異界に呑まれる 5
猩花の前に、フレイズが移動してくる。火の玉が出現している中で、掌を合わせる。見た目には何の変化もないものの、二人の心の中にお互いの存在を微かに感じていた。
「中級の契約。シラキみたいに私の超能力までは使えないけど、火の魔法ならいくらでも使っていいからね」
「これがけいやく。胸の辺りにフレイズがいるのがわかるよ。それで、魔法はどうやったら使えるの?」
当たり前だが、猩花は魔法を使ったことなんてないのだ。白希お兄ちゃんがどうやって魔法を使っているかなんて、考えたこともなかった。フレイズの言う契約と言うのをすれば、すぐに簡単に使えるものだと思っていたが、魔法の力を官女は認識できていないため、魔法をどうやって使えばいいのかわからなかった。さらに、間違ってここで暴発させてしまうと、皆に被害が出てしまう。使い方は聞いておいた方が良いと思い、彼女はフレイズにそう訊いた。だが、目の前には既に攻撃してきている敵がいて、その相手をしながら、懇切丁寧に魔法の使い方を教えている暇はない。だから、フレイズは魔法を最初に子供に教えるときに言う言葉を彼女に伝えることにした。
「魔法は想像通りに動く。起点、過程、結果。それだけ分かれば、魔法は使える」
フレイズの口からそう言ったが、その言葉の意味を正確にはわからない。それぞれの単語の意味は理解できるが、その言葉の中にある真意までは理解していない。その言葉は魔気を意識して感じて、使うような種族にしかわからないことだ。まるで手足を動かすようにして、魔法を使うことが出来る種族にとってはその言葉を理解することは出来ないだろう。だが、意識することでしか魔法を使うことが出来ないからこそ、使用する魔法が威力を増して、細かく器用に魔法を使うことが出来るのだ。
「そうぞう、うん。きてん、は始まりのこと。過程は魔法の途中ってことかな。結果は、魔法の終わり。その三つを考えるだけ、想像するだけ。そんなの、わたしには簡単なことですね」
彼女は自分に言い聞かせるようにして、呟いた。フレイズにもその言葉は聞こえているが、伝えた言葉の意味を理解していても、魔法をうまく使えなかった人もいたのだと、シラキから聞いたこともある。彼女が魔法を使う才能があるかどうかが問題になるだろう。
「フレイズは火の妖精なんだよね」
「うん。そうだよ」
「じゃあ、火の魔法なら使えるってことだよね」
フレイズは頷いてそれに返事をする。彼女の力押しでも黒い小さな球がフレイズの火の玉の中を潜っている物がいくつか見られた。しかし、何度かその火の玉の雨を回避したとて、何度も来る火の玉を躱しきることが出来ずに何とか、黒い球を撃ち堕としていたが、正確に狙っていないため、その雨の中もいつかは突破されるだろう。偶然でも、一度突破され、彼女にその黒い液体が当たれば、彼女の体が溶けてしまう。人間の足や胴体の一部が溶けたとしても、その痛みい耐えられれば、死ぬことはないだろう。だが、同じ大きさでも妖精の体に当たれば致命傷になりかねない。フレイズ自身もそれはわかっていた。だが、魔法を止めることは出来ない。
「確か、おにいちゃんんは……。フレイズ、れっどどらごんぶれす」
彼女の前に火球が現れる。その火球は彼女の掌ほどの大きさで、白希の使う魔法よりは小さい。だが、その火球から広範囲に火炎が放射される。その火炎は広く扇状に進んでいき、彼女たちに近づく、黒い球体を燃やし尽くした。そして、最後にはその炎が、黒い液体を出していた本体を燃やす。
「レッドドラゴンブレス、って、シラキの魔法を、こうも簡単に。いや、目の前で見てたから、想像しやすいかったってこと?」
結果として、彼女は白希の使うレッドドラゴンブレスと言う魔法を使用した。フレイズの魔気を使って、彼女は自ら魔法を放ったのだ。猩花は自分で魔法を使えたことに感動していた。
「これが魔法。おにいちゃんの真似だけど、魔法、使えた!」
彼女は喜んでいたが、ずっとそうしているわけにはいかない。彼女ははっとして相手の方を見た。黒い液体は燃えているが、消失したり、倒れたりしているわけではない。燃えたまま宙に留まっている。やがて、火も消え、黒い水溜まりはその場で動かない。
「た、倒した、わけじゃないよね」
「違う、次の攻撃の準備をしてるんだ」
そう話している内に、相手の体からぼこぼこと沸騰しているような状態になる。その沸騰している部分から、先ほどと同じように黒い球体が現れる。だが、その形は棘のような形で、鋭くなった先端が彼女たちの方へと向いていた。