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月の手毬 (月星雪✻②✻) 上巻  作者: YUQARI
第一章 捕獲と準備
5/32

支度

 ひとまず、洞窟の中では宴へ行くための『支度』はできない。

 一行は本堂の方へ移動することにした。

 しかし移動するには、今の狐丸だと大きすぎて、洞窟の通路が進めない。

『……』

 不愉快そうに狐丸は目を細め、澄真(すみざね)を睨む。

 何でこんなやつの前で変化(へんげ)しなくちゃいけないんだ、と言わんばかりである。

「……(あやかし)だと、もう分かっているから、隠す必要はない。変化(へんげ)しても構わないぞ……?」

 澄真(すみざね)の言葉に、グルルと鼻にしわを寄せる狐丸。

 人形(ひとがた)をとるのに、どれだけ大変な思いをしたと思っているのだろう?

 今までの苦労は、いったい何だったのか……。

《あんなに一生懸命、練習したのに……》

 ギリギリと歯ぎしりをする。

 よほど不快なのであろうが、仕方がない。狐丸は諦めたように、その場でピョンと跳び跳ねた。



 ──ぽんっ!



 軽い音を立てながら、人形(ひとがた)をとる。

『っ! ……狐丸。おまえは……』

 人形(ひとがた)をとった狐丸に、瑠璃姫が呆れた声を投げ掛けた。


 どうにも澄真(すみざね)が、気にくわないのだろう。

 あんなにも頑張って、髪と瞳の色が漆黒の人間に、変化(へんげ)出来るようになったというのに、今の狐丸は全てが真っ白である。

『……』

 それだけではない。

 普段は隠すはずの妖怪紋まで、狐丸の左頬に赤く現れている。


 明らかに澄真(すみざね)をバカにしている。

《……澄真(すみざね)に妖怪の常識が通用するものか……》

 妖怪紋とは、妖怪ならば誰もが顔に持っている。個々を特定する紋。

 それは傷のような紋様であるうえに、自分の弱点ともなりうるので、普通は見せない。

 (あやかし)の世界では、その紋を見せることは、『弱点を見せてもおまえには勝てる』という意味になり、相手を侮辱することと同じなのである。

 しかし憶測を見誤り、返り討ちにあった者も多くいるのも、また事実。

 実は暗黙の了解で、『妖怪紋を見せるのは、ただの阿呆』とも言われている。

《……狐丸は、ただの阿呆だ。……間違いない》

 瑠璃姫はそっぽを向き、見なかったことにする。


 しかし、妖怪の常識が通用しない澄真(すみざね)にとっては、特殊な化粧にしか見えない。白い肌に刻まれた紅色の妖怪紋は、怪しく浮かび、目を見張るものがあった。


 白銀の長い髪に、夜明けの太陽のような金の瞳。

 頭にはちょこんと白い狐の耳。後ろには、二つに割れた大きな狐の尻尾が揺れている。


 捨て鉢になっているのだろう。

 着ている水干(すいかん)ですらも、真っ白。

 髪すら結んでおらず、白銀に輝くたおやかなその髪は、座っているためか床に流れ落ちるままにしている。

 ぷいっと横を向いたその仕草に、むかつきを感じるどころか、むしろ愛らしさが募る。

「……」

 澄真(すみざね)は、初めて見る『白い』狐丸に驚いて目を見張る。


《……逆効果だ。あほ……》

 瑠璃姫が呆れたように、狐丸を見た。


「……茶色の髪ではなかったのだな」

 澄真(すみざね)の驚いた声が響く。

 嫌な響きなど微塵もない。むしろ、好感を持っているのが分かる声色だ。

『……』

 澄真(すみざね)が嬉しそうに目を細める。

 狐丸は、そんな澄真(すみざね)の反応に、少し面食らう。

(……嫌がられると思ったのに……)


「前に見たときは、薄茶の髪に琥珀色の目をしていたが……?」

 首をかしげ、優しく問う。

 優しく問われ、狐丸は大人しくなる。妖怪紋も、波が引くように消えていった。


 澄真(すみざね)の言葉に、狐丸は思い出す。

 そういえば、耳も尻尾も必死になって隠そうとした。髪や目の色も、黒色になるようにたくさん頑張ったけれど、なかなか黒く染まらず、薄茶色が精一杯だった。

「……僕は白狐だから」

 むすっと拗ねたように言う姿が、澄真(すみざね)にとっては、逆に興味をそそる。

(拗ねているのに、律儀に説明するとか……っ)

 先ほどのバカでかい白狐と、同じ生き物だというのが信じられない。


(どうにかして、連れて帰れないものか……)

 澄真(すみざね)は真剣に考える。

 しかし、ここは慎重に進めるべきだ。

 急ぎすぎると、ろくなことがない。

 現に澄真(すみざね)は、狐丸に嫌われている……。


「……はぁ」

 気持ちを切り替える必要がある。

 澄真(すみざね)は大きくため息をつくと、言葉をかけた。

「……ひとまず、ここを出よう」

『……』

 瑠璃姫が哀れむように、狐丸を見た。



 ◆◇◆◇◆



 洞窟から出て、本堂に移った一向に、澄真(すみざね)が狐丸に言葉をかける。

「狐丸。まず、着ているものを変化させてもらう。気楽な宴だと言われてはいるが、さすがに水干(すいかん)では気楽過ぎるからな」

「着物を変化……?」

 狐丸が(いぶ)かしげに訊ねる。 

 それに頷く澄真(すみざね)


「……」

 しかし狐丸は、今着ている服装しか知らない。

 これは困った。

 困惑の色を浮かべる狐丸をよそに、澄真(すみざね)は話を進める。

「今着ている水干(すいかん)から、半裾(はんきょ)に変えて、……色はそうだな……」


「ま、待って! 待って!!」

 狐丸が慌てて澄真(すみざね)を呼び止める。

 トントンと話を進める澄真(すみざね)に、狐丸が呻く。

 話が見えない。半裾(はんきょ)が何なのか分からない。


「……ん?」

 澄真(すみざね)が首をかしげながら、狐丸を見る。

「どうした?」

 不安げに澄真(すみざね)を見上げる。

「……『半裾(はんきょ)』って何?」

 耳を伏せながら訊ねる狐丸。

 くりくりと大きな金色の目が、澄真(すみざね)を捕らえる。

 目を合わせたことなど、ほとんどない。

 しばし、その目に見入る。


「……」

 澄真(すみざね)は、少し考える素振りを見せつつ、狐丸の仕草を堪能する。

(見事に真っ白だな……)

 髪が白いだけではない。

 その長い睫毛(まつげ)も白く、儚げな印象を受ける。

 見ているだけで、胸が高鳴る。

(あぁ、……なんでこんなに、可愛いのだろう……?)

 澄真(すみざね)は、灰色がかった自分の目を細めた。

 出来ることなら、ずっと見ていたい。


「……そう、だな。どう説明したものか」

 などと(うそぶ)いて、時間を稼ぐ。


(私は、何を言っているのだ……)

 半裾(はんきょ)の説明など簡単なことだ。

 それを引き伸ばすとは……。


 じーっと見とれていると、痺れを切らした狐丸が、声をかける。

澄真(すみざね)……?」

「!」

 不意に名を呼ばれ、澄真(すみざね)の肩が揺らぐ。

 ことりと小首をかしげて覗き込む。

 白銀の髪が、さらりと溢れる。


(『澄真(すみざね)』!?)

 顔が熱くなるのが分かる。

 自分の名を、狐丸が口にする日が来るとは、思いも寄らないことだった。


 あぁ、やっぱり連れて帰りたい。

 どこで間違ってしまったのだろう。そもそも、狐丸(きつねまる)に嫌われるような言動をしたわけでも、酷いことをしたつもりもない。

 敢えて言うなら、捕縛紐を投げ掛けた事くらいだが、それなりのフォローはしたつもりだ。


「……」

 しかし、いくら考えても後の祭り。狐丸は既に、自分の事を嫌っている……。

 そう思いながら、また溜め息をつく。


「あ、あぁ……半裾(はんきょ)だったな。……半裾(はんきょ)は、今私が着ている狩衣(かりぎぬ)を、子どもが着れる大きさにしたものだ」

 言いながら、顔をあげる。

 狐丸が、なるほどと声をあげる。


「……ただ、袖括(そでくく)りの()が、複雑になる。半裾(はんきょ)は二色の紐を使い、網目をつけながら織り込んでいくから……。こればかりは見本がいるな……」

 澄真(すみざね)は唸る。


 自分が子どもの頃に使った半裾(はんきょ)がまだあるはずだ。それを持ってくればよかった。

 ……しかし身内に、この状況を知らせるのも面倒だ。


 澄真(すみざね)の脳裏に、絢子(あやこ)の顔が浮かぶ。

「……」

 絢子(あやこ)澄真(すみざね)の乳母である。

 幼い頃から使えている絢子(あやこ)に知られれば、狐丸の支度もすぐに終わる。しかし、この状況を見たら絢子(あやこ)になんと言われるか……。


 澄真(すみざね)は軽く頭を振る。

(絢子(あやこ)に知られるのは、もっての他だ……)

 嫌な予感しかしない。


 そんな澄真(すみざね)を見ながら、狐丸は頷く。

「ん……。ひとまず、やってみる」

 言いながら口から青い鬼火を細く吐きながら、今着ている水干(すいかん)に吹き付けた。

 するとみるみる狐丸の衣装が、半裾(はんきょ)へと変化する。

 その様子に、澄真(すみざね)が感心する。

「鬼火か……。なかなか便利だな」


 言われて、狐丸の機嫌がよくなる。

「でしょ?」

 ふわりと微笑む。

 細められた目から、金色の光が溢れる。

「!」

 どくりと心臓が鳴る。

 思わず狩衣の胸元を掴んだ。

(……心臓に悪い……)

 こんなにも近くにいるのに、触れようとすれば逃げてしまう。

(いったい、私は何をしているのか……)


 落ち込みながら、灰色がかった目を伏せた。出来るだけ、見ないようにする。

「……次は髪型だ。下げ美豆良(みづら)にする」

「……下げ……下げ……。なに?」

 狐丸の言葉に、顔をあげる。

「下げ美豆良(みづら)だ……。瑠璃姫」

 言いながら瑠璃姫を見る。


 自分が狐丸に関わりすぎると、精神衛生上よくないと理解し、瑠璃姫に助けを求める。が。

「……すまぬが、(われ)も、その下げ美豆良(みづら)とやらは知らぬ……」

「……」

 そのまま、いない振りを決め込んでいたタマに目をやる。


 タマは澄真(すみざね)に見つめられ、ビクッと身を強ばらせる。

「ニャっ! タ、タマもそんニャの、知らニャいニャ……!」

 言われて眉間にシワを寄せる。

(……この役立たずどもめ)

 澄真(すみざね)が心の中で悪態をついた。

 

 こうなっては仕方がない。澄真(すまざね)は決心して、狐丸を見る。

 このままでは、心の冷静さが保てない。


(もう、いっそ、本当の事を言ってしまおう……)

 話を進めるに従って、狐丸の心もほぐれて来たようにも思う。

 今なら少しは、自分の気持ちを受け入れてくれるかもしれない……。

 澄真(すみざね)はそう決心して、狐丸の名を呼ぶ。


「……狐丸」

 低く呼び掛け、狐丸の目を覗き込む。

「……ん?」

「……」

「? ……何?」

 無邪気な目が痛い。澄真(すみざね)は少しだけ怯みながらも、言葉を続ける。


「……伝えたいことがあるんだ」

 呻くように呟く。

「うん……?」

 首をかしげる狐丸。

 真剣な澄真(すみざね)の様子に、瑠璃姫とタマが沸き立つ。

 これは、ついに……っ!

 ワクワクと澄真(すみざね)の次の言葉を待つ。

 澄真(すみざね)は、軽く目を閉じると、息を吐いた。

(言うぞ……っ)

 キッと顔をあげると、遠慮がちに……しかしはっきりと、狐丸に告げる。



 ──……色を……黒くしてくれ……!



「……」

 ガクッとその場に崩れる、瑠璃姫とタマ。

 そじゃない。そーじゃないだろ!? とぼやく二人。


 一方、狐丸は真っ青になって澄真(すみざね)を見た。

「……? 狐丸……?」

 青ざめている狐丸に、澄真(すみざね)が心配して声を掛ける。


 狐丸はふるふると震えている。

(……やはり、無理な注文だったか?)

 内心焦りながら、澄真(すみざね)は狐丸を覗き込む。

 

 妖怪の事情はよく分からないが、おそらく自分の色にない色を、作り出すのには骨が折れるのだろう。以前も、完全な黒い髪を再現できなかったために、薄茶の髪と目の色だったのだろう。

(酷なことを言ったか……?)

 澄真(すみざね)は、自分の言葉を後悔する。狐丸の表情は、既に顔面蒼白と言っていい。

 狐丸は声を震わせながら、どうにか声を振り絞った。


「ぼ、僕の色が、気にくわないって言うの……?」

 眉間にシワを寄せながら、呟く。

 その言葉に、澄真(すみざね)の頭の中が白くなる。

「え? ……いや、そ、そうじゃなくて……」

 慌てて否定するが、狐丸は聞いていない。


「僕が、僕が、白いから今まで意地悪してたんだね……!?」

 目に溢れんばかりに涙を溜める。

(どうしてそうなる……?)

 澄真(すみざね)は狐丸の涙を見て、おろおろと手を伸ばす。


「ち、違う。そうじゃなくて……っ」

「あ~あ。ニャ()かせたー。……澄真(すみざね)ニャ()かせたー」

 タマまでもが、冷たい目線を寄越す。

 言葉が棒読みである。

 タマは、先程の裏切りの仕返しとばかりに、助け船どころか、泣き出す狐丸を煽る。

(告白するかと思ったニャ……)

 ムスッとタマが膨れる。

(余計なことを……っ)

 そんなタマに、澄真(すみざね)は唇を噛んだ。


「僕が……、瑠璃姫さまみたいな黒孤だった方がよかったんだ……」

 ポロポロと静かに涙を流す。

 泣きながら、瑠璃姫にすがりつく。

「……狐丸」

 悲しげな澄真(すみざね)の声が響いた。

(何故そこでまた、瑠璃姫なんだ。こっちで泣けばいいのに……)


 残念そうな澄真(すまざね)を横目で見て、瑠璃姫がため息をつく。

澄真(すみざね)……おまえも、難儀だな」

 狐丸の頭を撫で撫でしながら、瑠璃姫が呆れた声を出した。

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[良い点] 5/5 ・おおう、ニヤニヤが、ニヤニヤニヤニヤげっほげほ、くそう [気になる点] すみさん、狐丸、あーもー可愛いやつらめ [一言] いいぞもっとやれ
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