かみかくし 1
夕来とミストの前に出現したのは狼のような獣。灰色の体毛で、黄色の瞳が二人を睨んでいる。しかし、狼に指定はかなり大きく、彼女たちから見た背の高さは夕来の三倍ほどで、胴体はそれ以上に大きいため、彼女の知識の中に狼よりもかなり大きかった。体躯の大きさから爪や牙で攻撃されれば、ひとたまりもないと易々と想像できる。
「魔獣……っ」
ミストが小さく呟く。夕来の耳にもそれが入るが、それが魔獣だろうが動物だろうが、自分たちに攻撃してくるのなら応戦するしかない。そして、相手が話も聞いてくれそうもないと彼女は悟り、先手を取ることにした。魔獣が動くよりも先に動き始めて、彼女は改造スタンガンを握って突っ込む。彼女のその動作に気が付いて、狼の魔獣が一歩前に踏み出して、顔を低くした。口をがぱっと開けて、彼女に噛み付こうとしているのはすぐに分かった。彼女は相手が顔を出す前に、正面から外れるように走る。それに合わせて、魔獣の顔が動いていく。相手が大きいというのもあり、走り始めたのは良いものの、相手に近づいて攻撃することが出来なかった。明らかに超能力者でもなければ、一人で相手をすることは出来ないサイズの魔獣だ。異世界でも一人でこれを相手にすることはまずない。動きもその巨体を持つにしては速いのだ。一人で討伐するのは簡単ではないし、一撃でも食らえば瀕死になるのだ。そんな魔獣を超能力も持たない顔女が一人で相手できるはずがない。
(近づけもしない、か。どうする、妖精だけは逃がさないとダメだよね。彼女は王子様の元に届けないと。彼の悲しむ姿は見たくないから)
彼女が攻めあぐねている間に、魔獣が先に動き始めた。魔獣の足と爪が、ぐっと地面にめり込んだ。それを認識した時には既に、魔獣は動いていた。その巨体とは裏腹に、その動きは俊敏で彼女に爪と牙を向けて、飛び掛かろうとしていた。彼女は思い切り前に飛んで、回避する。地面に腹が付く前に体を丸めて、地面の上をくるりと一回転して立ち上がる。彼女の動きはまるでアクションゲームのような綺麗なドッジロールしていた。すぐに相手の方へと視界を向けて、相手の動きを読もうとした。再び相手が跳躍しようとしているのを感じて、彼女は再びドッジロールをした。しかし、その回避方法を何度も何度も使うと、三半規管がおかしくなりそうだった。跳びながら前転して、立ち上がりながら、相手に視線を向ける。そして、ほとんど止まることなく、次のドッジロールをさせられる。
(何度も何度もできる動作じゃなかったみたい。このまま続けても、食べられてしまう。なら、どうする。あえて、逃げない? いや、そんな馬鹿なことは出来ない)
彼女は回避しながら思考し続けるが、解決策は全く見つからない。彼女はそれでも諦めることはなかった。彼女が諦めなかったからこそ、今の技術を持っているのだ。王子様と肩を並べるために、彼の足手まといにならないために、ここまでやってきて、これからも自信を磨かなくてはいけない。そのための、時間をこんなところで、こんなやつのために捨てることは出来ない。彼女の中で、一番優先されるのは、王子様。
彼女は改造スタンガンを握り締める。トリガーに指を掛けて、すぐに起動できるようにした。魔獣が彼女に向かって飛びこんでくる。何度も何度も同じ攻撃されていれば、ある程度はその攻撃範囲もわかるという物だ。彼女はドッジロールで大きく避けるようなことはせずに、相手の牙と爪が当たらない位置に走って移動する。跳躍している相手はその軌道をずらして、彼女に攻撃することは出来ない。着地と同時に風が吹き、彼女の衣服をはためかせる。髪もボサボサになりながらも、魔獣の口の辺りに改造スタンガンを思い切り突き刺して、トリガーを引いた。威力は最大。魔獣の体に顔から入った電撃が舌を焼き、口の中を走り目を駆ける。ただのスタンガンなら、口や舌にダメージが入るだけだろうが、彼女の改造スタンガンの威力はそんなやわではなかった。魔獣の全身に走る電撃は脳だけでなく、内臓にも走り、体毛の一部は電気によって火がついた。魔獣はその電気により、全身が痙攣して動けなくなっていた。それでも魔獣は攻撃に怯んでいるわけではなく、体が動くなら彼女に牙や爪を立てようとしているのは間違いない。改造スタンガンが電気を放出出来ている内は良いが、バッテリーが無くなれば、電気は止まってしまう。そうなったときに、魔獣を倒しきれていなければ、彼女はすぐに食われるか、引き裂かれるかして死んでしまうだろう。