広大な草原 6
猩花は残りの二体の小型の恐竜の魔獣の足止めをしてくれていた小太郎の元に向かった。小太郎は未だに二体を振り回して、投げたり、殴ったりしていた。二体の内、一体は既に死んでいるようで、木の下でぴくりとも動かなくなっていた。残りの一体も小太郎と戦っているが、その動きには素早さはなくなっていた。小太郎も体が汚れていて、体の一部が切れていて、中の綿が見えていた。小太郎は中の綿が無くなると、彼女が使用している超能力が解除されてしまう。それ以上に、猩花は自分の好きなぬいぐるみがそこまでボロボロになってしまっているのが悲しかった。
「こ、小太郎。戻ってきて!」
小太郎はもうこれ以上は戦わせたくないと判断した彼女は、小太郎を呼び戻す。小太郎がいないとなると、戦力が少なくはなるが、にゃむとハチ、イナバもいる。小太郎がいない分の不安も彼女にはあるが、まだ仲間はいる。フレイズだって一緒に戦ってくれているのだ。ここで小太郎に無理をさせて、菜乃花お姉ちゃんに修復してもらえなくなる方が困るのだ。
小太郎を引っ込めたため、最後の魔獣が彼女に向かって移動してくる。その速度はそこまで速くはない。だから、彼女は火の槍を出現させて、最後の一体に向けて飛ばした。それが止めとなり、魔獣は倒れる。これで、全ての魔獣を倒すことが出来たことになる。そして、猩花には自覚はないが、彼女のうつ状態がいつのまにか治っていた。そして、零歳に考えることが出来るようになり、自分が軽率に森の中にはいってしまったことを後悔していた。しかし、彼女はすぐに後悔している場合ではないと考えて、森を抜けることを優先する。
幸いだったのは、彼女がいる場所が森から草原に出ることが出来たことだろう。森を抜けた先で彼女が良く知る人物がそこにいた。それは、姉妹でも白希でもなかった。彼女の友達二人だった。
彼女がハチから降りて、彼女たちに近づいていく。その際にはフレイズを彼女の胸ポケットの中に隠して、ハチたちも元のぬいぐるみに戻した。猩花の友達とは言え、彼女は自身の超能力のことを話すわけにはいかなかった。菜乃花の言葉だが、超能力のことを知っているだけで、友達を危険に晒してしまうかもしれない。賢い官女は菜乃花の言っていることを理解していた。だから、彼女は自身の超能力のことは伏せることにしたのだ。
彼女が近づいていくと、その足音で二人が振り向いた。二人は黒髪に黒い瞳、たれ目で、顔の作りなども似ているが、姉妹ではないらしい。片方がおさげで、もう片方はサイドテールであることが違いだろうか。おさげの女子が華名、サイドテールの女子が晴華。猩花の方を見た二人は最初は警戒した様子だった。普段は怖がりの華名の方が晴華を背に庇っている。晴華の方は警戒はしているのものの、今の状況に完全に怯えてしまっている。戦おうという気概は全くなく、どちらかと言えば、逃げようとしていた。しかし、近づいてきていたのが、猩花だとわかると警戒を解いていた。猩花は二人に近づいた。
「二人とも、大丈夫ですか?」
「……うん。大丈夫、今のところは。猩花ちゃんは?」
「わたしは大丈夫ですが、小太郎が気に引っかかってしまいました」
彼女は小太郎がボロボロである本来の理由を隠した。というか、言っても信じてもらえないだろうと考えてもいる。いくら、猩花が優等生だと知っていても、いきなり、人形が動くなんて話を信じるとは思えない。どちらかと言えば、この状況のせいで頭がおかしくなったと思われるだろう。だから、彼女は小太郎について何か訊かれる前に、先に小太郎の傷について話したのだ。
「あ、小太郎君もボロボロ。お姉ちゃんに治してもらえそう?」
こんな状況で話すことではないだろうが、少しでも元の握状に近い状況にしたいと言う心がそう言わせるのだろう。現実に目を向ければ、そこに広がるのは草原だけ。ただの子供、いや人からすれば、その状況は絶望的と言えるだろう。猩花は二人を連れて、現実に戻ることにした。
琥珀は目の目の前の光景を見つめていた。商店街の中を通る人が何人か視界の中から消えたのだ。周りの人間はそれに対して疑問を抱いている様子もない。おそらく、消えた瞬間に目の前にいた人の記憶が薄れいているのだろう。だから、目の前から人が消えても騒ぐこともない、数名は首を傾げて、辺りをちらちらと見ているが、周りの人が騒いでいないため、自分で見間違いかと考えているようだった。
(これは……。菜乃花なら何とかしたいと言いそうだが、今のわしはここから動くわけにはいかない)
彼がこの世界と森と草原の世界を繋いでいなければ、菜乃花たちがこの世界に移動してくることができない。彼がゲートに魂の力を注いでいれば、一年以上持つだろうが、彼が力を供給しなければ、一日もしないうちにゲートは閉じてしまう。もし、その際に菜乃花たちがゲートを利用していた場合は、出口のない空間の隙間の中に取り残されてしまうだろう。そして、そうなると、菜乃花たちを隙間の中で探すのはかなり困難な作業となる。海の底に落ちた鞄を探すようなものだ。だから、彼はその場所から動くことができなかった。