人の残滓の集まるトコロ 1
蓮花は何かしらの怪異を目の前に油断した。そして、その相手にいつの間にか壁に叩きつけられていたのだ。
「……っ」
背中から叩きつけられたはずなのに、彼女の口からは空気は漏れ出て、音を出すことはなかった。それは彼女が我慢したからではない。いや、超能力者であっても、ふいに背中を打ち付けられれば、少なからず肺から空気が漏れるのは我慢できるはずがないのだ。つまりは、彼女の体の全体が前から何かに押されている形になる。それも体に沿ってその力がかかっているのだ。だから、空気が外に漏れない。彼女が目の前に男子生徒に何か言おうとしても、言葉が前に出ることはない。男子生徒はにやにやと笑い、その様子を見ている。
彼女は声を出そうとしている間に、息苦しさが増してくる。焦りからすぐに行動できなかったが、彼女の生存本能がテレポートを使用して、その場所から離脱する。本能が使ったせいで、あまり正確な場所にはテレポートは出来ていなかった。男子生徒から離れた場所に移動してしまった。距離が空いてしまったことを彼女はすぐに認識できなかった。
「なんだ。あんたは普通の生徒じゃないんだ。それなら、おもちゃにしても死なないよね」
蓮花の体が相手に方へと引き寄せられた。それも上半身だけに引き寄せる力がかかり、腰の辺りがめきめきと音を立てた。痛みこそないものの、自身の体から異音がするというこの状況に恐怖を感じるが、それに負けることはない。彼女は再びテレポートを自らの意志で使用する。彼女が移動したのは敵の背後に移動したが、彼女がテレポートの直後に、すぐに体が引き寄せられる。今度は足だけが引き寄せられて、地面に体を擦っている。彼女は再びれてポートするが、この状態ではずっとループするだけだと思ったが、それ以上にどうにかする手段を未だに思いついていない。
(先に保健室の中に入ることにするべきか)
彼女はその土壇場で保健室内にテレポートを試みる。彼女は保健室の中には簡単には入れないと考えていた。保健室内にはテレポートに対する耐性のような物があるように感じていたのだ。だが、彼女の体は保健室の中に移動した。
「ははは、馬鹿なやつ。自分から危険な方に移動するとか。なんだっけ、飛んで火にいる夏の虫だっけ? はははは!」
彼は勝ち誇ったように大きな声で笑う。だが、彼の声は誰にも聞こえない。彼は悪霊だ。名前なんてものは既に忘れているが、恨みだけが蓄積された悪霊。その負のエネルギーが常に放出されていて、霊感の強い人からその影響を受けてしまう。空気が重いと感じるのは、彼が校舎の中にいるからだ。そして、彼は既に一人の教師の体に自らの分体を潜ませて、ゆっくりとしかし確実に、負のエネルギーをこの項shなの中にばら撒いているのだ。その目的は、他の幽霊に本当の第二の人生を歩ませるためである。彼の思考は浅く、幽霊を多くの人に取りつかせた後のことは考えていない。とにかく幽霊をこの世界に増やし、生きている人と入れ替わりで殺すことが目的なのだ。だが、それが悪霊のすることだった。この学校が集まるこの土地は様々な意思が混在する場所だ。人の意志が少なからず、幽霊に影響を与えてしまう。学校と言う場所には負のエネルギーも多い。教師は仕事に忙殺され、生徒間の問題に悩まされる。授業だけでも大変だというのに、それに加えて生徒の面倒も見なくてはいけない。そして、生徒も多くの負のエネルギーを放つことになるだろう。嫌な教師や嫌な生徒、イジメや人間関係。未来の不安もあるだろう。多くの人と人が関わろうとすれば起こる問題だ。大人ではないからこそ、その折り合いが上手くつけられないため、会社やオフィスよりもその念が強くなる。悪霊が育つのにも、悪霊が悪さをするにも適した環境だ。学校以外だと病院なども挙げられるが、この土地には学校がいくつも建っている。高校は小学校、中学校、大学に囲まれている立地だ。それだけ、悪い念が集まりやすいのだ。
「保健室の中。まさか、来ることが出来るとは」
彼女は保健室の中にテレポートしていた。その中にいたのは、見たことのある教師と一人の女子生徒。ただ、教師の方は彼女が知っている人とは別人のような様子だ。瞳に光がないというか、生気を感じられない。それに姿勢も悪い。普段から、姿勢に気を付けて、更に運動しているような人には見えない。そして、女子生徒は髪で目が隠れている。その場所には包帯が一巻きだけ、転がっている。二人の視線が蓮花に向いていた。だが、女子生徒は驚いるようだが、女教師の方は驚いてはいなかった。その女教師のにやけた顔は先ほど見た物と同じだった。