肩は並べられない 4
悪霊が去った後、夕来は屋上から出ていこうとした。だが、蓮花がそれを引き留めた。
「ありがとうございました。貴女がいなければ、私一人では倒せませんでした」
「……そうだね。私はあなたがいなければ、死んでいたわけだし、お互い様」
蓮花は彼女の様子が最初に会った時よりも柔らかくなっているような気がした。視線にも冷ややかなものはなくなっていたし、声にも自分を好いていないというような意志が込められていないように感じた。あくまでそれは蓮花が感じたことであるが、それはあまり間違いでもなかった。
夕来も蓮花について思い込んでいたことを改める。ただ、王子様の足を引っ張っていたわけではない。彼女は彼女でできることがあるのかもしれない。少なくとも、今回は確実に彼女はいなければどうやっても死んでいただろう。それは事実として認めるしかなかった。さらに、戦闘中でも自分のことをなぜか信用しているかのように行動していた部分があった。まさか、聖水を飲もうとするとは思わなかったが、よく考えれば、水を渡されたと思えば、飲もうとするかもしれない。ただ、夕来がもし透明の液体の入ったものを渡されても警戒してすぐに飲もうとはしなかっただろう。彼女はなぜか、彼女を信用していたように感じた。とにかく、彼女がいなければ、負けていた戦いだ。少なからず、実力を認める必要はある。
「しかし、なぜ屋上にいたのですか。他の方はその手続きが面倒だと、屋上に来る人はほとんどいないはずなのですが」
「あの程度の鍵は簡単に開けられる。元にも戻せる。痕跡も消せる。それに、この場所からなら、……なんでもない」
夕来の言葉に彼女は絶句する。規則は守ることが当たり前であると考える彼女からすれば、全くありえないことであった。蓮花にはそれを怒ることもできない程の行為だ。彼女は全く自分と違う。どちらかと言えば、彼女は今江に近い性格だと感じていた。
「それじゃ、私は戻るから。鍵はよろしく」
「待ってください。私も戻ります」
蓮花は自分勝手に去ろうとしている彼女の後ろに付いて行き、二人で屋上から出るための扉を潜った。夕来が屋上の鍵をピッキングの要領で掻けて、他の鍵も元に戻す。外から見れば、鍵を開けて中に入ったようには見えないだろう。その技術を蓮花は感心しながら見ていたのだが、ピッキングの技術をこうして簡単に使っているところを見ると、それが良いことではないと思いなおす。だが、彼女はそれを注意することはなかった。白希と似た性格であるなら、何か言ったところで、それを素直に治すとは思えない。彼は妖精たちのために行動するが、彼女はなんらかの自らの目的のために行動しているようだった。その信念のような物を持っているとするならば、自分が何を言っても聞くはずがないのだ。
(今江さんと似てるって思うなら、友達にもなれるかもしれない)
「あの、私、朝野蓮花と言います。貴女の名前を押してもらえませんか?」
「……夕来。畑夕来」
彼女は素直に名前を教えてくれるとは思わず、少し驚いた。だが、彼女はそれを隠して、にこやかに悪手を求めた。だが、彼女はその手を見るだけで、手を出そうとはしなかった。それどころか、全ての鍵を元に戻したのを確認すると、彼女は蓮花に背を向けて、その場所から去っていく。
「……私は、あなたと仲良くする気はないの。話しかけないでとは言わないけど、私は仲良くはしない。あなたもそのつもりで」
彼女は落ち着いた声で、彼女にそう言うと、今度こそ蓮花の前から去っていく。屋上の階段を下りる静かな音さえ、その場所では二人の耳に入る。蓮花も彼女と同じように階段を下りていく。彼女の後をつけるわけでもなかったが、彼女は少し肩をおとして猫背になっているように見えた。
蓮花は彼女に仲良くするのを拒否されたのがショックだったのだ。彼女となら仲良くなれるかもしれないと思っていただけに、彼女はその気が一つもなかったことが寂しい。先ほどの戦いも彼女と共に戦ったのだ。蓮花には少なからず、夕来に仲間意識が芽生えていた。連携して戦って相手を倒した。その流れが、まるで仲間と戦っているようで、嬉しかったのだ。
(と言うか、私のテレポートを見ても驚かなかった。でも、彼女には超能力はないはず)
蓮花は、先ほどの戦いのことが思い出されると、彼女は何でもないことかのようにテレポートした自分と連携して攻撃していたことが今更ながらに理解していた。明らかに彼女は超能力に合わせていた。
畑夕来。彼女は友達や仲間になりたいという想いもあるが、それ以外にも超能力に慣れている一般人と言う不可思議な人だと思った。監視するわけではないが、彼女の行動には注意を向けた方が良いかもしれない。