彼女の後ろにあった。
彼女がスクールバッグを気にしているのにメリーさんは気が付いてしまった。夕来のスマートフォンが着信音を鳴らす。勝手に通話を繋ぎ、メリーさんの声が目の前とスマートフォンから聞こえてくる。その瞬間にメリーさんは視界から消えた。彼女はメリーさんが後ろに出てくることは予想できたため、前に跳ぶ。そして、すぐに振り返ると、メリーさんは攻撃してきているわけではなかった。相手の近くにバッグが浮いていた。その力もおそらくメリーさんの物だとわかるが、彼女にはその力が誰のものかと言うよりも武器が入っているバッグが敵の手にあるということの方が重大なことであった。今日は服装検査のせいで、持ち物をバッグの中に入れていたのだ。
バッグは無慈悲にも屋上のフェンスを越えて、外に投げ出された。それも一階に下りれば取りに行けるという物でもなく、メリーさんが先ほどまでいたはずの森の方へと飛んでいってしまった。
(これは、本当にヤバいことになったかも。逃げるにしても)
彼女は屋上の出入り口の方をちらと見た。その視線をメリーさんは見逃さない。開いていたままの扉がばたりと音を立ててしまった。
「ここであなたを倒さないといけないの。きっと、あなたは邪魔になるだろうから」
なんとなく、敵の言っていることを夕来は理解していた。おそらく、彼女は彼女の仲間、それも大切にしている人が王子様と戦うことになるのだろう。それは戦闘なのか、他の頭脳戦のような物なのか。そこまではわからないが、確かに王子様が何か白で戦っていると知ることが出来たなら、彼の助けをするのは間違いない。そして、それが邪魔になるという話なのだろう。
「私は、死なない。王子様のために生きる。最後まで、王子様の光を影から見るだけ……」
メリーさんは手に持った二の腕ほどの長さの短剣の切っ先を彼女に向けた。
「……それは残念ね。ここでそれ以上、未来を見ることは出来ないわ」
敵のその言葉の後に、彼女のスマホに着信する。勝手に通話を開始して、メリーさんが視界から消えた。彼女は再び前に出る。ナイフが風を切る音が彼女の後ろで聞こえた見た目以上に力があり、生身で超能力もオカルトの力もないただの人間にはそのナイフが一度、体を裂くだけで死に至る。この屋上には生徒は来ない。この場所で倒れると、彼女が見つかることはほぼないだろう。
(……死ぬよりマシだけど)
彼女の頭の中には敵に反撃するための行動を頭に浮かべていた。改造スタンガンも折り畳みナイフも彼女の手元にはない。しかし、彼女は水の魔法を使うことは出来る。それを使えば、この状況を脱することは出来るかもしれない。だが、それを使えば、ミストに自分のことがばれるかもしれない。そうすれば、記憶を思い出すときにはかなりの苦痛があるのを彼女は身をもって知っていた。
(使いたくは、ない)
「逃げてばかりね。今なら楽に死ねるわよ」
浮遊して敵が近づいてくる。接近して正面から見ると、ナイフを手で握っているわけではないことに気が付いた。先ほどのバッグを外に飛ばした時と同じで、ナイフもそれで操っているだけのようだった。しかし、それを奪い取るには、相手との実力が離れすぎている。オカルト相手にただの女子高生が勝てるはずがない。彼女自身、理解しているのだ。今までオカルトに勝つことが出来たのは、明らかに自身の力だけではなく、道具や他の人がいたからだ。武器もなく、人も周りにいないこの状況で彼女はか弱い人間でしかない。
(だからって、諦めて死ぬなんてありえない)
「……ふぅ」
彼女は一つ息を吐きだして、動揺していた心を外に出す。武器が無くとも、何とかするには魔法を使うしかないと考えていた自身の脳をリセットする。怖がる必要はない。何度もオカルトと対峙した。一人でも超能力者と対峙した。道具はあったけど、それだけのことを成してきた。ここでただの人間だと自覚するのは大切だ。だが、ただの人間は様々なことを成し遂げてきている。人類史がそれを証明している。
彼女の瞳に先ほどよりも強く生きるための熱を持った火が灯る。