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月の手毬 (月星雪✻②✻) 上巻  作者: YUQARI
第一章 捕獲と準備
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説得

 黒狐寺(こくこじ)の地下には、瑠璃姫を封じた洞窟が存在する。

 ひんやりと冷たいその空間は、瑠璃姫の成せる技であって、けして封じられている者を罰するためではない。

 九つのうち、八つの尾が壁に穿たれてはいるが、瑠璃姫が不便だと思ったことは一度もない。

 穿たれなかった一本の尾のお陰で、自由に動き回れるのだから。


 しかし、今日ほど自分の身の上が呪わしく思ったことはない。

(九つ全ての尾が自由であったのならば、吉昌(よしまさ)などには遅れを取らぬものを……)

 瑠璃姫は、口惜しげに自由に動かせる尾を振った。

「……! 瑠璃姫さま……?」

 瑠璃姫の苛立ちに気づいて、狐丸が不安げな声をあげる。

「どうかしたの? 結界を張った者が誰なのか、分かりましたか?」

 言いながら、既に可愛らしいとは言えなくなった巨大な首を、ことりと傾げる。


「あぁ、すまない。心配をかけてしまったな……」

 困ったように、瑠璃姫は呟いた。

「何も問題はない。……結界は、澄真(すみざね)の仕業だった」

澄真(すみざね)……!」

 呟いて狐丸はグルルルルと唸り声をあげる。


「あいつは、いつも僕を捕まえようとする。今回もまたそうかも知れない」

 唸りながら狐丸は立ち上がる。

 黒狐寺に来たばかりの頃は、大人の膝に収まるくらいの大きさだったのに、今や大人四人分くらいの大きさに成長している。

 体の大きさで言うならば、もうすぐ瑠璃姫と同じ大きさである。

 しかし、それは見た目であって、()()ではない。狐丸自身は、まだまだ幼い。


(……成長が早すぎる)

 いくら妖怪と言えども、早すぎる成長は体の負担になりかねない。

 瑠璃姫は狐丸が心配だった。

 体の成長に伴い、二尾になったその尾は、もうすぐ三尾になろうとしている。何故こんなにも成長が早いのか。

 妖怪を食べたからだろうか?


 狐丸は以前、人の子どもを救うために宗源火(そうげんび) と言う妖怪を食べてしまった。そこから一尾だった尾が二つに割れ、二尾となった。

(……いや、その前に(われ)の鬼火を食うたのであった……)

 瑠璃姫は思い出す。

 夜に寺の敷地に、守りの鬼火を焚いていたのだが、狐丸が何を思ったのか、それを食べてしまったのである。

 体が光って困ると言って、泣きついて来た。


 妖怪が同族を気にかけるなど、あまりあることではないのだが、自分の身の上と狐丸の未来が重なる予感がし、放り出すことが出来なかった。

 表面の光っている部分は、舐め取って消すことが出来たが、それは表面上のことで、体の中の変化までは手が出せない。


(全ては、(われ)のせい……)

 瑠璃姫は、ゆっくりと目をつぶると、狐丸に呼び掛けた。


「狐丸……。少しは落ち着け……」

「……! でも、瑠璃姫さま……!」

 非難の声をあげる。

 狐丸は澄真(すみざね)が好きではない。

 大好きな瑠璃姫を封じた者。

 自分を攻撃してきた者。


 狐丸は、ちらりと自分の左腕を見る。

 未だ捕縛の紐は取れていない。

 呪詛(じゅそ)を含んだその捕縛紐から受ける攻撃で、一時は腕がもげるかと思った。それどころか、もしかしたら、あれは死にかけていたのかもしれない。

 それを助けてくれたのは澄真(すみざね)ではあるが、そもそもの原因もアイツなのだ。絶対に許せない。

 捕縛紐も取ってはくれず、未だに狐丸を捕まえている。気持ち悪くて仕方がない。


「狐丸……。おまえの気持ちも分からぬでもない。しかし、アイツなくしては、おまえを救う術がない」

 悲しそうに言葉をかける。

 狐丸は瑠璃姫が捕縛紐のことを言っているのだと、勘違いをした。

「瑠璃姫さま。僕はアイツの手を借りるくらいなら、救われなくとも平気です。僕の力でどうにかしてみます」


 狐丸の言葉に、瑠璃姫は青くなる。

「それはならん。おまえでは()()には勝つことは出来ぬ……」

 瑠璃姫の()()とは、当然吉昌(よしまさ)の事だ。しかし、狐丸は左手の捕縛紐の事だと思っている。


 うぐっと息を呑んで、地べたに伏せる。

「……確かに僕は陰陽師の力には勝てない……」

 耳を伏せながら呟く言葉に、瑠璃姫は可愛そうで仕方がなかった。

「狐丸……」

 耳を伏せながら瑠璃姫は呟いた。

「悪いようにはせぬ。ひとまず、しばらくは澄真(すみざね)の言うことをよく聞くのだぞ?」

「……それは僕に式鬼になれと言っているのですか……?」

 くぅんと、鼻をならしながら瑠璃姫を見上げる。


「……。いいや、そうではない」

 本来なら澄真(すみざね)の式鬼になるのが、安全なのかもしれないが、それも絶対ではない。

 人の心は移ろいまさい。

 今は狐丸に執着する澄真(すみざね)も、どうなるか分かったものではない。

 今回は吉昌(よしまさ)から、逃れられるのであればそれでいい。


「今回だけだ。今回だけ、澄真(すみざね)の言うことを聞いて欲しい……」

 悲しげな瑠璃姫の懇願に、狐丸は折れるしかない。

「……分かりました。今回だけならば……」

 狐丸は、瑠璃姫の傍らで、静かに座った。


「る、瑠璃姫さま! 澄真(すみざね)が来たニャ!」

 転がるようにタマが、洞窟へ降りて来た。

「タマ、僕の後ろに隠れてて……!」

「分かったニャ……!」

 素早く狐丸の後ろに下がった。




   ◆◇◆◇◆



 本堂の入り口に差し掛かったとき、澄真(すみざね)は小さな三毛猫を見た気がした。

(……タマか?)

 タマはすぐに阿弥陀如来像の裏に消え、見えなくなる。

 恐らく瑠璃姫に、澄真(すみざね)の到来を知らせに行ったのだろう。

「……はぁ」

 澄真(すみざね)はため息をつく。


 あの狐丸の事だ。

 瑠璃姫が何を言っても、自分に懐く事はないだろう。

 いやむしろ、瑠璃姫に言われて懐かれても、悔しさしか残らない。

「……」

 いったい自分はどうしたいのか……。

 大きく息を吐く。

 ……先程から、ため息しかでない。


(考えても仕方がない……)

 洞窟へ続く通路を降りていく。

 下から冷気が漂う。


 黒狐である瑠璃姫の能力は、冷気。

 冷気を操り、人にあだなすとされているが、実際は違う。

 瑠璃姫が人を襲ったことなど、一度もない。

 陰陽師として、国の中枢にいる澄真(すみざね)は知っている。どの文献を見ても、瑠璃姫が暴れた記述は見つからない。

 実際、暴れた事などないからだ。

「……」


(考えるだけ、無駄か……)

 狭かった通路を降りきってしまうと、開けた空間に出る。

 中は鬼火が飛び交い、比較的明るい。

 壁に穿たれた黒狐と、その前に鎮座する白狐。

「……!」


(……また、成長した……!?)

 しなやかな白銀の体は、大人の四倍程あると思われる。

 息をする度に漏れる青い狐火に、澄真(すみざね)が圧倒される。静かに見下ろす金色の目は、何もかもを見通せるのではないだろうか?


 狐丸はゆっくりと立ち上がると、澄真(すみざね)に向かってグルルルルと軽く威嚇する。

「!」

 思わず気圧され、澄真(すみざね)は懐の捕縛紐をつかむ。

(……っ。怯むな。負けるわけにはいかない)

 そう心を叱咤する。

 すると頭上から、咎める声が降ってきた。

『……やめよ。狐丸』

 低く(いさ)める声。

『……』

 瑠璃姫であった。


 白狐は少し黒狐の方を見やると、くぅん鼻を鳴らし、地へ伏せる。

 伏せると同時に、その金色の目も静かに閉じた。

「……っ」

 目の前で伏せられ、澄真(すみざね)の胸が高鳴る。

(……うわっ。ふわふわ……)

 思わず、その毛並みに手を這わせる。

『……っ』

 撫でられて、狐丸は少し目を開ける。



 ──くすぐったい……。



 ウズウズと体を動かしている。

 しかし澄真(すみざね)は気づかない。

 思っていた以上に、柔らかい毛並みに、純粋に驚いている。

『……』


 体が大きいわりに、毛が細い。

 綿毛のようなその毛並みに、澄真(すみざね)は驚く。夢中になって、撫で回していると、白狐が口を開く。

『うわーん……くすぐったいよぅ……』

 首をもぞもぞさせて、大きな耳をパタパタと振る。二本の尻尾がくねくねと動いた。

「……!」

 見た目と裏腹の幼い声に、澄真(すみざね)は驚いて、手を止める。


『……澄真(すみざね)。狐丸が困っておる。撫で回すのはやめるのだ。……いったい何しに来たのだ』

 瑠璃姫が呆れた声を出す。

 その声に澄真(すみざね)が、ハッと我に返る。

「す、すまない。つい」

 慌ててあやまると、狐丸は金色の目を澄真(すみざね)に寄せて、じっと見つめる。

『で? なんの用なの……?』


 結局のところ、予想していたより瑠璃姫にベタベタしているわけでもなく、自分に懐いているようではなかったため、澄真(すみざね)は、ホッと安堵の息を吐いた。

「狐丸……おまえとタマに、藤見の宴への招待が来ている」

 澄真(すみざね)は、単刀直入に話を切り出す。


『……藤見の宴……?』

 いぶかしげに、首をひねる。

 狐丸の後ろからは、自分の名前に反応したタマが、ひょっこり顔を出す。

 澄真(すみざね)は、覚悟を決めたように、軽く息を吐いて、頷く。


「そうだ。この前、四条河原で宗源火(そうげんび)に襲われていた、子どもを助けただろう……?」

 澄真(すみざね)の言葉に、狐丸とタマは顔を見合せ、こくりと頷く。


「その子どもは、現帝の嫡子敦康(あつまさ)さまだ」

『……え?』

 二人の驚いた声が響く。

「今回の藤見の宴は、敦康(あつまさ)さまが、義母である彰子(まさこ)さまと共に過ごせる、最後の宴となる。そこで、彰子(まさこ)さまが、敦康(あつまさ)さまと縁の深い者をお呼びになるそうだ」

 そこで言葉を切り、二人を見る。


「そこで、敦康(あつまさ)さまの命を救った、おまえたち二人が呼ばれる事になった……」

 困った顔で、二人に告げる。

『え?』

 二人の目が丸くなる。

「……ちなみに、これを断ると、この寺に()()がやって来る……」

 言いながら澄真(すみざね)は遠い目をする。

『……』

 瑠璃姫も目を反らす。

『……』


「そんなわけで……支度をして欲しい」

『……支度』

 狐丸が不安げな声を出す。

 その声を哀れに感じたのだろう、澄真(すみざね)が、慌てて声をかける。

「宴の日は、まだ先なのだが、相手は皇族。普段着で伺うわけにはいかないのだ……」

 言って、二人を見る。

「なので、今から用意をする」

『!』

 急な展開に、狐丸とタマは目を白黒させるしかなかった。

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