かみかくし 3
走る夕来の手の中で、ミストが彼女との契約を結ぶ。中級の契約だ。この場を切り抜けるためにはそれくらいの契約は必要だと判断した。上位の契約を結ぼうと思えば、結べるだろうが彼女はそうしなかった。ずっと一緒にいられるわけではない相手に最上級の契約はお互いに苦痛になりかねない。上級の契約でも頻繁に会うような絆が無ければ、かえって邪魔になるものだ。だから、中級の契約。
「水の魔法が使えるはず」
「ま、魔法? はぁはぁ、どうやって使えばいいのっ?」
「始まりと、途中と、終わりを想像して、そしたら、そのイメージをボクの水の魔気が形にするから」
夕来にはその説明だけではほとんど理解できなかったが、異世界の魔法はたいていがイメージ通りに魔法が使えるというのは小説を沢山読んでいたため、すぐにそこに結び付いた。彼女はために死に、水の球を魔獣にぶつけるというのを想像する。すると、夕来の周りに水の球が二つほど出現して、二匹いる魔獣にそれぞれ飛んでいく。魔獣はそれを回避するわけでもなく、体でその球を受けた。しかし、ダメージがあるようには見えない。
「そ、想像通り、はぁ、なら」
彼女は大量の水が流れるのを想像する。走る彼女の後ろから大量の水が流れて、魔獣の足を止める。バシャバシャと音を立てて、魔獣はそれでも進んでくる。しかし、その速度はかなり遅くなり、彼女も多少は手を抜いて走ることができた。
「水の、槍ぃっ!」
彼女は体を反転させて、地面に足を滑らせながら、掌を相手に向けてそう叫んだ。すると、彼女の周りに六本の青い槍が出現する。水の槍の表面には流れが出来ていて、先端に向かって螺旋を描いているようだった。六本の槍が魔獣に向かって飛んでいく。先ほどの水の球とは全く違う威力で魔獣の体に大きな穴を開ける。体長が大きく、動きが遅くなっているとなれば、ただの的だ。彼女が魔法を当てるのは難しくはなかった。
魔獣は二体とも体に大きな穴が三つほど空いているはずだが、魔獣はそれでも前に進もうとしていた。しかし、その力もなくなり、やがて大量の水の中にばしゃりと倒れこんだ。
「これが、魔法……。確かに強いけど、まずは逃げること優先で。王子様のところに言って、彼女を届けて、あの仮面の男子を倒す」
夕来は既に先のことを考えていた。ミストを無事に届けることで、王子様を一安心させたい一心で戦っているのだ。たとえ、あのお面を倒さなくてはいけないとしても最優先は妖精の安全だ。移動する間に、赤い妖精も見つけられると、なおいいのだが、すぐには見つけられないかもしれない。ならば、ミストだけでも先に王子様の元に送り届けるべきだろう。
「……待って、ボクたちなら、あれを倒せるかもしれない。それにここで倒さずにいれば、もう見つけられないかもしれない。だから、倒そう」
夕来はミストのいうこともわからないわけではない。だが、王子様の元に速く送りたいというのもある。
「大丈夫。ボクは大丈夫。シラキに会う前に、あれを倒して、褒めてもらうんだ。貴方も一緒に」
ミストの言葉には真剣さしか見えない。顔女のふざけた様子はない。だが、妖精とはいえ、一人を守りながら戦うのは中々難しいのは間違いない。彼女が思考している間に、時間は過ぎていた。その結果、彼女たちの近くに既にお面の男子が出現していた。
神隠し。その力を超能力者に置き換えるなら空間と空間を繋ぐというものだ。それがあるなら、いくら彼女たちが逃げたところで、必ず追いつかれるだろう。先回りすることだって難しくはないはずだ。それに相手が全力でその能力を使おうものなら、即死するような場所に攫えばいいだけだ。そうなっていないということは、それなりに油断しているとしか思えない。もしくは、そんなことを思いついていないともいえる。もしそうならいいが、そうでないなら、相手が油断している間に片を付けたいところだった。
「やるしかありません。ボクたちなら……」
ミストはやる気に満ちていた。しかし、夕来から見れば、肩に力が入りすぎているようにも見えた。
「私の名前は夕来。貴方は?」
「え、ボクは、ミスト」
「そう、ミスト。わかった。じゃあ、ミスト、軽く倒して帰ろうか」
ミストは彼女のその言葉と、少しだけ口角を上げたその表情が異世界でシラキに助け出された時を思い出していた。彼も自分の名前を聞いて、まるで無責任に一緒に帰ろうと言ってくれたのだ。今の彼女の姿がそれに重なる。
(やっぱり、彼女を選んだのは間違いじゃなかった)
ミストは夕来と会ったところから時間はあまり経っていないが、彼女がシラキと同じ可能性を持っている人だと確信した。もし、現代に戻ったとしても一緒にいたい。そう思ってしまう。しかし、彼女はそれを許してくれるだろうか。
(とにかく、今はこの状況をどうにかすることに集中しよう)