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月の手毬 (月星雪✻②✻) 上巻  作者: YUQARI
第二章 澄真と狐丸
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乳母

「まぁ!」

 自宅に戻ると案の定、乳母の絢子(あやこ)が驚きの声をあげて、目を丸くした。

「……」

 澄真(すみざね)は、居心地が悪い。


 絢子(あやこ)が驚くのも無理はない。

 今までさんざん、人を毛嫌いしていた澄真(すみざね)が、人を……しかも子どもをつれて帰ったのである。

 口許を手で隠してはいるが、そこから微かに見える口角が、ニヤリと笑っているのを澄真(すみざね)は見逃さない。


「……絢子(あやこ)。なにか、勘違いしてるだろ……」

 澄真(すみざね)は頭を抱えながら、絢子(あやこ)を見る。

「あらあらあら? 勘違いとは? (わたくし)はただ『澄真(すみざね)さまが、可愛らしい稚児(ちご)をお迎えになられたのだな』……と思っただけですのに……?」

 絢子(あやこ)は、ホホホと笑う。

「……」

 澄真(すみざね)は青くなる。

 絢子(あやこ)の後ろでは、侍女たちが何事かと覗き込んでは、ヒソヒソと話しているのが見えた。

 ここで立ち話をしていると、いい餌食(えじき)だ。

 澄真(すみざね)は、低く指示を出す。


「彼は、帝の客人だ。妙な勘繰りはするな。……それと、詳しいことは上がってから話す」

 言いながら、縁にどかりと座る。

 他の侍女が持ってきた(たらい)を受け取ると、絢子(あやこ)澄真(すみざね)の足を洗い始めた。隣では狐丸が、他の侍女に洗ってもらっている。


「……まぁ、冗談はさておき、……なかなかの『上物』……ですわね……」

 絢子(あやこ)は、狐丸に聞こえないように囁く。


「……そうだな」

 ひどい火傷(やけど)の跡のある絢子(あやこ)の白い手を見ながら、澄真(すみざね)は、軽く答えた。

 絢子(あやこ)は乳母と言えども、澄真(すみざね)とそれほど年が離れているわけではない。


 もともと武官の流れである澄真(すみざね)の家では、年を経るごとに見鬼(けんき)の力を大きくさせていく幼い澄真(すみざね)に、手を焼いていた。

 人との関わりを嫌がり、常に(あやかし)を傍におき、遊びに夢中になる我が子……。それをどうしたものかと、家族は悩んでいた。

 そして、ちょうどその時、母方の遠縁である絢子(あやこ)が離縁され、里に戻ったという情報が入る。


 なんでも嫁ぎ先の納屋を、絢子(あやこ)が焼いたと言うのだ。

 幸いにも小火(ぼや)で済んだのだが、本人は大きな火傷(やけど)を手に受け、寝込んでいるという。

 紛れもない放火の証拠に、離縁を迫られ、絢子(あやこ)の実家では、それを承諾するより他はなかったのである。


 実はこの絢子(あやこ)も、幼い頃から『鬼を見る』と言われ、肩身の狭い生活を送っていた。

 しかし人当たりがよく、世話好きな性格のため、幼い頃より澄真(すみざね)の母が妹のように可愛がっていた人物である。

 嫁いでからも、時々文のやり取りをしていたようだ。


 澄真(すみざね)の力に、手こまねいていた母親は、これはちょうどいいと、絢子(あやこ)を乳母にして欲しいと、夫に頼み込んだ。

 けれど、澄真(すみざね)の父が、うんと言うわけがない。

 納屋を焼くような者を入れる訳にはいかぬと、烈火の如く怒った。


 それはもっともだと、澄真(すみざね)の母はいったん諦めたのだが、状況が変わる。

 澄真(すみざね)の父が管理する荘園(しょうえん)に、大量のイナゴが発生したのだ。


 度重なる長雨と、類を見ない温暖な気候に、徐々にイナゴは数を増やし変異を遂げる。あっという間に、荘園内の広大な田畑は、イナゴに覆い尽くされ、澄真(すみざね)の父は頭を抱えた。

 


 ──このままだと、一家は路頭に迷ってしまう。



 武官の仕事だけでは、家族をまかなうことは出来ない。代々続く荘園の農地があってこその、今の地位であった。

 誰もが、自分の不幸を呪ったその時。()しくもそれを救ったのが、絢子(あやこ)であった。


 澄真(すみざね)の母に呼ばれ、喜び勇んでやって来た絢子(あやこ)であったのだが、その夫に突き返され、途方にくれていた。

 哀しむ絢子(あやこ)を哀れにと思い、澄真(すみざね)の母は、絢子(あやこ)をしばらく荘園の屋敷に、とどめいたのである。

 

 その屋敷で、ぼんやりと外を眺めていた絢子(あやこ)は、たわわに実る稲穂に付いてる虫……イナゴを見つける。

「……美味しそう」

 ぽつりと呟くと、早速実行に移した。

 ピョンピョン……と言うより、もはやバタバタバタ……と飛ぶイナゴを手で捕まえるのは、至難の技……絢子(あやこ)は思案する。

(いっそ、炒りながら捕ってみては……?)

 じゅるり……と、よだれをすする。


 幸い絢子(あやこ)には、生まれながらにして持ち合わせた、見鬼の才がある。そのお陰で、先日嫁ぎ先の納屋で火鼠(ひねずみ)の子どもを捕まえた。

 あまりの珍しさに、我を忘れ捕り物に夢中になり、人に見られてしまった。それどころか、手には大火傷を負ってしまった。

 離縁騒ぎにもなったのも、当然と言えば、至極当然なのだが。


(それでも、それなりの価値があった……)

 離縁されてしまったが、絢子(あやこ)は後悔していない。

 捕まえた火鼠の子どもが、驚くほど美しいのだ!


 いつもは(くりや)にある釜戸の中にいるのだが、炎の中にいるときは、真っ赤な色に染まり、火の外に出ると、雪のように白くなる。

 絹のように細いその体毛のためか、日の光を反射し、まるで朧月(おぼろづき)のように淡く輝く。

(捕まえるのに、夢中になるのも、当たり前ですわ……っ)


 当然、捕まえてすぐに式鬼(しき)の契約を済ませた。

 ただ一つ、言葉を理解しないのが残念なところだ。


 しかし今、この火鼠が役に立つ。

(火を操る火鼠ならば、虫如き造作もない……)

 ふふふと薄く笑って、火鼠に命じる。

「イナゴを焼き尽くせ……!」



 ──ごおぉぉおぉぉぉ!!!



 火鼠の放った炎は、イナゴを襲った!


 赤い炎が荘園を包む。

 人々は驚き、目を見張る。

 自分の命が、これで消えるのか……と人々は覚悟したが、その炎はイナゴだけを焼き、他に被害はなかった。

「あ……熱く……な、い?」


 順調かに見えた、イナゴ炒り……。

 しかし、火力が強すぎた。


 イナゴは、焦げるのを通り越し、この世から跡形もなく消え去ってしまったのだった……。

「……やり過ぎましたわ……」

 思ったが、後の祭り。


 おそらく『焼き尽くせ』と命じたのが間違えだった。

 ここは『炒めよ』であった……。

 絢子(あやこ)は人知れず、後悔する。


(イナゴを食べ損なってしまった……)


 この絢子(あやこ)の所業は、すぐさま澄真(すみざね)の父の知るところとなった。

 危機を救ってくれた絢子(あやこ)は、その見返りとして、そのまま乳母の地位におさまった。

 そして、今日に至る。


 その絢子(あやこ)が言う『上物』とは、狐丸の見た目のことではない。

 ()()に秘めた()のことである。


 すでに絢子(あやこ)は、狐丸が妖怪だということに気づいている。

 少し前までの狐丸であったなら気づかなかっただろうが、今の狐丸からは妖力が微かに漏れている。

 おそらく急激な成長の反動のため、自分では隠しきれないのだろう。


 幼い容姿とは裏腹に、うちに秘める力の()()は、絢子(あやこ)でも見たことがない。しかも、まだまだ成長の余地があるようにも見える。


(でも……何故かしら……?)

 絢子(あやこ)は思う。


 澄真(すみざね)は、式鬼の契約をしていないのである。

(仮契約ですらしていない……)

 あのように無防備な狐丸だ。

 したたかな陰陽師であれば、簡単にねじ伏せてしまうに違いない。


 狐丸の妖力を思うと、下手な陰陽師では話にならないかも知れないが、力の強い陰陽師が相手となると、抗うことは難しいだろう。

(……なんと、危なっかしいこと……)


 絢子(あやこ)澄真(すみざね)を仰ぎ見る。

「……」


 幼い頃から側近くに控えていた絢子(あやこ)には分かる。

 澄真(すみざね)は狐丸を気に入っている。

(気に入っている……では、済まないかも知れませんわ……)

 絢子(あやこ)は思う。


 屋敷の使用人たちの反応に、戸惑いを見せはしているが、澄真(すみざね)の表情は、狐丸を自宅に連れて来られて、喜んでいる顔だ。

 式鬼にしていないとは、よほど大切に思っているのだろう。

(でも……)


 絢子(あやこ)は眉をひそめる。

(せめて、仮契約だけでもしてもらわねば……)

 嫌な予感がする。

 絢子(あやこ)は愉しげな二人を見ながら、今後のことについて思案を巡らせた。

 虫……。

 夏になると子どもたちが捕るのですが、

 美味しそうなのですよ。丸々太って。

 きっと……いや、絶対、海老っぽい味に違いない。


 子どもの頃、父がイナゴの佃煮を買ってきて

 食べてましたが、つまみ食いするの忘れてまして

 食べ損ねてしまいました。

 でも、多分、イナゴは平気。


 ダメなのは、姉が旅行のお土産にくれた、

 『芋虫入りの飴』

 ……あれだけは、ダメだわ。

 芋虫……美味しいらしいけどね。。。

 ムリ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 絢子さん、サバサバした感じ? なかなか良いですね! [気になる点] >それほど年が離れているわけではない 「乳母」は養育したという意味で、授乳したんじゃない? [一言] カエルとかワニと…
[良い点] 10/10 ・なんだこれは、また濃いキャラが出ましたですぞ!  狐丸が振り回されそうな予感 [気になる点] 虫食ったことないですね。一応タンパク質なんでしょうけど [一言] こりゃぁ今後…
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