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月の手毬 (月星雪✻②✻) 上巻  作者: YUQARI
第一章 捕獲と準備
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方位結界

(今日は、どうしても狐丸に会わなくては……)

 澄真(すみざね)は、黒孤寺の入り口で、山を見上げる。

 普通ならここで、気配を消して山を登るのだが、今日はいつもとは、わけが違う。絶対に狐丸を捕まえる。


 ばっと袖を翻し、護符を八枚取り出す。

急急(きゅうきゅう)如律令(にょりつりょう)! 方位結界」

 言いながら、札を投げる。



 ──びゅおっ!



 札が物凄い速さで、山の四方八方を塞いでいく。

(……狐丸が出掛けている気配はない。ひとまずこれで、ここからは逃げられない)

 ふふふと不敵に笑いながら、澄真(すみざね)は山を登り始める。


 ついでに手には捕縛用の護符を持ち、抜かりはない。

 いつ狐丸を見つけても、手加減なしで捕縛するつもりだ。

(絶対に捕まえるぞ……)


 澄真(すみざね)は本気だった。

(私から、逃げられると思うなよ……)

 かわいさ余って憎さ百倍とは、この事を言うのかもしれない。

 今まで、さんざん逃げ去ってくれた恨みを、ここで晴らす……! どんな気配も逃すものか。

 澄真(すみざね)は心に決めて、山道を行く。


 しばらく山を登って行くと、途中に女が立っていた。

 漆黒の長く美しい髪を後ろに束ね、今日は黒色の着物を来ている。みごとな刺繍が金糸で刺してある。

 女は形の整った眉を寄せ、黒髪をかきあげながら、非難めいた言葉を澄真(すみざね)に投げ掛けた。

「誰かと思えば、おまえか。澄真(すみざね)!」


 ぎっと切れ長の目を細め、睨む。

「四方に結界を張るなど、何の真似だ? ついに帝の犬に成り下がったかっ!」

 グルルルと威嚇をあらわにする。


 なんだ瑠璃姫か、と澄真(すみざね)は瑠璃姫を一瞥(いちべつ)する。

「……おまえには用がない」

 瑠璃姫を見とり、興味なさげなため息をついた。

「……」

 あんまりなその態度に、瑠璃姫はムッとする。

「なんだ、その態度は……」

「おまえに会いに来たのではない。……狐丸はどこだ?」


 澄真(すみざね)の言葉に、瑠璃姫は呆れた声を出す。

「また、『狐丸』か? おまえは他にする事はないのか?」

「……ならば、タマでもいい。とにかくおまえには用がない」

 ひどい言いぐさに、瑠璃姫が不快を示す。


「何故、タマまで探す? 今まで興味も示さなかったくせに……」

 事実、澄真(すまざね)は、タマに興味を示すことなど一度もなかった。

 タマは澄真(すみざね)を目の敵にしていたが、さして気にするような妖怪でもなかった。

 たまに威嚇する事はあるが、悪さをするわけでもない。むしろ、寺の片付けや洗濯など、目の見えない弦月(げんげつ)和尚の手助けをしてくれる。

 ここの寺をいつの間にか根城にしている他は、いたって無害な妖怪なのである。

 瑠璃姫を一心に慕い、役に立とうと頑張っている。

 無害な妖怪まで狩る趣味は、澄真(すみざね)にはなかった。

 そんなタマを澄真(すみざね)が探す日が来るとは、瑠璃姫は思いもしなかった。


 にわかに不安が心をよぎる。

「……何を企んでおる?」

 不安げなその声に、気が立っていた澄真(すみざね)心がいくぶん和らぐ。

 小さくため息をついて、澄真(すみざね)は口を開いた。


彰子(あきこ)さまの宮で、藤の花を見る宴が開かれるのだが……」

 言いながら、心が重くなる。

 普通ならば、澄真(すみざね)が呼ばれる筈もない、やんごとなき方々の宴である。場違いも甚だしい。

 頭を抱えながら、深いため息をついた。

「それに……呼ばれてしまった……」

 吐き出すように呟く。


「はぁ? なんでそんなことになるのだ?」

敦康(あつやす)さまだ……。白狐の件で、敦康(あつやす)さまに関わった為に、こんな大事(おおごと)に……」

 ずどーんと、気分が落ち込む。


「し、しかし、何故あの二人が関わってくる? 二人の正体はバレてはいないのであろう?」

 オロオロと瑠璃姫が声を出す。

 国中を脅かした九尾の狐とは思えないほどの、狼狽(うろた)えぶりに、澄真(すみざね)の顔に、少し微笑みが戻ってくる。


「バレていないはずだったが、何故だか吉昌(よしあき)さまがご存知のようで……」

吉昌(よしあき)!!」

 また大物が出てきた! と言わんばかりの瑠璃姫の様子に、澄真(すみざね)は苦笑するしかない。

「……そうだ。よりにもよって、吉昌(よしあき)さまなのだ……」


 瑠璃姫は青くなる。

 冗談で澄真(すみざね)には、『狐丸を式鬼(しき)にするのは吉昌(よしあき)でもいいのでは』と(うそぶ)いてみたが、そんなことは微塵も望んでいない。

 かの人物は、見た目も物腰も柔らかく、優しい人物に見えるが、妖怪相手にはひどく厳しい。


「……」

「狐丸を連れて行かねば、この寺に今度は吉昌(よしあき)さまが来るのではと、心配している……」

 ぽそりと呟く。


「!」

 なんてことだ、と瑠璃姫は頭を抱えた。

「……確かあいつは妖怪と見れば、無害な者までも、遊び倒して調伏(ちょうぶく)していたヤツではなかったか?」

 瑠璃姫が唸る。


 その言い方に、こめかみを抑えながら澄真(すみざね)は頷く。

「そうだ。吉昌(よしあき)さまは、その非情さで、陰陽頭(おんみょうのかみ)まで登りつめた……」


 実のところ、吉昌(よしあき)には兄がいる。

 占いで物事をズバリと言い当て、地震を予知する逸話まであるのにも関わらず、陰陽頭(おんみょうのかみ)になったのは、弟の吉昌(よしあき)であった。

 二人の父親も、誰もが認める力の持ち主ではあったが、こちらもそこまでの地位を手に入れることは出来なかった。


 何が違うのか……。

 それはひとえに、妖怪寄りであったか、人間寄りであったかに尽きる。

「……」


 吉昌(よしあき)は幼い頃から、二人の優秀な陰陽師に囲まれ育った。

 父も兄も、妖怪が好きで、よく傍に侍らせ遊んでいた。しかし、吉昌(よしあき)は違う。

 大好きな父と兄を妖怪に奪われた……とでも思ったのだろう。吉昌(よしあき)には、それが面白くなかったのである。

 次第に妖怪への関わり方が、おかしな方向へと傾いていった。


「……で、その吉昌(よしあき)に何故かバレた、と……?」

「おそらく……。吉昌(よしあき)さまにも、優秀な式鬼がいるからな。市中の事などお見通しなのかも知れん……」

 はぁ。と瑠璃姫がため息を漏らす。


「連れて行かねば、おそらくここへ来るな……?」

 瑠璃姫の言葉に、あぁ、と頷く。

「確実に来る。……嬉しそうにされていたからな……。あの方が、面白そうな妖怪を見逃すはずはない……」

「……」


 これでは澄真(すみざね)の比ではない。

 式鬼になることを勧めはしないが、吉昌(よしあき)に捕まるくらいなら、いっそ澄真(すみざね)の式鬼になる方が、何百倍もましである。


「……どうすればいいと思う?」

 瑠璃姫が泣きそうな声を出した。

 澄真(すみざね)は眉を寄せ言葉を発する。

「一番いいのは、私の式鬼にすることだが……」

 しかし、と続ける。


「狐丸が、それを望まない」

 瑠璃姫は軽く目をつぶる。

 もはや、そのようなことを言ってる場合ではない。

 しかし、澄真(すみざね)の心は決まっている。


敦康(あつやす)さまが、ああ仰せになったからではないが、無理に式鬼にしようとは思わないのだ……」

 目を伏せながら、澄真(すみざね)が呟く。

 無理矢理ではなく、自ら選んでこちらに来て欲しい……。


「しかし、あいつが宴に行くだろうか……?」

 瑠璃姫が顔を曇らせる。

 その言葉に、澄真(すみざね)は軽く首を振る。

「……行かないだろうな」

 言いながら、息をつく。


「それどころか、どうせ私から逃げるだろうと思って、この結界を張ったのだ」

 瑠璃姫を見る。

 

 瑠璃姫にも合点がいったようだ。

「本当なら、ゆっくり関わっていこうと思っていた。が、事情が事情だからな……。多少嫌われても、今日だけはあいつを捕まえなくてはならない」

 澄真(すみざね)の目がキラリと光る。


「……」

 そう言われれば、瑠璃姫も納得するしかない。

 はぁ、と大きなため息をつくと、口を開いた。

「狐丸は(われ)の所におる……。おまえが来るまでに、説得をしておこう」

 言いながら霞みのように、かき消えた。

「……」

 瑠璃姫がこうも協力的なのは初めてだった。

 澄真(すみざね)は、少々面食らって、空を仰ぎ見る。


 晴れやかな春。……春というより既に初夏に近い。

 木々の萌木色の若葉が、眩しく揺れる。流れる風が心地いい。

 心も何故か、晴れやかになる。

 他のものの力を借りるのも少し癪だが、今日は狐丸に会えそうだ。

 心なしか、澄真(すみざね)の進める歩が、軽くなったような気がした。

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[良い点] >眩しく揺れる  何気ないけど、よい表現ですね! [一言] 季節はですねぇ。何月とか明確に書かない方が楽です。あとで、辻褄合わなくなって、死にますw 今日も本日分の推敲してて、ハマってまし…
[良い点] 3/3 ・こじらせてますねwww ・てかこわ。ドSさんこわそう。 [気になる点] もう大声で愛を叫べばいいのに。 きつねまるー、だいすきだー はわあ、恥ずかしいw
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