二学期前日 2
見えない何かは霧の中をゆらゆらと体を揺らしながら、ゆっくりと彼に近づいている。その動きはかな不気味だ。家の中で威力の高い魔法を使うわけにはいかない。彼はとにかく家に外に出なければ戦えないと思い、窓から出ようとした。異世界ではよくやっていたが、この世界では二階の窓から何の準備もなしに堕ちれば、少なくとも大怪我をするだろう。魔法もテレポートも使える彼ならば、そう言ったことは起きないだろうが、どこでその現象を見られるかわからないため、魔法や超能力を下手な場所で使うわけにはいかない。反対に言えば、威力の高い魔法を使うことは出来ないが、家の中であれば、いくらでも魔法を使っても誰かに見られる問う心配はないだろう。
「ファス。サンドランス・ミニ」
彼の周りに砂が小さなランスの形になった。それらは透明な何かの方へと飛んでいく。だが、その魔法は透明な何かを通りすぎてしまった。その魔法を気にせずに、相手は全身してくる。そして、それは彼の目の前まで来てしまった。彼はすぐに距離を取った。だが、背中側には机があり、そこに腰をぶつけてしまった。痛みを感じるが、それを嘆いている暇はない。と言うか、この狭い場所では全く戦えない。彼は自室からでた。階段を下りて、リビングへと向かう。そこなら自分の部屋よりは大きいため、多少は動き回れるだろうと考えたのだ。そして、そこでミストにフルヘイズを使ってもらおうとした瞬間に、彼の腹部に衝撃が与えられた。何かに殴られたような痛みを感じていた。
「み、ミスト。フルヘイズ」
痛みに耐えながら、そう言葉にする。この程度の痛みなら耐えられる。異世界では腕一本切り取られたり、足を噛み千切られたりしたこともある。体が残っているのだから、問題ないだろう。魔法のお陰で、相手の動きも見えるようになった。相手がどういう存在かわからないが、動きが見えるのなら攻撃を回避することもできるだろう。霧の中で動いているシルエットは、全部で二つだった。
「フレイズ。ファイアライトボールッ」
彼の周りにオレンジ色に強く光る火球が二つ出現した。それは彼の周りを強く照らしている。そして、それらは相手の位置に一瞬で到達した。その魔法が通ったところの霧はなくなってしまったが、リビングに置いてあったテーブルがバキリと音を立てて壊れ、リビングにある収納の扉が衝撃開くのが視界に入る。今の魔法は相手に効果があったということだろうか。自らそこに移動したのだとしても、その魔法が相手にとって、何かしらの脅威になっていると考えられる。
「フレイズ。ファイアライトボールッ」
再び同じ魔法を発動する。まだ、霧がある場所に相手がいるお陰でその姿はまだ見える。そこに魔法を打ち込もうとしたのだが、窓が割れる音が聞こえた。庭に繋がっている窓が壊れてしまったのだ。そして、霧が底から出ていってしまう。相手の場所がわからなくなる。放ったはずの魔法は、相手に到達していないのかがわからないまま、その場を動けなくなる。下手に動くと攻撃を受けるかもしれない。いや、動かなくとも攻撃は受けることになるだろう。どうにか、相手を確実に細くする方法を考えなくてはいけない。
彼が思考を巡らせようとしている間に、背中に何かの気配を感じた。だが、それに間に合わせるように何らかの反応をするのは難しい。だが、彼に危害が加わることはなかった。彼を中心に水の膜が貼られていたのだ。
「とりあえずは、逃げるしかないね」
彼はそう呟いて、相手が割った窓から逃げることにして、走り出す。水の膜がプルプルと揺れる。そこに幾つもの波紋が生まれている。それは内側ではなく、外側からだ。何度も攻撃を受けているということだろう。つまりは、この膜も長くは持たないということだ。周りを守り動けるという利点はあるものの、それゆえに長く攻撃に耐えることは出来ない。彼は窓から庭に出る。その瞬間に、水の膜が弾ける。音などはなく静かに魔法が、一瞬で消えた。靴を履いていないせいで、庭に生えた雑草の感触が伝わってくる。靴くらいは履きたいところだが、残念ながらこの状態で玄関に向かうのは難しい。
「いや、そうでもないか。一端に逃げるにしても……。どうせなら、鞄も持っていくか」
彼はこの次の予定を一瞬で立てる。相手の正体の検討もつかないのだから、戦うための情報が足りないということだろう。逃げる以外の選択肢はない。戦いながら情報が手に入るなら戦ってもいいが、その兆しもない。つまりは、やはり逃げるしかない。彼はテレポートを使うことにしたのだった。