森の中の人の檻 1
菜乃花の声掛けにより、彼女たちは森の中に入ってきていた。竜花の影を操る超能力で極限まで、影を薄くして森の中に入っていく。ある程度森の中に入っていくと、人の流れを見つけることが出来た。人のいる先には円盤のような物があった。その周りに人だかりができている。見ればすぐにそこに原因の一端がありそうだと予想できるくらいには目立つし怪しいものだった。
「ゆーふぉーみたい。空、飛べそうですね」
猩花が無邪気にそんなことを言っているが、ほんわかしている場合ではない。とにかく、あれに近づかなければ、どういう状態かもわからないだろう。彼女たちは、その円盤に近づいていく。途中明らかに竜花が人をぶつかっていたのだが、ぶつかった人は木にぶつかったと思い込んで、彼女たちには全く気が付かなかった。円盤の近くまで移動してくると、その大きさが相当なものだとわかった。大きさ的には二階建ての一軒家を二件並べたような大きさだった。今の状態では入り口などはないようだ。彼女たちが視たことあるエイリアンもそこにはおらず、円盤の周囲にただ人が集まっているだけだった。
しばらく待つと、その円版の正面が開き、地上まで長いスロープを延ばした。中から出てきたのは、灰色のエイリアンが四体。その後ろにタコ型のエイリアンが十体ほど出てきていた。そこにいたエイリアンが全員地上に降りると、その道を挟むように移動して、向き合うようにして直立する。まるで、王様でも出てくるかと言うような態度だが、最後に出てきたエイリアンは明らかにそこに並ぶエイリアンとは格が違う人型の何かがいた。それがスロープを下りてくると、それが人間だとわかった。エイリアンに味方している人間がいるのかと、彼女たちは思ったが、誰もすぐには飛び出さない。
その人間は黒髪で三十代後半と言った見た目の男性だった。顔に多少の皺はあるものの若々しいオーラを放っている。服装は淡い青のワイシャツに濃紺のスラックス。靴は磨かれているのか新品のような革靴を空いている。彼は胸の前の辺りで、掌を擦り合わせて、円盤の周囲にいる人を見ていた。一度端まで見ると、人を歓迎するかのように両手を広げていた。
「素晴らしい皆さん。集まっていただき光栄です。貴方たちは我々、エイリアンに選ばれました。地球人は文明のレベルは低いものの、その生命力は強い。自ら、棲む場所を汚して、それに適応して生命力を高める。最悪の能力の高め方でしたが、それでも我々にとっては僥倖でした。では、皆さん、この中に入っていただきましょう!」
そこまで言うと、男性は拍手をした。それにどんな意味があるのかは誰も理解していない。彼の拍手に合わせるように他のエイリアンも拍手をしていた。そして、拍手を止めると、タコ型のエイリアンが底に集まった人を取り囲むように移動する。灰色のエイリアンが円盤の近くにいる人を円盤の中に入るように手でジェスチャーをしていた。
「あの、俺たちは何の仕事をさせられるのですか?」
集まった人の中の一人がそう問うた。当然の疑問だ。何の説明もなしに、円盤の中に入れと言われても納得できるわけではない。それでも既に円盤の中に何の疑問も抱かずに入っていった人がいるのは間違いない。
「仕事、ですか。そうですねぇ。我々の役に立つことではあります。光栄でしょう。尽きる命を高度な文明の発達のために使えるのですから」
「……それって、死んじゃうってことですか」
その話を聞いていた女性が彼にそう訊いた。男性は躊躇うことなくコクリと頷いて、返事をした。彼はここに集まっている者全てが完全な催眠にかかっていると考えている。そのため、どんなに正直にこの仕事について話しても、文句を言う奴はいないと思っていたのだ。しかし、彼の思う通りにならない人間もいることを忘れいている。
「な、そんな、死ぬ仕事なんて聞いていないぞっ! 私は帰らせてもらう!」
近くにいたおじさんがそう言って、円盤から逃げようとしていた。しかし、その行く手は既にタコ型のエイリアンが固めている。彼は既に逃げられないことを理解したが、そのせいでパニックに陥った。死にたくないという想いが彼を全力で逃がそうとしていた。彼はタコ型のエイリアンの隙間を縫って走り抜ける。人より大きいタコ型の間をすり抜けるのは難しくはなかった。彼はタコ型の間を抜けて、へへと笑いながら、疾走する。森の木の根に引っかかり、転ぶがすぐに立ち上がり再び走り出そうとした。しかし、彼は立ち上がることが出来ない。彼は足に目を向ける。そこで理解した。木の根に引っかかったわけではない。足首から下、先ほどまで履いていたはずの靴がない。靴を履いていたはずの足がない。
「あ、あ、あああぁあああぁあぁぁぁああ!」
男性は自身の状態を理解してしまった。逃げられない。このまま死ぬことになる。その恐怖はパニックを超えて、彼の心を壊してしまった。彼はもう動かない。その状態の彼を灰色のエイリアンが地面を引きずりながら、円盤の中にしまっていく。
「あらら、持ったいない。ハートは残しておきたかったのに」
エイリアン側の男は死を悼むわけでもなく、まるで食べものを落としてしまった時のような口調でそう言った。