人の残滓の集まるトコロ 4
悪霊との戦いから二日ほど、妖精たちの怯えもある程度落ち着いていて、彼は普通に学校に登校していた。自分の席に座り、認識を妨害する魔法をいくつか使い、妖精たちと会話していた。彼を崇める生徒たちが彼に視線を向けているが、彼はそれをものともしない。特に何を言われても気にならなくなったからだ。だが、最近は変わったこともある。それは学校の中でも彼に話しかけてくる人物が一人だけ現れたからだ。
「今江さん。昼食はどこで取りますか」
彼に話しかけているのは、蓮花だった。彼女が教室に来ると、周りの生徒も彼女に注目する。そして、人気の彼女が話しかけているのが、白希。彼も人気がある人だ。それぞれ人気の理由には外見が多いに含まれていて、片方は男子ではあるが、美少女が二人並べば、それだけで人目を惹き、人気も出てしまう。そんな二人が実は仲が良いなんてこと誰も知らなかった。と言うか、事実、仲良くなったのはつい最近のことだ。さらに、彼女が話しかけることで、彼の内面を知ることになる。彼が実は優しい人間だということを知った生徒は多くいる。何にも興味がなさそうな彼だったが、その会話を聞けば、あまり他の人とは変わらないように思えた。
蓮花は白希を連れて、校舎の外に出ていた。人通りが比較的少ないベンチに二人並んで腰かけていた。蓮花が鞄から取り出したのは青のチェックの布にくるまれた四角いものだ。すぐに彼はそれを弁当だと理解できた。彼女はそれを彼に渡そうとしていた。
「その、色んな事のお礼の一つです。これだけで全部返すことは出来ませんから。で、でも、その、感謝の気持ちだけでこうやって作っているわけではないというか、何と言うか」
白希は彼女が何を言いたいのか、わからなかったが、彼は彼女を助けたときのお礼だと理解する。もちろん、蓮花には感謝はするべきだという思いからそれを作ったわけではない。どちらかと言うと、自分たちを助けてくれる彼のために、彼を喜ばせたいという思いの方が強い。さらに、あわよくば、自分は料理が上手いという好印象を与えられるという算段もあった。
彼はそんな根本のことは全く知らずに、弁当を開いて、膝の上に乗せた。スタンダードな弁当だ。卵焼きにウィンナー、ミートボールに唐揚げなどが入っており、白米にはふりかけがかかっている。見た目だけでもかなりおいしそうに見えた。彼はまず一口目は卵焼きを口に運ぶ。醤油で味付けされているが、しょっぱいということもなく、程よい味付けだった。ミートボールは市販のものではないようで、小学生や中学生の時に母に作ってもらった弁当に入っていた市販のミートボールよりも歯ごたえがしっかりしている。それはおそらく蓮花の手作りなのだろう。彼が弁当を食べる姿を蓮花は横からじっと見ていた。料理には自身があるにしても異性に食べてもらうのは初めてだった。それも憧れている人に食べてもらうのだから、ただの異性に食べてもらうのとはわけが違う。彼女はじっと見ていることに彼も気が付いた。彼はそれを感想を言ってほしいのだと解釈した。
「おいしいよ。特にこのミートボールが僕は好きだな」
彼の言葉にずっと黙っていた妖精たちの視線が弁当に向いた。
「そ、そうですか。よかったです、美味しくできてて。あ、あー、そうだ。妖精さんたちも食べますか?」
彼女は再び鞄の中から、緑のチェックの布で包まれた弁当を取り出した。それを白希と自分の間のベンチに置いて、妖精たちにも弁当を分けた。そして、最後に桃色のチェックの布でできた、白希のと比べると一回り程小さい弁当箱を取り出していた。それが自分の分と言うわけだ。彼女は平静を保っているようだが、その手は多少震えているし、何なら心の中では歓喜していた。妖精たちはそれに気が付いていたが、何も言わなかった。それを白希に教えたところで何にもならないだろうし、妖精たちはそもそも蓮花にはあまり興味がないのだ。
弁当を食べ終えて、ベンチで一息ついた。
「蓮花、ごちそうさま。おいしかったよ。またいつか食べさせてほしいくらいね」
「そ、そんな、そこまで……。ありがとうございます。また、作ってきますね」
蓮花はベンチに背を預けながら、空を見る。ふと、彼は異世界の空も、この世界の空も大して変わらないなと思った。ここまで落ちついた時間はこの世界に来てからは初めてかもしれない。それも数十分のことだろうが、それでも自分がここまで落ち着いているのは珍しいなと、自分でも思った。その横で、蓮花は俯いていた。その頬は赤みがかっていて、彼に褒められたことが嬉しかった。