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月の手毬 (月星雪✻②✻) 上巻  作者: YUQARI
第一章 捕獲と準備
6/32

悪者

「今のは、澄真(すみざね)が悪い!」

 瑠璃姫がキッパリと言いきる。

「な……っ!」

「私も、そう思うニャ!」

 うんうん。と、タマが同意する。

「そもそも、狐丸は『白い』のだ。それを止めろとは、どうゆう了見か……?」

 瑠璃姫が澄真(すみざね)を睨む。

「うぐ……」

 澄真(すみざね)が言葉に詰まる。


「どういう了見かと言われても……」

 返答に困る。

 瑠璃姫の腕の中で、狐丸が様子を伺っている。

「……」

 瑠璃姫は、黙り込む澄真(すみざね)に畳み掛ける。

「おまえだって、自分の容姿には、さんざん悩まされただろう?」

 眉間にシワを寄せる。

「……う」

 澄真(すみざね)は、言い返せずに唸る。


 澄真(すみざね)は、狐丸程ではないが、生まれつき色素が薄い。

 色素が薄ければ、見鬼(けんき)の才があると言われ、陰陽の家系であれば喜ばれるところだが、残念なことに、澄真(すみざね)の家系は陰陽にはかすりもしない、武道派の家系だった。

 色素の薄い澄真(すみざね)は、その見た目だけで判断され、軟弱者とよく言われたものだ。

 しかも、色素が薄いだけならば良かったのだが、澄真(すみざね)()()は灰色。薄茶であれば、少ないながらも他にもいるのだが、灰色となると、老人しかいない。

 おまえは燃えカスだと(なじ)られた。

 子ども心に、深い傷をその身に刻まれた。


「……」

 自分の幼い頃と、目の前で涙を溜めて、こちらを見つめている狐丸とが重なった。

「すまなかった……」

 澄真(すみざね)は、素直に頭を下げる。

 しかし結局、なんの解決にもなっていない。振り出しに戻ったわけだ。無駄な時間を過ごしてしまった。

 澄真(すみざね)は頭を抱えた。


「……。ううん。いいんだ……」

 しょんぼりして、狐丸は呟く。ふわふわの耳が、力なく垂れている。

「……」

「確かに、白くて色がないのは物足りない……。僕だって、いつも瑠璃姫さまやタマが羨ましくて仕方がない……」

 その呟きに、タマが驚く。

「そんニャに綺麗ニャのに!?」

 タマの驚きに、狐丸は自虐的に笑う。

「タマは可愛いから羨ましい。みんなから好かれているし。……僕は少なくとも澄真(すみざね)には嫌われているし……」


 狐丸の言葉に、瑠璃姫とタマがそれはない……とばかりに、頭を振る。

「僕、生まれたときから、みんなに嫌われてて……。遊ぼうとすると、みんな逃げちゃうんだ……」

 狐丸の言葉に、瑠璃姫とタマは納得する。

 それはそうだ。妖怪だから。

「……だから、ここに来て嬉しかったんだ。瑠璃姫さまもタマも和尚さまも、僕を怖がらない」

 にこりと、本当に嬉しそうに笑う。

 その笑顔を見た誰もがほわんと、幸せな気持ちになる。


「僕は例え澄真(すみざね)に嫌われていても姫さまとタマがいるから平気! だから、いいんだ」

 吹っ切れたように笑うと、目をつぶって意識を集中させる。

「!」

 みるみる白かった髪の毛が黒く染まる。

 髪の色だけでなく、狐耳と尻尾も跡形もなく消え、着ていた水干(すいかん)にも淡く沈香茶(とのちゃ)色に染まる。


 沈香茶(とのちゃ)は灰色がかった青緑色で、殿茶とも書く。

 目上の人に合う時に使っても問題のない色……という思いも含まれているのだろう。

 また、沈香(じんこう)は香木の一種で、特に質のよいものは伽羅(きゃら)と呼ばれる。香木で染め物をすることもあるが、値が張るので、一般には出回らない。


 狐丸がそこまで考えて、色を選んだとは思えないので、ここは単に、落ち込んだ今の気持ちを表した色なのだろう。

「……」

 瑠璃姫は、横目で澄真(すみざね)を見て、肘でつつく。

「おい。おまえは何も言わなくていいのか……?」

 狐丸が目を開ける。

 夜の海のように、深い黒。

「……」

 見慣れた色がついたからか、澄真(すみざね)の心は幾分落ち着くが、反対に胸が痛い。

 瑠璃姫の言葉も、突き刺さる。

「……すまない」

 項垂れ、再び謝る澄真(すみざね)に、瑠璃姫はため息をつく。

「そうじゃなくて……」

 澄真(すみざね)が、素直になる日は来るのだろうか……?

 瑠璃姫は頭をかかえた。



   ◆◇◆◇◆



 鉄鼠(てっそ)玉兎(ぎょくと)姮娥(こうが)が屋敷に忍び入る話し合いをするずっと前、三人は山の奥深く、幻月(げんげつ)童女の祠に入り浸っていた。

「童女さまは、今日もいらせられぬのか?」

 言いながら姮娥(こうが)は、残念そうな顔をする。

「そう急くな。童女さまは、この前来られたばかりではないか」

 鉄鼠(てっそ)が呆れた声を出す。


 幻月童女(げんげつどうじょ)はまだ幼い五歳くらいの童女に見えるが、実際のところ、この三人の監視役である。実際に幼い訳はなく、ずいぶんと長い年月を、この三人と共に過ごしている。

 普段は月の影に隠れており、姿を見ることは出来ないのだが、時々この祠で、三人に会うのが慣例となっていた。

「童女さまは、お体が弱いのですから、そう何度もお会いできるはずもないでしょう」

 そうは言うが、玉兎(ぎょくと)も残念そうだ。


 途中から仲間に加わった鉄鼠(てっそ)には、そのような感情はないのだが、二人からしてみれば、長い時を過ごした家族のようなものかも知れない。

 少し、羨ましくも思う。


 幻月童女(げんげつどうじょ)の祠は森の奥深く、人であれば到底たどり着くことの出来ない谷底の、洞窟の奥にある。

 洞窟の前は滝になっており、ただ見ただけでは、洞窟の存在は分からない。

 たとえ、分かったとしても、内部にある無数の横穴のお陰で、祠まで到達するのはまず無理である。


 祠のある場所には大きな縦穴が開いており、どういう仕組みになっているのか、月の光を満遍(まんべん)なく取り入れ、いつも煌々と輝いている。


 祠は象牙色の石で造られていて、意外に大きい。

 牛と同じ大きさの鉄鼠(てっそ)五匹分が、楽々と寝そべることの出来る広さ、と言えばその大きさが知れよう。

 雨が降った日などは、用もないのに、わざわざここへ来て、雨風をしのいだものだ。

 祠の中央には、大人の背丈程の台座があり、そこには『月の手毬(てまり)』と言うものが鎮座している。



 ──ここへ来たら、必ずこの手毬で遊べ……。



 幻月童女(げんげつどうじょ)は、微笑みながら三人にそう言った。

 中央にあるのだから、御神体ではないだろうかとも思ったが、童女がいいと言うのだからいいのだろう。三人は、始めこそおずおずと触っていたが、今は祠へ来た途端に、手毬の争奪戦が始まる。


「きょ、今日は(わたくし)が一番にここへ来たのです! (わたくし)が……」

「いいや、私……」

「オレだ! オレが先だ!!」

 ドタバタドタバタと取り合いが始まる。


 『月の手毬』は不思議な色で、その名の通り、月のような輝きをしている。

 自ら光を出しているのか、それとも月の光を反射しているのか、三人が遊ぶと、いつも得も言えぬ白銀の光をその身に宿す。


 しばらく投げて遊んでいると、その光は大きくなって、最後は月へ吸い込まれて消えていく。始めの頃は、童女さまからの預かりものをなくしてしまったと慌てたが、童女はカラカラと笑った。いづれ、また現れると……。

 その言葉通り、手毬はいつの間にかその台座に現れ、遊んでもらえるのを待っていた。遊ぶと消えるが遊ばなければ、消えていくことはなく、その場にただただ鎮座する。

 置かれているときの手毬は、銀糸で縫った見事な、ただの毬……。


 ポーンポーンと投げながら、玉兎(ぎょくと)が呟く。

「……童女さまと、一緒に遊べたらいいのに」

 言いながら、白く長い耳を下に垂らす。

 ボールを受け止める度に、その耳が揺れ、愛らしい。牛の化け物のような鉄鼠(てっそ)には、少し羨ましい容姿だ。

「……仕方ありませんわ。手毬には触れられないと言うのだから」

 姮娥(こうが)はその細く白い指先で手毬をつかみ、投げ返す。

 ポーンと飛んできたその手毬を、鉄鼠(てっそ)が自分の鼻面で、ぷひっと投げ返す。

「……」

 どうも自分には、可愛さに欠けているような気がする……鉄鼠(てっそ)は複雑な表情を見せた。


「一度でいいから、遊んでみたいものだ……」

 大きな巨体を揺らし、鉄鼠(てっそ)が呟く。

 手毬が一番似合うのは、やはり幻月童女(げんげつどうじょ)であろう。玉兎(ぎょくと)がいくら可愛いと言っても、ウサギの妖怪。人の幼子の姿には負けるだろうと、鉄鼠(てっそ)は思う。

 

「おお! あなたもそう思いますか……っ!」

 玉兎(ぎょくと)が嬉しそうに声をあげる。

「きっと、可愛らしいことでしょうね……」

 姮娥(こうが)がうっとりと、目を細める。

「あの柔らかそうな小さい手が、毬を握っているところなど、想像するだけで、震えが止まりませんわ」

 ぶるるっと震えながら、言葉を続ける。


(いや……それは危ないな……)

 鉄鼠(てっそ)が見ないふりを決め込む。

 黒くたおやかな黒髪に白い肌。黙っていれば、相当な美女なのだが、姮娥(こうが)はどこか残念な存在だ。

 その残念な思考のお陰で、天帝からガマガエルにされてしまったのだが……。


「あ……」

 不意に、玉兎(ぎょくと)が悲しげな声をあげた。

「!」

 手毬が月へ吸い込まれ始めたのだ。

 姮娥(こうが)が、手毬をつかもうと手を伸ばすが、毬はそれをすり抜け、光の粒子となって薄く細く消えていく。

「……」

 いつも三人は、黙って毬を見送る。

 明るく楽しかった幻月童女(げんげつどうじょ)の祠は、急に暗く寂しく、心なしか寒く冷えてくる。


「次は、童女さまも来るだろうか……」

 暗闇で、誰かが呟いた。

「あの手毬のように、消えはしまいか……」

 不吉な呟きだった。

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[良い点] 6/6 ⛩おあー、あー、ヘタレどもめ。  なんとなく、思うんです。素直に告白しても通らないなぁと。 [気になる点] ⛩月に吸い込まれていくの好き。  なーるーほーどー。異世界っぽいです …
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