平原からの脱出後 3
白希はミストが何を考えているのかまではわからなくとも、そこまで何か思い詰めているなら相談してほしいと思っていた。彼女が素直に話してくるかはわからないが、とにかく、何も言わないのは自分自身が我慢できないと思った。
「ミスト、何か悩んでいることがあるなら、話してほしいな。無理に話すことはないけど、僕が解決できることなら、手助けしたいから」
弁当を温めながら、彼はそう切り出した。他の妖精たちには何か話しているくらいにか認識されない程度の声。さらにテレビがいつの間にかついていて、それも手伝って、二人の会話は他には聞こえないだろう。
「……うん。その、向こうの世界の記憶が曖昧で。でも、凄いいい出会いがあったと思う。それが思い出せないのが、苦しい……」
ミストの中にある記憶もぼやけている状態だった。向こうの世界で、何か大切な何かがあったはずだと思っていた。白希と出会った時と同じくらいと言えるほどの人がいたはずだと、記憶ではなく、心の中にそう言った感覚が残っているような気がしていた。しかし、それは朝野姉妹ではないのは確実だ。もし、彼女たちならこの世界に戻ってきたときに、多少なりとも思い出しているはずだからだ。おそらく、あの場所で初めて会った人なのだろう。
ミストの思考と心が常に動いていて、その人のことを考えていた。そして、その人が本当にいるということは、彼女の中にある契約が証明している。確実にその人は自分と契約しているのだ。ぼやける記憶のせいで、ただの予想でしかないが、水の魔法を使って一緒に戦ったはずだ。
「ミスト、大丈夫? あんまり考えすぎない方が良いよ」
「……それはダメ。ボクがその人に空いたんだ。また、会いたい。できることなら、友達になりたいんだ」
白希は驚いていた。彼女が自ら積極的に関わりたいと言った人はいない。白希に関しても白希がずっと近くにいてくれたからこそ、ここまで仲良くなったのだ。他の妖精たちとも白希と一緒にいるからこそ、仲良くなったようなものだ。自分から積極的に関わってきたわけではない。白希はそれを理解しているから、彼女のためにその人を見つけたいとは思っていた。
「シラキ、ボクがこうして人と関わりたいと思ったのは、シラキのお陰なんだ。その人は多分だけど、白希と似たような人で。じゃないと、ボクはその人に会いたいと思わないと思うから」
「うん。わかった。僕も協力するよ。どんな人だったかも思い出せないんだよね。性別とかは?」
ミストは彼が協力してくれると言ってくれたことがとても嬉しかった。もしかしたら、否定されるかもしれないと思っていたのだ。この世界の人間とはあまり関わらないようにしてくれているというのは理解している。だから、彼は許してくれないかもしれないと思っていた。しかし、彼は許すどころか、手伝ってくれると言ってくれた。
ミストはおぼろげな記憶を辿り、何とかもう一度出会いたい人について情報を話す。とは言っても、性別が女性で背は高くなかったかも、くらいのもので確かな情報はほとんどない。しかし、あの時間に商店街にいた人だということはわかっている。竜花の話を完全に信用するなら、神隠しの範囲は商店街の中と言うことらしい。町全体と言うことはないと彼女は言っていたが、記憶が無くなってしまうのだから、自分が神隠しに遇っていたことも覚えていないはずなのだ。だから、全てを疑うなら、この町だけではなく、全世界の人を探さなくてはいけない。だが、まずは身近なところから探すしかないだろう。この町、猩花よりも大きいけど、大人ではない女性。あの時間であれば、主婦の人もいたはずだ。それに学生も少なからずいたはず。
彼が考えている間に、レンジがチンッとなった。最後の弁当の温めが終わった合図だ。彼は一度考えるのをやめて、レンジから弁当を取り出して、テーブルに持っていく。既に食器とスプーン、フォークなどは置いてある。コップにお茶を注げば、夕食の準備は終わり。妖精たちと共に賑やかな夕食を取る。ミストに目を向けても、彼女は手が進んでおらず、やはりその人のことを考えているようだった。
翌日、あんなことがあった後でも日常は続いていて、神隠しのことなど誰も覚えていない。
(いや、ミストがそこまで肩入れするんだ。一緒に逃げようとしてくれたはず。なら、微かにでも神隠しのことを覚えているはず。だけど、僕自身がその世界を覚えていないということは、そもそも普通の人が記憶をとどめて置けるのかな)
白希と言うか、超能力者でも記憶をとどめて置けない状態と言うことは、一般人は超常の力に抗うことは出来ないかもしれない。他の超能力者の可能性はあるだろうが、それなら、彼女が契約を結ばずとも戦えたはずだ。ミストがもう一度会いたいという人が力を欲するだけの人であるとは思えない。彼の中ではどうしても、彼女が会いたいと言っている人物が一般人である気がしてならなかった。