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月の手毬 (月星雪✻②✻) 上巻  作者: YUQARI
第一章 捕獲と準備
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捕縛紐の使い方

「とにかく、話を戻すぞ……」

 澄真(すみざね)が唸る。

 このままでは、準備が整う前に、日がくれてしまう。

 宴の日取りはまだまだ先だが、早めに準備をしておいて正解だった。この調子だと、前日などに誘った日には、狐の姿で御前に上ることになっただろう……。

 澄真(すみざね)は人知れず、変な汗をかく。


 気を取り直し、澄真(すみざね)はみんなに向き直る。

 狐丸だけが、心なしか元気がないが、この際仕方がない。

「ひとまず、まとめると……」

 言って、瑠璃姫とタマを見る。

「下げ美豆良(みづら)が、なんなのか分からない……で、良かったか?」

 うんうん。と二人は頷く。

「……」

 狐丸の方は、相変わらず下を向いて、黙っている。


(……やりづらい)

 謝りはしたものの、そんなことで許させる訳もなく、狐丸はけして澄真(すみざね)と目を合わせようとはしなかった。

 澄真(すみざね)は、わざとらしくゴホンゴホンと咳払いをすると、言葉を続ける。


「……まあ、美豆良(みづら)は、幸いにも私が結べるからいいが……」

「ニャに!? 結べるのか?」

「普通、貴族の子どもは侍従にやらせ、自分は何も出来ないものと思うておった……」

 驚きの声が上がる。

 澄真(すみざね)は、その声に若干たじろいだが、再び咳払いをし、体勢を整える。


「わ、私は触られるのが嫌いだったからな……。そ、そんなことはいい!」

 ちらりと狐丸を見る。

 相変わらずの無反応。

「……」

 ここまで来ると、澄真(すみざね)の顔色もだんだん悪くなる。はぁ、と息を吐き言葉を続ける。


「とにかく、私が狐丸の髪を結うが、ここには飾り紐などあるのか?」

「「……」」

 無言で見つめ合う瑠璃姫とタマ。

「……」

 嫌な感じを受け、澄真(すみざね)が頭を抱える。

「わ、分かった。もう、何も言うな……」

 状況を悟り、澄真(すみざね)は、諦めの表情を見せる。


 先ほどの半裾(はんきょ)といい、飾り紐といい、事前に準備をしてくれば良かった。よく考えてみれば、寺にそのような俗物があるわけはない。

 そのまま取りに帰ったとして、再びここに戻ったとき、狐丸がいるとは限らない。今度こそ逃げるかもしれない。

(何か言い方法はないか……何か……)

「!」


 澄真(すみざね)はポンと手を打つ。

「瑠璃姫! 先ほど狐丸は鬼火で半裾(はんきょ)を作っただろう? それと同じ要領で作れないか?」

 言われて瑠璃姫は肩をすくめる。

「出来はするが、使えぬぞ?」

 その言葉に、澄真(すみざね)は首をかしげる。

「使えない?」

 瑠璃姫は静かに頷く。


(われ)の鬼火だと、寺の外では消えてしまう。しかも、寺の中であったとしても、狐丸に直接触れれば、こやつに吸いとられてしまう」

「えっ? ()()()()()()?」

 瑠璃姫は頷く。

「そうだ。こいつは、(われ)の鬼火を食うたことがあってな。その日から、こやつに触れられた(われ)の鬼火が吸いとられるようになった……」

 哀しげに狐丸を見る。


「こやつの成長が早すぎるのも、(われ)とおるがゆえ。……本当なら、離れて暮らすべきなのだろうが……」

 言いながら、顔に暗い影を落とす。

 そうか……と呟きながら、澄真(すみざね)はハッとする。またしても、解決の糸口が見つからないまま、時間が過ぎていく。


「そ、そうだ……狐丸!」

 直接本人に頼んだ方が早いと考え、澄真(すみざね)は狐丸の傍へ座る。

「……っ」

 近づくだけで、血液が逆流するような感覚に(おちい)り、澄真(すみざね)は慌てた。


 触れたいのに、近づけば胸が張り裂けそうになる。これでは触れられない。

 こんな状態で、どうやったら下げ美豆良(みづら)など、結えるというのだろうか……。


 しかし、澄真(すみざね)が結わなければ、誰が結えると言うのか。

「……狐丸。鬼火で飾り紐を出して欲しいのだが」

 意を決して言葉をかけたのだが、狐丸は澄真(すみざね)一瞥(いちべつ)すると、素っ気なく答えた。


「……飾り紐なんて知らない……っ」

 それだけ言うと、ぷいっと横を向いてしまった。


「……っ」

(か……可愛い……っ!)

 不覚にも澄真(すみざね)は思う。

 そっぽを向かれたのに、怒れない自分が忌々(いまいま)しくなり、思わず床に手をつき項垂れた。


(……先に進めない)

 狐丸の言うことを聞いてばかりではダメだと、自分を叱責する。このままだと、威厳すら地の底である。


 床についた手をぐっと握りしめ、澄真(すみざね)は低く唸った。

「……いつまでも、下手(したて)に出てると思うなよ……」


 どす黒い気を感じて、狐丸がビクッと身を強張らせる。

「す……すみ……」

 不安にかられ、狐丸が澄真(すみざね)の名を呼ぼうとする。

 しかし、その名を呼び終える前に、澄真(すみざね)(しゅ)を唱えた。

「『捕縛』!」

「!」

 

 言い終えると同時に、狐丸の左手の捕縛紐が長く伸び、体に巻き付いた!



 ──しゅるしゅるしゅる……!



 縛られた反動で、床にごろんと寝そべる。

「ぐぁ……っ!」

 捕縛紐の威力が強い!

 引きちぎろうとしても、切れない。

 それどころか、暴れるほどに、じわじわと締まってくるようだ。

「……ぐぅ」

 苦しさに、顔を歪める。

 

「こ、こらっ! 澄真(すみざね)! 手荒な真似をするから嫌われると、あれほど言っておろうがっ」

 瑠璃姫が牙を剥く。

 それに対し、澄真(すみざね)は、静かな黒い気を発し、瑠璃姫を()めつける。

「!」

 あまりの威圧に、瑠璃姫もたじろいだ。

(……っ。こいつ……)


 澄真(すみざね)は、瑠璃姫を一瞥すると、縛られた狐丸を肩に担ぎ上げる。

 その姿は、まさに悪鬼。

 こいつはただの妖怪より質が悪い……と、瑠璃姫とタマが言葉を失う。


「……既に嫌われてるのに、今さら怖いものなどあるものか……」

 呟きながら、苦しさに顔を歪める狐丸を担ぎ、すたすたと歩き始めた。


「ま、待て! どこへ連れていく気だ!」

 瑠璃姫の言葉に、澄真(すみざね)がピタリと止まる。

 振り返ると澄真(すみざね)は、ゆっくり答えた。


「どこ? 分かってるだろ? ()()()だ……!」

 言いながら、再び歩を進める。

「しばらく借りる。宴が無事に終わったら、返しに来る」


「……」

 狐丸は思ってもみなかった展開に、澄真(すみざね)の肩の上で目を白黒させていて、使い物にならない。

 かといって、タマが本気の澄真(すみざね)に勝てるわけもなく、瑠璃姫はどうしたものかと思案する。


「瑠璃姫さまぁ……」

 タマのすがるような声が近くで上がる。

 助けるのならば、山を降りきる前に手を下さねば、結界に阻まれ、その後は手が出せない。

(……しかし)

 と、瑠璃姫は思う。

 

 少なくとも、澄真(すみざね)は狐丸に好意を寄せている。

 今は誘拐紛いの行動に出てはいるが、その行動の理由が、分からない訳でもない。

「……」


 狐丸は九尾になりたいと言って、瑠璃姫の傍を離れないが、九尾になることは、狐丸の不幸への道でもあることを、瑠璃姫は知っている。

「瑠璃姫さま?」

 タマが不安げに、瑠璃姫を仰ぎ見る。

 瑠璃姫は、少し哀しげに笑って、タマの頭を撫でる。


「大丈夫。狐丸は大丈夫だから……」

 撫でていると、タマがゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

 その様子に、くすりと笑う瑠璃姫。


(……そうだ。結局のところ、一番安全なのは澄真(すみざね)の傍なのだから……)

 瑠璃姫は、黙って見送ることにした。

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[良い点] 7/7 ・すげえ! ラブだ!! ラースとは違うのだ!!  ああ〜すきこれ [気になる点] >こんな状態で、どうやったら下げ美豆良みづらなど、結えるというのだろうか……。  なんじゃこ…
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