人の残滓の集まるトコロ 5
蓮花と白希が弁当を食べているところを、夕来は観察していた。夕来は嫉妬してないわけではないが、彼が女生と二人で食事していても怒ったり、苛立つこともない。彼女は自分の好きな人が他の人にもその魅力が認められたようだと思ったからだ。だが、彼が誰かと恋仲になることは許してない。彼が誰かと付き合うのに、夕来の許可がいるはずはないのだが、それが彼女の心境である。彼女は妖精のことは知らない。彼は既に妖精たちとは結婚しているも同然の状態であった。
(王子様、私もああなりたいけど、まだまだ肩を並べられるほどじゃない)
彼女はいつものように屋上から彼を見つめていた。スマホのカメラを起動して、写真を撮る。彼の隣にいる朝野蓮花も一緒に写真の中に移ってしまったが、彼女はそれを気にすることなく、撮った写真を保存した。それを編集することもせずに、彼女はその写真を見つめていた。
そんな彼女に近づいてくる人影があった。それに彼女は気が付いていない。いや、気が付けるはずがない。彼女に近づいているのは悪霊の本体の男子生徒なのだから。
「なるほど。あんたはあの男が好きで、あの女に取られるかもってところか。と言うか、こいつ躊躇なく写真撮ってるよな。若しかしてヤバい女だったのか?」
彼はぶつぶつと喋りながら、彼女に近づいていく。それでも彼女は気が付くはずもなかった。
「まぁ、ちょうどいいか。嫉妬や妬み、そう言う感情があれば、憑りつきやすいからな」
彼は既に彼女の真後ろに移動していた。そして、彼は彼女の体を乗っ取るために、彼女の背中に手を入れて、彼女の心に侵入した。
「はは、やっぱり普通の人間か。こんな簡単に入れる……?」
彼の視界には夕来の心が映っていた。彼の憑りつく手段としては、その心の中に綻び、つまりは心の付け込む隙を突いて人を操るのだ。人の体は心と密接に繋がっていて、心を支配することで、体を使うことが出来る。そして、その綻びは簡単に見つけられるはずなのだ。どんな人間にだって心の弱点のような物はある。そして、弱っていたり、悩みがあるような人であれば、その綻びも大きくなる。外から見た彼女の印象では大きな綻びがあるはずだったのだ。人間関係に悩むような人であれば、簡単に見つかるはずだ。だが、彼女の心の中には綻びが見当たらないのだ。彼の近くには小さな綻びも見当たらない。それはつまり、心が安定していることを示していた。だが、彼はここまで来たのだから、彼女の心をどうにかして乗っ取りたかった。小さな小さな綻びを目を皿にして探していた。それでも見つけることは出来ない。そう言う人は自身の人生に何が起きても支えにできる何かを持っている人だ。彼女はそういう物を持っている。彼にもそれは理解できた。しかし、諦めきれない彼は綻びの無い心を無理やりこじ開けようとした。実際にそれで操ることに成功したこともある。その代わり、体に不調が残ってしまうが、この際仕方ないことだと彼は思った。心をこじ開けて、心の中に侵入する。
「……失敗した、な」
彼は夕来の心の奥を見て、唖然とし、自分では絶対に彼女を操れないと確信した。心の奥底にあるのは、絶対的な恋と愛。それも愛されたいではなく、恋している、愛していると言ったもので、彼女が愛されなくとも愛しているという純粋で苛烈な恋愛心。
彼は今、直接心に触れている。彼女が持つ、恋愛心の苛烈さに、自身の体が痛みだすことに気が付いた。体と同じように心にも防衛機能がある。その機能は人が意識的に操れるものではないものの、折れることのない絶対的な、人生の根幹になる信念がある場合にはその機能が強く働く。
「逃げる、と言うか、もう出るしかない!」
彼は自身が消される前に、彼女の心から離脱する。現実に戻ってくる。未だに屋上で、彼は夕来の背後でしりもちをついていた。
「なんなんだよ。お前」
その時、彼女が振り返る。悪霊は一瞬、自分に気づかれたのかと思ったが、一般人が自分に気が付くはずがないと思いなおす。だが、視線は自分を見ているように見える。
(しりもち着いた音だけ聞こえた、か?)
彼は幽霊だというのに、冷や汗をかいているような状態に陥っていた。彼女に関わらなければよかったと心底思う。彼が後悔していると、彼女は改造スタンガンを取り出していた。彼女がトリガーを引くとばちっと音がして、一瞬光った。そして、彼女はそれを、彼に向けた。
(いや、いや見えてないはずだ。そのはずだ)
明らかに見えている様子だが、彼はそれを信じたくない。彼女の心に触れてしまったことで、彼女が悪霊にとっての天敵みたいな人だと理解してしまったからだ。これで、もし悪霊が見えているとなれば、相手も対峙するのも難しい話ではなくなるだろう。そして、夕来は改造スタンガンを彼の胸にくっつけた。