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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

骨だしあんま 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふう、ありがとう。だいぶ楽になったよ。一時的とはいえ、こった肩をもんでもらうと、気持ちよくなるんだよね。

 肩こりって、本当は肩をもんでも良くならないらしい。別のところが悪くなっていて、そこに引っ張られる形で肩に負担がかかり、肩こりとなって表れているとか。

 根本的に治すには、生活習慣を見直すべしとちらほら言われることではあるが……そちらを簡単に治せないから、マッサージなどに頼ってしまうんだよねえ。


 マッサージの歴史は紀元前にもさかのぼり、医学を志すものにとっては必修の分野だったと聞く。

 日本には3世紀ごろに中国から「あんま」が伝わり、明治維新後にマッサージと統合されるまで、独自の診療体系を持っていたらしいね。その科学的な力の中に交じって、ときに非科学的な力も表にあらわれる機会もあったとか。

 そのひとつのケースを、最近新しく仕入れたんだ。よかったら聞いてみないかい?



 むかしむかし。

 あるところを治めている殿様が、戦中にけがを負った。敵の放った矢が、鎧のすき間をかすめて飛び、わずかに肩口の皮膚を裂いたんだ。

 これまで何度も追ってきた矢傷と同じだと思った。殿様はいつものように傷を処置した後、引き続き陣頭指揮にあたったんだ。

 しかし、戦から居城に帰還した殿様は、その晩から急な発熱に悩まされることになる。

 熱は日が暮れている間のみ、はかったように姿を現した。不意に襲ってくるものだから、立ち上がった拍子にふらつき、柱に寄りかかってしまいそうになる事態もあったらしい。

 主君の体調不良な姿を見て、何も思わない家臣など、そうはいない。純粋に心配をする者から、この間に恩を着せて自分の立場を良くしようとする者。はたまた謀反の企てなど、水面下ではかりごとをめぐらせる輩も出てくる恐れがある。ましてや、他国に知られてよいことなどはないだろう。


 一刻も早く、回復せねばならない。

 療養に努める殿様だったけど、傷はふさがったはずなのに、奇妙な熱はなかなか引かない。

 熱覚ましの類は片っ端から試したし、夜半にいくら体を冷やしにかかろうとも、効果は出なかった。

 しかもその熱は、水を湯に変えてしまうようなことなく、ただ殿様本人が「熱い、熱い」と訴えるだけなんだ。身体へじかに触れてみても、いつも通りの平熱を発しているようにしか思えない。周りの者には確かめるすべがなく、ただ殿様のふらつきその他の様子から、症状をうかがうよりなかった。国の医師という医師が呼ばれて診察したものの、決定的な効果は得られなかったとか。


 こうなると、傷を負わせた敵国が何かしらの細工をした可能性が考えられた。

 すでに放っている間諜たちへ任務を発するかたわら、治療のための人を集める殿様の前へ現れたのは、ひとりのあんまだったという。

 確かに、熱のない昼間は体にだるさを感じ、あんまを呼んだことは一度や二度ではない。それでも体調は快方へ向かうことはなく、今回のあんまも同じだろうと、居合わせた者たちは思ったのだそうな。


 あんまというと、目が不自由な者の仕事という印象もあるが、そのあんまははっきりとした「目明き」だったらしい。

 彼はすぐ指圧にはかからず、まず戸を閉め切って部屋の四隅にかがり火を焚いてほしいと依頼したそうだ。昼間で外からの光が、十分に入ってきているにもかかわらず。

 難色を示す者もいたが、殿様の一声であんまの要望通りの環境が整えられた。やがてあんまは殿様の近くへ座るも、今度はふところへ手を滑り込ませ、一本の棒を取り出した。

 蝋を塗ったかのごとく、妙にてかるその棒の白さは、骨を思わせたという。戦が身近にある以上、実物を目にする機会は多く、想像をふくらませて臆するような者はここにいない。


 その骨の棒が、つううっと殿様の背骨に沿って動いていき、やがて腰のあたりまできたところで、殿様が小さくうめいた。

 これまでのあんまたちも、この腰の患部らしきところには気づいている。しかし、どのように指圧し、ほぐしても一時しのぎにしかならなかった。

 どう処置していくのかと家臣たちが見守る中、そのあんまはすっと骨の棒を引き、新たに頼んだ。

 光を透かさぬ厚い紙でこの部屋を囲い、夜のように暗くしてほしいと。



 この願いもまた、殿様によって聞き届けられた。

 あんまの指示のもと、かすかな漏れもなく封じられた光の入りによって、かの部屋の高原はかがり火のみとなる。

 あんまはというと、先ほどの位置へ座り直して視線を落としていた。その目は、布団へうつぶせになっている殿様。しかし本人ではなく、その影へと注がれている。

 家臣たちもそれに気がつき出すころ、あんまは再びあの棒を手に取り、近づけていく。寝そべった殿様の身体が作る、こんもりとした山のような形の影へ向かって。


 殿様の影が成す、山のいただき。そこをあんまは骨の棒でこんこんとつつき、その後、棒と自分のもう一方の手を胸へ引き寄せて、ぐるぐると糸を巻き取るような仕草で回し出した。

 一瞬、部屋の4つのかがり火が、風もないのにわずかになびいて、元に戻る。何人かはそちらを向いたが、あんま本人は構わず、また棒を影へと伸ばして同じことを始めた。

 一回ごとに、かがり火がなびく時間が長くなっていく。そうして十拍ほどなびき続けるようになって、あんまは立ち上がった。足音を忍ばせながら、隅の一方にあるかがり火のそばへ行き、手にした骨の棒を、立ち上る火の頭。そこをぎりぎりかすめるほどの位置へと、そっとかかげる。



 じゅっと、油がはねるような音がするとともに、殿様の身体がびくんと一瞬だけ跳ね上がった。

 おっ、と家臣たちが声をあげるも、そのときにはもう殿様は目を閉じ、寝息を立てていたらしい。これまでは夜の熱、昼間の倦怠感と、まともに眠れない日々が続いていたというのに、うそのような安らぎようだ。

 あんまはというと、火から骨の棒を引き寄せるや、だしぬけにそれをまんべんなくもみほぐし出した。短い時間とはいえ、火にあぶられていたものを間髪入れずに、だ。


「このたび、矢で傷を受けた際、鎧のすき間を通されたとのことでしたな?

 鎧は身を守るものであり、まとった者の影を守るものでもございます。己が影をもって主の影を覆い、守るといったような。

 それがすき間を縫った結果、実は影の方が大きくちぎられてしまったのですな。ゆえに肉体はさほど傷ついていないのに、長く不調が続いた。ゆえにこうして「膿んで」しまった影を巻き取り、焼き滅ぼした次第なのです」


 翌日には殿様の不調はすっかり消え去り、あんまは多額の褒美を受け取ったものの、少し経つと、城下で恵まれない者たちを中心に、大量にお金をばらまいて回った男のうわさが広まったそうなんだよ。



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