二学期前日 3
「みんな、ちゃんと捕まっててね」
妖精たちが自分に触れているのを確認して、彼はテレポートを実行する。まずは自分の部屋に行き、鞄に触れてテレポート。玄関にテレポートして足に靴を触れさせて、テレポート。移動先は広い公園の中に、木の多いエリアだ。人がいないとは限らないが、それでも人と遭遇する確率は低い。そこにいる人の至近距離でもなければ、見間違いだと思われるだろう。そもそも、この世界の人はあり得ないことは受け入れにくい。そのため、見間違いだと思わせれば、それを進んで信じるだろう。
「無事、テレポート完了、っと」
林の近くにはどうやら、誰もいないようだった。辺りをこそこそ見回して、誰もいないことを確認した。その場で、前にこの公園で使ったような、三つの魔法を使う。姿を消し、音を遮断し、幻をそこに重ねる。そうすることでもはや、外から見ると人が一人いるようにしか目ないだろう。しばらくはそれでも問題ないだろうが、それより、家に戻れなくなったことの方が大問題だ。先ほど戦ったあれが何かの正体はわからないが、火の魔法が効果がありそうだと言ったこと以外はほとんどわからない。そもそも、回避した理由はそれが火だからなのかもわからない。透明と言うことは光を反射そのまま吸収しきったということだろうか。少なくとも、光を反射しないからこそ、目に見えないということになる。吸収しているのか、透過しているのかはわからないが、火ではなくあの明かりのせいだとすれば、他の明かりに妨害されると、姿が見えるようになってしまうとかだろうか。どちらにしろ、憶測だけではどうすることもできない。異世界の時のように仲間はまだ妖精たちだけだ。異世界にいたときのように、もう一人くらい人がいれば、もっとうまく戦えるはずだが、この世界には来ることが出来ないのだから、仕方のないことだ。
彼は靴をしっかりと履きなおして、鞄を超能力の空間に入れた。明日、学校に一句ことは出来るが、家を占拠されたままでは行けないだろう。両親だって、近いうちに帰ってくるだろう。それまでにはどうにか追い返さないといけない。
「シラキさん。どうしますか。このまま、あなたの家を乗っ取らせたままなんて、私、許せませんっ!」
珍しくプロイアが怒った顔で、彼に詰め寄る。
「プロイア。見てなかったのっ? 今のままじゃ勝てないから、ここに来たんじゃないっ」
ファスが彼の頭の上から、プロイアに抗議していた。プロイアの怒りも嬉しいが、ファスの言葉ももっともだ。プロイアもファスの言葉を理解していたのかもしれない。ファスだって、彼女の怒りを理解していないわけではないはずだ。
「大丈夫だよ、皆。僕は必ずあの家を取り戻すよ」
先ほどは勝てないと思っていたからこそ、ここまで逃げてきたのだが、彼女たちのことを考えるとすぐにでもあの家を取り戻さなければという想いの方が強くなる。考えれば、先ほどは家の中で奇襲を受けたから、すぐに勝機を見いだせなかっただけで、反対に奇襲を掛ければ勝てるかもしれない。
「ちょっとずるい気がするけど、あれを使おうか」
彼が超能力空間を開き、取り出したいものをイメージすると、その空間から一部だけがにょきッと出てきた。彼はそれを取り出した。それは剣だった。白い剣身を持ち、鍔と握りが交差したところに緑のひし形の宝石がついている。それは異世界で、誘拐されて奴隷に堕とされそうになっているところを助けた人に貰ったものだ。大切なものかと思いきや、誘拐犯から奪ったものだったらしい。彼が誘拐犯たちに攻撃している間に宝物庫的な場所から盗って、誘拐犯と戦ったようだ。実際に、その姿を見たわけではないが、お礼にと渡されれば突き返すわけにもいかず、貰ったものだ。その剣は、一般的な剣ではなく特別な力があった。それは距離に関係なく、斬撃を当てることが出来るという物である。実際に戦闘で使ったことは二度ほどしかないが、その利便性は理解していた。そして、その武器は奇襲には適切な武器だ。壁越しに使えば、壁の向こうだけに攻撃することもできる。ただ、実際には斬撃の威力が高くないため、一撃で仕留めるのは難しい。この武器を使いこなすためにはかなりの訓練が必要だった。
「とりあえずはこれで、奇襲しよう。じゃあ、すぐで悪いんだけど、皆大丈夫かな」
妖精たちに家訓すると、全員が彼の方を見て、頷いていた。そこには、ふざけた様子はなく、フレイズですら眉を寄せて睨んでいるような表情だ。ミストは少し不安そうだが、その瞳には彼の力になるという想いが見える。プロイアは、彼と視線を合わせて頷いて、ファスが彼の頭の上で、仁王立ちしている。
「じゃあ、行こうか。僕らに喧嘩を売ったことを後悔してもらおうか」