肩は並べられない 2
夕来のポケットから出てきた透明な液体の入った小さなペットボトル。彼女はそれを自身に掛けることで金縛り状態を解除した。悪霊はまさか、自身の金縛りから逃げる手段がるとは思わず、驚きを隠せない。
「なんだ、それは。そう言うのは予想してない。なんで、僕の考えた通りにならないんだ! みんな、僕の思い通りに言っていたのに、あの教師を通して、更に乗っ取る人を増やす計画もうまくいっていた! あんたのせいだ。あんたが僕の前に現れてからおかしくなった。一般人の匂いをさせているのに、異常だ、あんたは!」
夕来は悪霊が喚いているのにも関わらず、その話を聞かずに、ペットボトルの中身を見ていた。実際にその液体が悪霊に効果があるとは思っていなかったのだ。あくまでお守り的な意味で作った聖水だった。ペットボトルに水を入れて、雑貨屋で買った明らかにただのオブジェのマリア像の前で、祈りを捧げる代わりに王子様への愛の祈りを込めた。その結果出来上がったのが、その聖水だ。そんなふざけた手順で聖水が出来るとは彼女だって思っていなかった。だが、一か八かで使用して、効果があったのだから、手順はおかしくとも聖水ができあがっていたことは間違いない。
夕来が気が付くはずもないが、彼女がふざけた手順で聖水を作ることが出来たのは、この町で作ったからだ。手順がおかしくてもこっくりさんを呼び出すことに成功してしまう、オカルトを引き寄せる町だからこそ、その手順でも聖水が出来てしまったのだ。オカルトを引き寄せる原因を排除すれば、同じ手順を踏んでも聖水は出来なくなるだろう。
彼女はペットボトルのキャップを開いたままで、彼の方へと口を向ける。悪霊は少しだけ後ろに移動する。それは無意識の行動だ。彼は彼女が持っている物の正体は理解していない。ただ、彼女の持つそれが自分にとって脅威であることしかわからない。彼女はじりじりと彼に近づいてく。悪霊も後退りしているが、夕来の方が距離を詰めて、彼にペットボトルの中身をぶちまける。ただの液体なら、零体の彼の体をすり抜けるはずだが、その液体は彼の体をかき消すように地面に落ちた。その液体の当たった部分が薄くなる。体の一部が奥の様子がわかるほどに透けている。
「は? おいおい、何だよそれ。なんでもできるってずるいだろうがよ。なんであんたばっかり、優れた奴ばっかりを贔屓するんだ、この世の中ってのは。腹が立つ。……はぁ、もういいや。あんたじゃなくても」
彼は更に溜息を吐いて、彼女の方へと指を差した。彼女がそれを認識する前に、彼女の体が宙に浮く。そして、彼女は後ろに吹っ飛ばされる。ガシャンとフェンスが音を立て、次の瞬間にはそのフェンスが外れた。彼女の真下にあるのは屋上ではなく、はるか下に地面があるだけだ。その場所で宙に浮くための力を解除されれば、彼女は地面に引かれて、無残な姿になるだろう。いくら彼女でも生存することは難しい。彼女の視界にもその高さが映っている。心の強い彼女でも体が強張っている。
「大人しく、そうだ。大人しく、僕の言うことを聞いていれば、あんたは死ななくて済んだんだ。ただの人間風情が。僕を馬鹿にしてるんだろ? 優秀な奴はいつもそうだ。なんだよ、僕が何をしたんだよ。……まずはあんたからだ」
話す言葉に脈絡はなく、我を失っている。さすがの彼女も今の状態から彼に抗う手段を持っていない。落下するときに壁がもっと近ければ、生存する可能性を高めることは出来るかもしれない。今の位置からでは落下している間に壁に寄る時間はないだろう。自由落下するしかない。彼女は走馬灯を見るほどに頭を回転させている。死の間際、生存本能が生きるための可能性を探る。どれだけ考えても道を見つけるは出来ない。それでも彼女は諦めていなかった。
蓮花は白希のとの昼食の後、彼が教室に戻ると言って戻った後、座っていたベンチで一息ついていた。憧れの人と食事を取るだけで、これほど胸が高鳴るとは知らなかった。落ち着くことは出来ないが、人が集まらないそのベンチは、休むのに最適だった。弁当箱を片付けなら、彼女は先ほどまでのことを思いだす。その度に、顔がにやけている気がして、頬を抑えてしまう。白希は作ってもらったんだから、弁当箱を洗うくらいはやるよと言っていたのだが、勝手にやったことだからと弁当箱を回収した。彼に洗ってもらった弁当箱はもしかしたら、次に使うのがもったいないとか思いそうで、洗ってもらうことが出来なかったのだ。彼女が鞄の中に弁当箱を全て片付けて、幸せすぎて胸がいっぱいになったせいで、溜息が出た。
ガシャンッ!
彼女が幸せに浸っていると、空の方からそんな音がした。何事かと彼女は空を見上げる。