不気味な教師 1
蓮花が戻ってきて、九尾の琥珀と言う仲間と言っていいのかわからない人も増えたその翌日。妖精たちは校舎の中に入るのを嫌がっていた。抵抗する力は無いものの、今の後者は嫌な感じがすると、それぞれの言葉で彼に伝えている。ミストは耳元で囁き、ファスは彼の頭の上で、彼に頭を軽く叩きながら話していた。いつもは彼の近くと飛んでいるプロイアとフレイズも今日は彼にくっついている。プロイアはミストとは反対の肩に乗り、フレイズは彼のブレザーの胸ポケットの中に入って外を観察していた。妖精たちが不安があるということなのだろう。そして、彼女たちのそう言った感覚は馬鹿には出来ない。この世界の普通の人の嫌な予感と言う頼りないものではなく、妖精たちのそれは彼女たちにとって何か怖いものや自分たちの害になるものを感じ取っているのだ。そして、そう言うものは大抵、人間にも害をなすものであることがほとんどだ。
彼女たちが怖がっている間には辺りを警戒した方が良いと彼は考えていた。ミストがその不安の対象について話さないということは、彼女の未来視でも何も見えないのだろう。未だ、関わってきてないためか、それとも今日突然そういう状態になっているのか。どちらにしろ警戒するしかない。彼は高校の校舎ではなく、朝野姉妹たちがいるであろう部室棟に向かった。この情報を彼女たちにも伝えた方が良いと思ったのだ。もし、オカルトが相手で、妖精たちが戦いたくないと言い始めたら、彼は戦闘よりも逃走を選ぶだろう。何よりも、彼女たちの安全が最優先。彼はそう言う人間だ。だが、朝野姉妹の力を借りることが出来るなら、妖精たちも一緒に戦ってくれるかもしれない。
(まだ、朝なのに。部室棟に用事? 王子様……)
昨日と同じ位置で、夕来が彼が部室棟に行くのを見ていた。校舎の中に入らず何をしに行くとのかと思えば、朝野姉妹のところに行くようだった。彼女は特にそれを咎めるつもりはないが、彼女たちのところにばかり行くのは面白くないとは感じていた。しかし、彼女は自分から彼に関わる勇気はなく、面白くないと感じるだけだった。彼女はそのまま、彼の観察を止めて、自分の教室に行こうとしていた。彼女の視界の中に、昨日彼女がこの場所にいるときに話しかけていた女教師がいた。彼女は他の女子生徒と仲良さそうに、笑いながら話していた。その様子は昨日と同一人物とは思えないほどだ。瞳には明らかに生気が宿っているし、昨日に感じた暗さも全くない。人が違えば対応が変わるというものとは明らかに違うものだ。まるで中身が全く違うものになったかのように感じていた。だが、彼女は女教師に話しかけるわけでもなく、彼女はそのまま教室に移動する。
彼女が教室に戻っていく様子を、その女教師は冷たい生気のない黒い瞳で見つめていた。
彼女が教室に到着して中に入る。彼女が自分から挨拶するのは隣の席の女生徒だけだ。名前は知っているが、友達と言うわけではない。単純に無駄に敵を作る必要はないと考えているのだ。彼女はそのまま自分の席に着いた。彼女の席は窓側の一番後ろだ。自分の席に座った彼女は鞄から本を取り出して読むことにした。読書が好きと言うわけではないが、単純に時間を潰すことができ、知識を蓄えることが出来るからと言う理由で本を読んでいることが多い。さらに教室には王子様もいないため、観察もできない。白希が教室に来るまでは、読書をして時間を潰すしかないのだ。
だが、結局、彼は教室には来なかった。彼女はそれを不審には思っていなかった。彼の居場所は知っているためだ。校舎の近くにいることがわかっていれば、そこまで騒ぐことではないだろう。ただ、自分の視界に花がないことにやる気は下がっていた。一時間目が始まる前から、彼女は猫背で机を見つめるような体勢を取っていた。それは白希がこの場所にいないためにやる気がどん底まで落ちている状態だったのだが、彼女の隣の生徒が、彼女に声を掛けた。どうやら体調が良くないのではないかと思われたらしい。
(これは、好都合かも)
「……ちょっと体調悪いかもしれない」
「保健室に行ってきなよ。私が先生にいっとくからさ」
「ごめんね。じゃあ、行ってくるね」
彼女が猫背のまま、隊長が悪いかのように振舞い、教室の外にでた。そのまま、一応、保健室に向かう。少しベットで寝たふりをして、校舎の外に出ようとしていた。不用意に朝野姉妹のいる部室棟に近づきたくはないが、彼が何をしているのか気になるのは仕方ない。彼女は屋上にでも移動して、彼のいるであろう部室の方を観察しようと予定を立てた。