人を攫う空間 3
夕来は草原の中を歩いていた。辺りを見回せば、遠くに他の人のような影が見えるが、そこまで行こうとは思えない。それに、もし近くにいても彼女はその人たちを助けることはないだろう。王子様の妖精を救出するのが先だ。
彼女が草原を歩いていると、一人の女性が彼女の方へと向かって走ってきているのが見えた。女性は夕来がいることを確認しているのか、彼女の方へと一直線に走ってきている。そして、平原と言う地形のせいで、女性がなぜ走っているのかがすぐに理解できてしまった。女性の後ろには毛虫がいた。それも巨大なやつだ。人間を関単に押しつぶすことが出来そうなほど大きい。夕来は特に虫嫌いと言うわけではないが、毛虫がそこまでの大きさを持っていると、気持ち悪いと感じていた。
(どうしよう。ここで戦闘するかどうか、正直、体力は温存しておきたい。それに見た目悪いし、戦いたくないし。あの女性には悪いけど、そのまま逃げ続けてもらおう)
彼女は女性が走ってきている方向にいかないように、女性が走るコースとは垂直にに逃げる。走る女性はそこでようやく夕来に気が付いたようで、彼女に声を掛けようとしていた。しかし、彼女の走力は常人のものではない。走る女性が声を掛ける前に、遠くへ移動していた。
彼女の方へと走ってきていた女性は何か声を上げているが、その言葉は聞き取れない。彼女の声が小さいというわけではなく、魔獣が移動する度に、地面に魔獣が移動した後が着くほど、地面を吸って移動しているせいで、地響きのような音が辺りに響き渡っているのだ。結局女性は彼女に何かを言っているが、それを聞きとることは出来なかった。彼女はちらと女性の方を見ると、既に体力の限界が来ているようで、走っていない。魔獣もその速度に合わせて、動きが遅くなった。確実にその女性が獲物であることは間違いない。夕来は女性から視線を外そうとした。しかし、魔獣の誓うに人型がいきなり出現した。その視界の端に移ったそれに彼女は期待した。もしかしたら、王子様に会えたかもしれないと。その期待とは裏腹に、そこの出現したのは女子だ。夕来もその人物を知っている。その人物は蓮花だった。
蓮花の視界には一度だけ一緒に戦った人物がいた。追われている女性を見捨てようとしていたのか、それとも自分のことで精一杯だったのか。その女子のことを考えると後者の可能性は限りなく低い。だが、彼女に女性を助けた方が良いとは言えない。人間離れした動きをしていても、人間の領域を出ることはない。そんな彼女の魔獣の相手をしてくれなんて言うのは無茶だろう。蓮花の中にある彼女のイメージでは、目の前の魔獣も何とかして倒してしまう気もする。
「私が相手をしますから、離れていてください。この化け物を倒してから、元の世界に帰る場所に案内しますから!」
蓮花は近くにいた女性に声を掛ける。女性から見れば、蓮花は神様にすら見えるだろう。少なくとも人間の動きではない。空中に前触れもなく出現することは普通の人間にはできないのだ。物語の中では常識でも現実では異様な光景だ。女性はその場から動くことが出来なかった。蓮花はそれを理解して、その場所から動かないなら、それはそれで戦闘の邪魔にはならないため、彼女はカッターとトンカチを取り出した。カッターがキチキチと音立てて刃を出した。
彼女はカッターの先端を上に向けて、彼女はそれを振り下ろす。タコ型にも使った必殺技だ。カッターの刃を連続でテレポートさせて、毛虫の魔獣の体に大きな切り傷がついた。魔獣は自身に攻撃してきた彼女に頭を向けた。その顔には目のように見える器官は見えないが、蓮花は自分が視られていると感じていた。だが、彼女はわざわざ相手の行動を待つことはしなかった。斬撃の効果があまり見られなかったため、彼女はトンカチを振り下ろす。カッターと同じ原理で、トンカチが振り下ろされたときの衝撃が連続でテレポートして、衝撃が加わる部分が大きくなる。毛虫の体が潰れて、ギュチと言うような気持ち悪い音がした。切り傷から白いどろどろした粘性の液体が飛び出ている。蓮花も近くにいる女性も眉をひそめて、その気持ち悪さを顔で表現していた。
「もう一撃ッ! 気持ち悪いんですよ!」
蓮花は気合と共に、声を張り上げて、カッターを振り下ろし、そのあとにトンカチを振り下ろした。切り傷は先ほどよりも大きいもので、大きな切り傷がある状態で、トンカチが再び魔獣の体を上から圧した。その瞬間に切り傷から、先ほどと同じような液体が体から飛び出て、魔獣の体は元に戻らなくなってしまった。体表面に生えていた毛も力なく、地面に落ちている。その毛先からは透明な液体が噴出していて、辺りの草が枯れていく。その液体が何らかの毒であることにすぐに気が付いて、彼女は女性を連れて、ゲートの近くにテレポートした。