肩は並べられない 1
悪霊の男子生徒の胸の辺りに突き刺された改造スタンガンから電気が放出される。零体である悪霊にもその影響は大きくでていた。悪霊には痛みはないものの、存在を現世に結び付けるための力にダメージが入っているのはわかる。彼はその場所すぐに逃げ出す。霊体である彼は簡単にその場所から逃げることができた。逃げることは出来るが、目の前の脅威は未だにそこにある。
「ふ、普通に人間じゃないって言うのか! あ、あんた何者なんだっ?」
「私は、ただの人間。ただの女。他の人と違うとすれば、圧倒的な魅力を持った人が好きと言うだけ」
「な、何言ってる? それだけで、僕が見えるはずがないだろ。前は見えなかっただろ、それにさっきまで気が付かなかった。なんで今になって、見えるってことになるんだ。気が付かないふりでもしてたのか」
彼の言葉はとめどなく吐き出されるが、彼女はその言葉には全く興味がないようで、彼の話は全く聞いていない。彼女は話も聞かずに、改造スタンガンを彼に向けたまま、近づいていく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なぁ、少しでも話を聞いてくれてもいいんじゃないか? なぁ、そうだろ? 人の話を聞いてみるもんじゃないか。そうだそうだ、あのだんし生徒といい感じにするのに手助けもできるかもしれない。そうだ、僕ならできる。なぁなぁ、少しは交渉してくれよ」
彼の命乞いを聞く耳を持たず、彼女は近づいていく。そもそも彼女はまだ、白希に会う資格はないと考えている。彼の荷物にならないくらいに強くなってから、彼に近づこうと思っているのだ。それをこんな悪霊に仲を取り持たれるなんて、許しがたいことであった。
「頼むよ。あんたの為でもあるんだって。そうだろ? 悪い話じゃないはずだって」
夕来は彼の前の前まで来た。改造スタンガンは彼にダメージを負わせられる位置まで来ていた。彼女は改造スタンガンのトリガーを引いた。その瞬間にバチッと言う音がして、彼に電撃が流れるはずだった。だが、彼女の体は屋上の四方向に取り付けられていた落下防止のためのフェンスに体を押し付けられていた。
「おいおい、あんたせっかくのチャンスだったのに。僕の命乞いに堪えていれば、こんな苦しい想いしなくてよかったのに」
男子生徒はにやりと笑いながら、彼女を見る。彼女は体を動かそうとしているのだが、体は少しも動かない。金縛り状態で、腕や足に力を入れる命令を脳から出しているのに、筋肉には力が入らない。息苦しいが呼吸だけは出来ていた。
「そうだな、介抱してほしければ、その体の主導権を貰おう。あんたの体はあの教師よりも使いやすそうだし。……声が出ない? そうかそうか。黙ってるってことは校庭ってことでいいのかな、なんて。あんたの心が僕の心の侵入を許してくれないと、乗っ取るなんてできないんだけどさ。どっちにしろ、動けないんだから、これくらいは教えてもいいかなってね」
饒舌に彼は乗っ取りの仕組みについて解説する。単純な暇つぶしだ。彼女が一般人だというなら、食事は必要だろうし、トイレに行きたくもなるだろう。彼女は生きている限り必ず来るその欲求を満たすためにはその拘束から抜け出す必要があるだろう。彼はそれまで雑談して、その時を待とうとしてい。屋上なら手助けが来ることもないだろう。一般人で立ち入る人はいないことを彼は知っている。
「そう言えば、もう一人のあの女子はここにくるかな。僕のこと、見えてたみたいだけど。まぁ、来てもいいか。人質はここにいるし、万が一があれば、フェンスごと堕とせばいいか。はは、今の僕には怖いものはあんまりないかもなぁ」
ニヤニヤしながら、彼はこの後の未来を思い描く。人間とは思えないほどの力をほどの能力を持つ彼女の体を乗っ取ることが出来れば、もっと沢山の人を操ることが出来るようになるはずだ。さらに、この身体能力と彼が持つ悪霊としての力を合わせて使えば、超能力者にも簡単に勝てるようになるはずだ。
彼が未来を想像していると、気が緩んだのか、夕来の手が動いた。その手はスカートのポケットの中に入る。
「おっと、何しようとしているか知らないけど、何もさせないって。気が緩んだと思った? 油断したフリだって、フ・リ。希望でも見えた?」
「希望なんて必要ない。王子様と肩を並べるなら、この程度のこと試練にもならない」
彼女は既にフェンスには張り付けられてはいなかった。彼女は自らの足で屋上の地面に立っていた。先ほど彼女が手を入れたスカートのポケットの部分から、液体が零れているのか、彼女の下半身の一部が濡れいていた。
彼女はポケットから、小さいペットボトルを取り出した。その中身は既に半分ほど無くなっていた。