広大な草原 4
猩花はうつ状態ではあるが、姉妹の元に戻らなくてはいけないという願いと気力だけで動いていた。人形たちも彼女の隣を歩いていて、猩花はハチの上に乗り、草原を進んでいた。彼女は自らの足では進む気が起きないため、ハチの背中に乗って移動している。しかし、超能力を使い続けているため、彼女の体力はほんの少しずつではあるが、減っているのだ。
(もう、この近くには何もないかもしれない。森の中に入ってみよう)
うつ状態で正常な判断が出来ない彼女は、正気であれば、絶対に森に近づこうとすらしないはずだが、うつ状態といくら歩いても元の世界に戻るための手段が全く見つからないせいで、森の中に入るという判断をしてしまった。彼女の見える範囲だけではなく、草原を進めば彼女の視界に入っていない場所を見ることもできるだろう。だが、彼女は森の中に入るという選択をしてしまったのだ。
しばらく移動して、森の近くまで移動してきた。草原から森の中を見ていた。明らかに草原の長閑さはそこにはなく、光も少ない森が広がっている。その森の先に出口ああるのかどうかもわからない。このまま森の中を進むことになる可能性の方が明らかに高いと思えるだろう。しかし、彼女は多少は躊躇しながらももハチの背中にのりながら森の中に入っていく。熊の小太郎が木々の枝に引っかかってしまうため、小太郎は人形サイズに戻された。今、彼女の周りにはにゃむとハチ、イナバだけだ。
彼女は三匹のお供を連れて、森の中に入っていく。森の中だというのに、異常に静かだった。風もないせいか、木々が揺れてざわめく音も聞こえない。虫の声も動物の鳴き声も聞こえない。起こる音は彼女が進むたびに、触れる草が擦れる音だけだ。
猩花たちが森の中をしばらく進むと、彼女たちとは別の、草を揺らす存在が草を揺らす音が聞こえてきた。彼女は辺りを見回すと、そこには何か巨大なものがいた。小太郎と同じか、それ以上のサイズ感。だが、森の中にいるせいで、その大きさは性格には捕らえられない。
猩花は警戒して、ハチの足を止める。相手の正体を確かめることもせずに、この場から逃げて、相手の素性も知らないまま倒されるなんてことにはなりたくないと考えた彼女は影の正体を確かめようとしたのだ。
ここが森の中ではなく、草原や勝手知ったる自分の町であれば、その判断は間違っていないだろう。だが、知らない場所となれば、話は別だ。彼女は自身の退路も進路も確保せず、その場に立ち止まってしまったのだ。立ち止まった彼女の周りに何かが近づいてきているのがわかる。
――くるるるぎゃああああ!
影が鳴き声を上げた。彼女はその声の大きさに驚いて、肩をびくりと動かした。そして、その声によってフレイズも目を覚ました。
「ショウカ? ここは」
フレイズは辺りを見回して、その状況を理解してしまった。フレイズの中にある過去の経験が、警鐘を鳴らしていた。その場でとどまっていてはいけないと。そして、その警鐘も既に意味を成すものではなくなっていることを理解してしまった。
「ショウカ、逃げないと!」
彼女自身その言葉に意味があるとは思っていない。既に逃げる道など立たれている。いつの間にか、彼女はいくつかの影に包囲されていたのだ。影とは言え、その瞳が鋭く光り、明らかに自分たちを見ていることを自覚していた。
「こ、小太郎。お願い!」
彼女が胸に抱いていた熊のぬいぐるみ、小太郎を大きくして召喚する。その瞬間に、木々の枝がバキバキと音を立てて折れていた。彼が戦いにくいと判断した彼女は小太郎自身に暴れさせて、周囲の枝と木々をさらにへし折る。彼女たちのいる場所だけ光の照らされて、近づいてきていた影の姿も露わになった。
光の下、明るい茶色の体を持った小型の恐竜のような物がそこにいた。猩花の知識の中で一番近いのは恐竜のヴェロキラプトル。しかし、目の前の魔獣はその爪の長さも口についている歯も彼女の知っている恐竜に比べてかなり凶悪な鋭さをしている。目の色は赤く光り、魔獣の凶暴性を見せつけているような気すらする。彼女が人形体に指示を送る前に、魔獣の方が先に動く。日の下に出てきたことで、魔獣の数がわかった。彼女たちを包囲している魔獣は全部で五体。いずれもヴェロキラプトルににた恐竜の魔獣だ。魔獣は一斉に彼女の目掛けて飛び掛かる。彼女がそのジャンプを認識した時には既に五体が彼女に爪を突き立てようとしていた。しかし、その内の二体は小太郎の両腕によって止められた。そして、ニャムがもう一体を飛び掛かり猫パンチで追い返して、イナバもそれに負けないくらいの跳躍ドロップキックをぶちかましていた。彼女は無意識の内に人形たちの心にままに動くように命令しているのだ。そして、彼女は人形たちを大切にしているだからこそ、こういうときには彼女が命令を下さなくとも、人形たちは彼女を守ろうと動く。しかし、残り一匹は彼女の下に飛び掛かっているのを誰にも邪魔されずにいた。